第16話 前夜 2
文字数 4,153文字
『昨日より極東地域を歴訪されているフラステク議長が本日は州知事を伴い各所を視察に……』
研究室の壁に取りつけられたモニターにニュースが流れる。議長と州知事は数人の事務官と護衛を引き連れて移動しているらしい。
議会の質疑応答のときには冷静沈着、むしろ無表情だが、今は穏やかな笑みを浮かべている。
小川は議長の顔を凝視したが、朝比奈が主張するほどハリン氏に似ているとは思えなかった。
ニュースを見ながら、ロボット研究室のメンバーは珍しく三人そろって午後の休憩をしていた。
「ほー、議長来てたんだ」
丸子が作業台のすきまで、紙コップのコーヒーに角砂糖を四個入れてかきまわした。ソフィアは丸子が出したチョコレートを口にして明らかに不味そうな顔をした。
「ちょっと、これお酒入りなの?」
「明日は健康診断で、今夜は酒が飲めないからね」
しれっとした態度で丸子はコーヒーをすする。
「プレーンなのがいいのに……」
ソフィア博士の指がチョコレートの缶の上を行きつ戻りつする。
ふだんは気難しい顔をして仕事をしているソフィアの、意外な一面が見られて小川は楽しく感じた。
「なに、ニヤニヤしてんの?」
丸子に言われて小川は顔を引きしめ、端末をのぞいた。カナタの赤い点が施設内をゆっくり移動している。
「カナタ、働いてるようだね」
丸子も小川の手元を見た。
「今朝はやくから、運搬車がなくなってましたから。慣らし運転でもしてたのかな」
昨日の小川の申し出を聞き届けてくれたらしい。
「よかったな」
丸子博士がニッと笑い、小川もそれに応えた。そんな二人のやり取りに水を注すようにソフィアが口を開いた。
「このさい、はっきりさせましょう。小川博士」
正面に座るソフィアが厳しい顔で小川を見ていた。
「あなたの目的はなに? なにがしたくて、ドームに来たの?」
尋問のような口調に小川は手がふるえ、紙コップからコーヒーをこぼした。
「うわっち!! その、ぼくはカナタ……自律タイプのロボットに会いたかったんです。心を持つロボットに」
小川はこぼれたコーヒーを作業台にあったウエスでふきながら説明した。幼いころに祖母から聞いた話しや自律タイプのロボットの情報を探した日々を。
「自分の手でそんなロボットを作れたらと思ってました。でも今はカナタのそばにいられるだけで満足なんです」
小川は胸のうちを正直に語ったが、自身でも話しているうちに誤解を生みそうな方向へ傾いているように感じた。
「カナタをラブドール扱いしないで」
ソフィアは小川をねめつけた。ラブドール、つまりは性的玩具。
「な……!」
ソフィアの思考を理解して小川は絶句した。
「まさか、ぼくは一度だって、そんな目でカナタを見たことないですよ!?」
椅子から立ち上がり、小川はソフィアに抗議したが、彼女の瞳は冷たいままだ。
「いらない心配だよ。小川博士は、『甥っ子を猫かわいがりする叔父』ってスタンスだから」
チョコレートを二個、口に放り込んで丸子は座れと小川の袖を引いた。
小川は混乱した。そんなふうに見られていたとは。
「それより、ソフィア博士。きみもはっきりさせなきゃダメだ。イヌ型ロボットについて」
こんどは丸子がいつになく厳しい表情でソフィアを見た。
「残り四ヶ月を切った。これいじょう作業を遅らせたらアウトだよね。間に合わない。小川博士に手伝ってもらうべきだよ」
唇をかんでソフィアは横を向いた。
「どうしてそこまで片意地張るかな。ボクは二ヶ月近く小川博士と仕事をして、彼の技術と才能は信頼するに足りると判断したよ。きみだって、そうだろ?」
ソフィアは悔しげな表情をして、空の紙コップをくしゃりと握りつぶした。
「あれは……以前すごくお世話になった人からの依頼だから、一人で作りたいの」
「シオン・パトリック宇宙物理学博士とは親密だったらしいね」
ソフィアの頬がかすかに赤らむ。化粧でカバーしているソバカスが浮き上がり、一気に愛らしくなった。
