第12話 暗黙の了解 公然の秘密 5

文字数 1,047文字

部屋の明かりを落として、ベッドサイドの読書灯だけにした。
小川は与えられた二室のうち、奥の寝室にいる。ベッドに横になると、今さら薬が効いてきたのか全身がだるく感じた。
  部屋はどちらも、がらんとして殺風景だ。備え付けの必要最低限の家具はあるが、私物といえば今のところ田嶋から渡されたスケッチブックだけ。
  ……こんど見せて……。
「こんど、だなんてカナタは曖昧な言いかたするんだ」
  小川は毛布を肩まで引き上げてから携帯端末を操作した。
  あくびしながら、画面に今日配信されたニュースを映し出す。
『各政府施設でご活躍の皆さん、ヨナーシュ・フラステクです』
  ヨナーシュ・フラステク議長がスピーチを始めた。
『政府の人民が安全かつ平穏な日々を過ごせるのは、すべて皆さんの日頃の技術革新にかけるご努力と情熱、そして多大なる献身にほかなりません』
  議長は白髪を七三に分け、品のよいスーツを身につけている。面長に青い瞳。七十代という年齢の割にはがっしりとして見える。そういえば特殊部隊出身と聞いたことがある。
 朝比奈もソフィア同様、伴侶を亡くしていたことを話の流れから知った。
 身辺整理のことを考えると、小川のように家族があってここに来るケースが異例なのかも知れない。
『就任から六年目を迎え、私はまた各地を訪問する予定でおります。機密上、誠に残念ながら皆さんと直接お会いすることはかなわないのですが、再来月の極東地域を皮切りに皆さんの近くまで参ります…』
  政治に疎い小川は、夢うつつの中で議長の話を聞いた。
  極東地域……来るのか……、と、小川は何かを感じて身を起こし、画面の下に流れていた文字情報の一覧に切り替えた。
『ロボット開発技術者、小川晴哉博士(41歳)が交通事故により死亡。代表作、看とりロボット・殯の飛天(もがりのひてん)シリーズの製作者』
  自身の死が簡潔な略歴とともにアップされていた。
  小川は冷たい水のなかに、足首を掴まれ引きずり込まれるように感じた。
  小川の手から端末が落ちた。
「おとうさん、おかあさん」
  両手で顔を覆い、小川は幼い頃の呼び方で父母を呼んだ。
「ごめんなさい」
  自分の我が儘を、最大の親不孝をどうか許してください。
  小川は枕に顔を埋め、涙をこらえた。どこか体が欠けたように感じる。
  読書灯を消し、再び端末を手にすると、小川はカナタの現在の位置を検索した。
  小さな赤い点が見取り図の展望室で光っていた。
  小川は笑うと端末を胸に抱いて眠りについた。
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