第13話 朝比奈 1

文字数 2,523文字

 ロボットに電源を入れるときには、いつも胸がときめく。
 小川は清掃用ロボットのスイッチを押すと廊下に置いた。軽いモーター音を立てて、床を滑るように移動していく姿を見送る。
「ほんと、きみロボット好きだよね」
 丸子博士が小脇に一台ずつ同型のロボットを抱えて小川を見ていた。
「顔、ゆるみっぱなしだよ」
「そうですか?」
 思わず小川は自分の顔に手を当て頬をさすった。
「きみさ、恋人に『わたしと仕事、どっちが大切なの』とかベタなセリフ言われたろ?」
「なぜそれをご存知なのですか?」
 真顔で答える小川に、丸子博士は大げさにため息をついて見せた。持っていた二台も床においてスタートさせる。
「よーし、行ってこーい!」
 ドームに来てから一ヶ月がすぎ、こちらでの生活にも慣れてきた。仕事は相変わらず単純なロボットの組み立てだが。
「さて、夕方までもう一仕事するか」
 丸子が思い切り伸びをした。小川は研究室に戻るまえに通路の先にカナタを見つけた。
 今日はデニムの膝うえ丈のショートパンツにハイネックのノースリーブ、髪は女子職員の手によるものか、ポニーテールにしている。
「カナタ!」
 小川が声をかけると、いちど振り返ったが、そのまま行ってしまった。
「愛しのきみは、あんまり懐いてくれないようだな」
「ぼくのほうを見るようになっただけ、仲よくなってますよ」
 小川は誇らしく胸を張った。そんな小川を丸子は呆れ顔で見ている。
「ソフィア博士の反応と五十歩百歩じゃないか」
「それは……否定しません」
 小川は中途半端に伸びた髪をガシガシとかいた。
 ソフィアの冷ややかな態度は相変わらずだ。いつも自分の実験室に鍵をかけて閉じこもっている。
「それでも運搬用のロボットを作る許可はくれましたよ」
 以前、朝比奈から要望のあったロボットを作れることになった。祖母のところにあったコタローのような愛嬌のあるタイプにしようか、それとも乗用がいいか。小川はプランを練るだけで心が踊った。
「でもイヌ型、あまり進んでいないようですね」
「プログラミングは上手だけど、細かい表情とか作るのがあまり得意じゃないと思うよ。きみはそのあたり巧いよね。『殯の飛天』こないだネットで見て改めてびっくりした」
 丸子博士は辛辣なことも口にするが、ほめるときも手ばなしだ。小川はくすぐったく思いながらも、素直に頭をさげた。
「本当に、びっくりですよね」
 頭上から声が降ってきた。振り返ると、椎葉室長が険しい顔で立っていた。
「よう、シーバ。どうした、給食費の集金か?」
 椎葉室長は両腕を組んで、腰を屈めた。
「なにバカなこと言ってるんですか。あなたの作った清掃ロボット、どうしてあなたの部屋には入らないんですか!?
 丸子はあさっての方角を見た。口笛すら吹くようなスタイルでとぼけようとしている。
「酒瓶やビールの空きカンであふれてるんでしょう!? 悪臭がすると両隣の住人から事務室に苦情が寄せられてます」
「次の休みに掃除するさ。ロボットに引っかきまわされるのは好きじゃないからね」
 自分で作っていながら、丸子は涼しい顔で椎葉室長に答えている。
「ああ……丸子博士、『マスターの強権』を使ったんですね」
 小川は腑におちてうなずいた。
「それは?」
「ご存知ないですか。ロボットはオリジナルマスターの命令には絶対服従、例えロボット三原則を外しても、オリジナルマスターを絶対に攻撃しない。それくらい強力な縛りがあるんです。つまり……」
 室長は胸をそらすと丸子を厳しいまなざしで見おろした。
「つまり、オリジナルマスターの部屋は掃除するな、と。そういうくだらないプログラムを入れたわけですね!!
 丸子は舌打ちをして小川をにらんだ。
「だいたい丸子博士は飲酒が過ぎます。複製肝臓の移植で三度成功した例はないのですよ」
 すでに二度は移植したらしい。小川はあきれた。
「じゃあ、ボクがその初の成功例になってみせるさ!」
 丸子が自分の腹を叩いて啖呵を切った時だった。
「うるさいっ……!」
 低い声が廊下に響いて、小川たちは申し合わせたように、ぴたりと動きを止めた。
「なんですか、椎葉室長まで一緒になって騒がしい!」
 いつの間にか、研究室の入り口にソフィア博士が仁王立ちしていた。さしもの室長も気圧されたように大きな体を縮ませている。
「丸子博士、話は聞きました。新しい肝臓が欲しいのなら、今すぐ部屋を掃除しなさい。それでいいですね、室長」
 目の下に濃いくまを作っているソフィアに一喝されると、三人とも子どものように何度もうなずいていた。
「以上、解散!」
 きびすを返し、ソフィアは研究室へ戻った。丸子と椎葉室長はお互いに悪態をつきながら居住棟へ去って行った。
「ソフィア博士」
 小川は意を決して声をかけた。ゆっくりと首を巡らせてソフィアが振り返った。なまじ美しいだけにやつれた顔には凄みがある。
「ぼくに手伝えることはありませんか? あの、イヌ型ロボットで」
「ないわ」
 木で鼻をくくるような受け答えに小川は二の句が継げなかった。
 そのままソフィアはいつもどおり部屋に入り鍵をかけた。
 とりつく島もない。
 あんな言い方をしていても、ソフィアがロボットに向けるのは優しい笑顔だということを小川は知っている。
 小川はソフィアの硬い表情を見るたびに幼いころに読んだ童話を思い出す。
 雪の女王を……。
 けれどこちらの女王さまは、自身にも氷のかけらが刺さっているようだ。
 そして、カナタにも。
 二人が一緒にいるところを小川はまだ一度も見たことがない。
 ソフィアは研究室からほとんど出ず、カナタは日がな一日中施設内を散歩してばかりいる。
 お互い意図的に避けているようにも見える。
 仲が良くない、と言えばそれまでだが、小川は別のことを考えていた。
 どんなプログラムなんだろう。小川のロボットにも心とまではいかないが、わずかな個体差は感じられた。けれど、何か決定的な要素が欠けている。足りないとは感じるがその正体がつかめない。
 ソフィア博士の研究室のデータを見られたらいいのだけれど、そんな好機はなかなか無いらしい。
 小川は書きかけの運搬用ロボットのデータをモニターで眺めるしかなかった。
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