「きみとパトリック博士のあいだに何があったかなんてヤボなことは聞かないさ。ただ約束は守らないと、ドームに対する政府の評価が悪くなる」
丸子はコーヒーを飲み干すと、カップの底を見つめた。
「この場所にカナタだけ残して、完全に封鎖してしまうべきだって意見もあるの知ってるよね。こんな忌まわしい場所は早く忘れられてしまえばいい、てさ」
「どうしてですか」
丸子は眉を八の字にして、禿げあがった額をなでた。
「見えないものは、なかったこと。そうしたい連中が今の社会を動かしているのさ。ま、そういう奴らしか選ばなかった我われ国民にも責任はあるが、な」
言ってもしょうがない、と丸子は小さくつけ加えた。
「それでもボクたちはドームしか居場所がない。政府からの要求に応え、予算をつけて貰わないことにはマズい。シイバだって口にはしないが、気をもんでいる」
「わかっているわ」
ソフィアはつぶやくように返事をした。
「もっとも政府の奴らも愚かじゃないさ。ここを悪用されたら……世界は半分を失う」
小川の中で何かがざわめいた。ここには、何があるのか。
「休憩終わり」
ソフィアは立ち上がり、自室に戻る準備を始めた。
「手伝ってもらう、でいいんだよね」
丸子が念をおしたが、ソフィアはまったく受け入れる気はないらしい。
「ソフィア博士!」
丸子のきつめの呼びかけにソフィアは二人を見つめた。
「作ったことを将来悔やむわよ」
ブルーグレーの瞳は悲しげにも怒りをふくんでいるようにも見えた。
「手伝わせてください、作らせてください。そのためにぼくはここに来たんです、きっと」
「バカじゃないの?」
ソフィアの表情がわずかに柔らかくなったように見えた。小川は立ち上がりソフィアを見つめた。
「……出来るから何でもしていいわけじゃない。九条はそれがわからなかった」
小川の耳に祖母の声がよみがえった。
――何でもしていいわけじゃないだろうに。
「ひとは身の丈にあったことだけをすべきなのよ、小川博士」
ソフィアには現実的な破滅を経験したのだ。その凄みを身にまとっている。
小川は笑顔のまま、固まった。隣で丸子が小さく首を左右に振った。
気まずい沈黙のなか、控えめなノックが響いた。
研究室の開け放たれた入り口の陰からカナタが物言いたげな眼差しで小川を見ていた。
「どうしたの?」
「……」
そばへ歩みよった小川にカナタは箱を両手で差し出した。
「おとどけもの……です」
「ああ、届けてくれてありがとう。助かるよ」
小川はカナタから荷物を受け取った。
髪は後ろで一まとめにして、襟つきの半袖シャツにハーフパンツ、今日は少年らしい服装だ。
「どうしたの?」
小川はもう一度訊ねた。ふだんなら、必要なことがすめばすぐにいなくなるカナタが、なぜか動く気配がない。
「他のみんなにも言われた……」
「うん?」
うつむいて、じっとしたままカナタは話した。
「言われた、ありがとうって」
小川に向けた顔は今まで見たことがないものだった。嬉しいくせに、今にも泣きそうな表情。目のまわりと鼻の頭が少し赤い。
「うん、よかったね。よかったね、カナタ」
小川は思わずカナタの頭をなでた。と、研究室のモニターが一斉にブラックアウトしたかと思うと切り替わった。
「なんだ!?」
丸子が腰を浮かせて室内を見渡した。大小すべての画面に同じ人影が映った。
「あっ……!」
自室に戻りかけていたソフィアの足が止まった。
小川が振り返って見たとき、モニターには二人の少年がいた。
「カナタ、これは」
金の髪と銀の髪、赤銅色の肌。
「ギンガとリュウセイ!」
小川はモニターに釘づけになった。
二人の動画だ。いや、さらに場面は切り替わり、どこかのリビングでくつろぎ会話をかわす少年少女が映った。
「こりゃ、カナタのデータかか……めて見た」
丸子もまた画面に見いっている。
カナタとそっくりな勝ち気な瞳の女の子がアップになる。
『カナタ! あのね、アカリ姉さまがね』
鈴を転がすような声でカナタに話しかける。
壮年の男性もいる。九条博士だ。小川が想像していたより線が細い。白衣ではなく、仕立てのよいツィードのスーツにネクタイを締めている。
『お母さまのようすを見てくる』
その言葉にソフィアの体がわずかに揺れた。
「カナタ、止めて」
場面は切り替わる。
全員が喪服を着ている。誰かが亡くなったようだ。
どこかの葬祭会場……中央に白い柩。ステンドグラスからの厳かな光が降り注いでいる。カナタからの視点では胸の上で組まれた指と柩から溢れる白ゆりの花弁のみが見える。
『みんな、お母さまに最後のお別れを』
九条博士がロボットたちを見渡し声をかける。
ソフィアが小さく画面に映りこむ。髪をアップにして喪服姿のソフィアは安堵したようにかすかにほほえんでいた。
小川は絶句した。
――ソフィアは愛人よ。
「止めなさい!!」
ぶつん、と画面は消えた。
「強権……」
カナタはつぶやくとギクシャクと腕を動かし髪に触れた。
「ヒトは忘れちゃうから」
まばたきせずにカナタがソフィアを見つめた。
「自分が誰なのか」
ソフィアの顔が見る間に青ざめた。
「あなたなんか……」
ソフィアが肩を怒らせ赤く染まった瞳でカナタをひたと見据えた。
「作るんじゃなかった!」
矢のような一言が発せられた。
「ソフィア博士!」
腕を掴む丸子の制止を振り切りソフィアは叫んだ。
「心を持つですって!? そんなの幻想だわ。わかったでしょう? 機械は容赦なく人を傷つける。カナタの表皮を剥いでごらんなさいよ、電子部品と配線のコードだけ。心なんかどこにもない!」
小川は思わずカナタの耳をふさぎ、頭を抱きしめた。
「ぼくは平気だよ」
カナタは小川の腕を拒むように押しのけた。
「だって、機械だから」
そう答えるカナタは冷たくソフィアを見返した。二人の間に緊張が走る。
「大きらい、顔も見たくない! あなたも、もう来ないで!」
ソフィアは足音も荒く自室に去り、カナタもまた研究室から走り去った。
ため息をついて丸子が椅子にどかりと座る。
ただ一人、投げつけられた言葉に小川は立ち尽くした。
『……なお、議長の滞在は明後日までの予定です』
モニターからはニュースが流れていた。
研究室の壁に取りつけられたモニターにニュースが流れる。議長と州知事は数人の事務官と護衛を引き連れて移動しているらしい。
議会の質疑応答のときには冷静沈着、むしろ無表情だが、今は穏やかな笑みを浮かべている。
小川は議長の顔を凝視したが、朝比奈が主張するほどハリン氏に似ているとは思えなかった。
ニュースを見ながら、ロボット研究室のメンバーは珍しく三人そろって午後の休憩をしていた。
「ほー、議長来てたんだ」
丸子が作業台のすきまで、紙コップのコーヒーに角砂糖を四個入れてかきまわした。ソフィアは丸子が出したチョコレートを口にして明らかに不味そうな顔をした。
「ちょっと、これお酒入りなの?」
「明日は健康診断で、今夜は酒が飲めないからね」
しれっとした態度で丸子はコーヒーをすする。
「プレーンなのがいいのに……」
ソフィア博士の指がチョコレートの缶の上を行きつ戻りつする。
ふだんは気難しい顔をして仕事をしているソフィアの、意外な一面が見られて小川は楽しく感じた。
「なに、ニヤニヤしてんの?」
丸子に言われて小川は顔を引きしめ、端末をのぞいた。カナタの赤い点が施設内をゆっくり移動している。
「カナタ、働いてるようだね」
丸子も小川の手元を見た。
「今朝はやくから、運搬車がなくなってましたから。慣らし運転でもしてたのかな」
昨日の小川の申し出を聞き届けてくれたらしい。
「よかったな」
丸子博士がニッと笑い、小川もそれに応えた。そんな二人のやり取りに水を注すようにソフィアが口を開いた。
「このさい、はっきりさせましょう。小川博士」
正面に座るソフィアが厳しい顔で小川を見ていた。
「あなたの目的はなに? なにがしたくて、ドームに来たの?」
尋問のような口調に小川は手がふるえ、紙コップからコーヒーをこぼした。
「うわっち!! その、ぼくはカナタ……自律タイプのロボットに会いたかったんです。心を持つロボットに」
小川はこぼれたコーヒーを作業台にあったウエスでふきながら説明した。幼いころに祖母から聞いた話しや自律タイプのロボットの情報を探した日々を。
「自分の手でそんなロボットを作れたらと思ってました。でも今はカナタのそばにいられるだけで満足なんです」
小川は胸のうちを正直に語ったが、自身でも話しているうちに誤解を生みそうな方向へ傾いているように感じた。
「カナタをラブドール扱いしないで」
ソフィアは小川をねめつけた。ラブドール、つまりは性的玩具。
「な……!」
ソフィアの思考を理解して小川は絶句した。
「まさか、ぼくは一度だって、そんな目でカナタを見たことないですよ!?」
椅子から立ち上がり、小川はソフィアに抗議したが、彼女の瞳は冷たいままだ。
「いらない心配だよ。小川博士は、『甥っ子を猫かわいがりする叔父』ってスタンスだから」
チョコレートを二個、口に放り込んで丸子は座れと小川の袖を引いた。
小川は混乱した。そんなふうに見られていたとは。
「それより、ソフィア博士。きみもはっきりさせなきゃダメだ。イヌ型ロボットについて」
こんどは丸子がいつになく厳しい表情でソフィアを見た。
「残り四ヶ月を切った。これいじょう作業を遅らせたらアウトだよね。間に合わない。小川博士に手伝ってもらうべきだよ」
唇をかんでソフィアは横を向いた。
「どうしてそこまで片意地張るかな。ボクは二ヶ月近く小川博士と仕事をして、彼の技術と才能は信頼するに足りると判断したよ。きみだって、そうだろ?」
ソフィアは悔しげな表情をして、空の紙コップをくしゃりと握りつぶした。
「あれは……以前すごくお世話になった人からの依頼だから、一人で作りたいの」
「シオン・パトリック宇宙物理学博士とは親密だったらしいね」
ソフィアの頬がかすかに赤らむ。化粧でカバーしているソバカスが浮き上がり、一気に愛らしくなった。
「きみとパトリック博士のあいだに何があったかなんてヤボなことは聞かないさ。ただ約束は守らないと、ドームに対する政府の評価が悪くなる」
丸子はコーヒーを飲み干すと、カップの底を見つめた。
「この場所にカナタだけ残して、完全に封鎖してしまうべきだって意見もあるの知ってるよね。こんな忌まわしい場所は早く忘れられてしまえばいい、てさ」
「どうしてですか」
丸子は眉を八の字にして、禿げあがった額をなでた。
「見えないものは、なかったこと。そうしたい連中が今の社会を動かしているのさ。ま、そういう奴らしか選ばなかった我われ国民にも責任はあるが、な」
言ってもしょうがない、と丸子は小さくつけ加えた。
「それでもボクたちはドームしか居場所がない。政府からの要求に応え、予算をつけて貰わないことにはマズい。シイバだって口にはしないが、気をもんでいる」
「わかっているわ」
ソフィアはつぶやくように返事をした。
「もっとも政府の奴らも愚かじゃないさ。ここを悪用されたら……世界は半分を失う」
小川の中で何かがざわめいた。ここには、何があるのか。
「休憩終わり」
ソフィアは立ち上がり、自室に戻る準備を始めた。
「手伝ってもらう、でいいんだよね」
丸子が念をおしたが、ソフィアはまったく受け入れる気はないらしい。
「ソフィア博士!」
丸子のきつめの呼びかけにソフィアは二人を見つめた。
「作ったことを将来悔やむわよ」
ブルーグレーの瞳は悲しげにも怒りをふくんでいるようにも見えた。
「手伝わせてください、作らせてください。そのためにぼくはここに来たんです、きっと」
「バカじゃないの?」
ソフィアの表情がわずかに柔らかくなったように見えた。小川は立ち上がりソフィアを見つめた。
「……出来るから何でもしていいわけじゃない。九条はそれがわからなかった」
小川の耳に祖母の声がよみがえった。
――何でもしていいわけじゃないだろうに。
「ひとは身の丈にあったことだけをすべきなのよ、小川博士」
ソフィアには現実的な破滅を経験したのだ。その凄みを身にまとっている。
小川は笑顔のまま、固まった。隣で丸子が小さく首を左右に振った。
気まずい沈黙のなか、控えめなノックが響いた。
研究室の開け放たれた入り口の陰からカナタが物言いたげな眼差しで小川を見ていた。
「どうしたの?」
「……」
そばへ歩みよった小川にカナタは箱を両手で差し出した。
「おとどけもの……です」
「ああ、届けてくれてありがとう。助かるよ」
小川はカナタから荷物を受け取った。
髪は後ろで一まとめにして、襟つきの半袖シャツにハーフパンツ、今日は少年らしい服装だ。
「どうしたの?」
小川はもう一度訊ねた。ふだんなら、必要なことがすめばすぐにいなくなるカナタが、なぜか動く気配がない。
「他のみんなにも言われた……」
「うん?」
うつむいて、じっとしたままカナタは話した。
「言われた、ありがとうって」
小川に向けた顔は今まで見たことがないものだった。嬉しいくせに、今にも泣きそうな表情。目のまわりと鼻の頭が少し赤い。
「うん、よかったね。よかったね、カナタ」
小川は思わずカナタの頭をなでた。と、研究室のモニターが一斉にブラックアウトしたかと思うと切り替わった。
「なんだ!?」
丸子が腰を浮かせて室内を見渡した。大小すべての画面に同じ人影が映った。
「あっ……!」
自室に戻りかけていたソフィアの足が止まった。
小川が振り返って見たとき、モニターには二人の少年がいた。
「カナタ、これは」
金の髪と銀の髪、赤銅色の肌。
「ギンガとリュウセイ!」
小川はモニターに釘づけになった。
二人の動画だ。いや、さらに場面は切り替わり、どこかのリビングでくつろぎ会話をかわす少年少女が映った。
「こりゃ、カナタのデータかか……めて見た」
丸子もまた画面に見いっている。
カナタとそっくりな勝ち気な瞳の女の子がアップになる。
『カナタ! あのね、アカリ姉さまがね』
鈴を転がすような声でカナタに話しかける。
壮年の男性もいる。九条博士だ。小川が想像していたより線が細い。白衣ではなく、仕立てのよいツィードのスーツにネクタイを締めている。
『お母さまのようすを見てくる』
その言葉にソフィアの体がわずかに揺れた。
「カナタ、止めて」
場面は切り替わる。
全員が喪服を着ている。誰かが亡くなったようだ。
どこかの葬祭会場……中央に白い柩。ステンドグラスからの厳かな光が降り注いでいる。カナタからの視点では胸の上で組まれた指と柩から溢れる白ゆりの花弁のみが見える。
『みんな、お母さまに最後のお別れを』
九条博士がロボットたちを見渡し声をかける。
ソフィアが小さく画面に映りこむ。髪をアップにして喪服姿のソフィアは安堵したようにかすかにほほえんでいた。
小川は絶句した。
――ソフィアは愛人よ。
「止めなさい!!」
ぶつん、と画面は消えた。
「強権……」
カナタはつぶやくとギクシャクと腕を動かし髪に触れた。
「ヒトは忘れちゃうから」
まばたきせずにカナタがソフィアを見つめた。
「自分が誰なのか」
ソフィアの顔が見る間に青ざめた。
「あなたなんか……」
ソフィアが肩を怒らせ赤く染まった瞳でカナタをひたと見据えた。
「作るんじゃなかった!」
矢のような一言が発せられた。
「ソフィア博士!」
腕を掴む丸子の制止を振り切りソフィアは叫んだ。
「心を持つですって!? そんなの幻想だわ。わかったでしょう? 機械は容赦なく人を傷つける。カナタの表皮を剥いでごらんなさいよ、電子部品と配線のコードだけ。心なんかどこにもない!」
小川は思わずカナタの耳をふさぎ、頭を抱きしめた。
「ぼくは平気だよ」
カナタは小川の腕を拒むように押しのけた。
「だって、機械だから」
そう答えるカナタは冷たくソフィアを見返した。二人の間に緊張が走る。
「大きらい、顔も見たくない! あなたも、もう来ないで!」
ソフィアは足音も荒く自室に去り、カナタもまた研究室から走り去った。
ため息をついて丸子が椅子にどかりと座る。
ただ一人、投げつけられた言葉に小川は立ち尽くした。
『……なお、議長の滞在は明後日までの予定です』
モニターからはニュースが流れていた。