第7話 ウイザードとウィッチ 3

文字数 2,399文字

「志望動機は単純なほうがいいのです。丸子博士のように一生酒が飲めるから、とか。ドームに過剰な期待や興味を抱いて来られるより」
 居住区の廊下を移動しながら椎葉室長がため息まじりに話した。
 小川はその後ろをうなだれてついていく。ついさっきの自分の失態を悔やみながら。
 何がソフィア博士の逆鱗に触れたのか小川には分からなかったが、ドームの所長であり直属の上司から不興をかったことだけで充分だ。
「政府の担当からは何か?」
「いいえ、何も」
 田嶋は教えなかった。ドームに入る条件だけは繰返し説明したが、ドーム建設の経緯や、誰がいるかなどはいくら頼んでも、のらりくらりとはぐらかされて終わりだった。
「正しい対応です。入る前に知りすぎることは、危ういことです」
「え?」
「ここは政府の最高機密です。外部に漏れる危険性があれば排除……」
 つまりは、消されると。
 小川の腕にかすかに鳥肌がたった。
 今さらながら五年の準備期間中、小川はギリギリのところを歩んでいたと知らされた。
 教えないことで田嶋は小川を守ってくれたともいえるだろう。
「ここまで来て、隠しだてしても意味がないので」
 そう言うと椎葉室長はエレベーターのコンソールに指を触れた。
「最上階の展望室に参りましょう」
 椎葉室長はポケットから端末を出して何やら確認をした。
「幸いカナタもおります」
 小川はその名前を聞いて、再び胸が高鳴った。軽い音が響いてエレベーターの扉が開いた。踏み出す足が、どこかふわりとして頼りなく感じた。


 展望室は五十階だった。床から一メートルくらいの位置に出窓状の壁が巡らされ、それ以外の壁から円形の天井までは透明だ。広さはバスケットコートが一面取れるくらいか。
 空模様を見て、椎葉室長は頭をかいた。晴天はいつの間にか雨に切り替わっていた。
「カナタ、勝手にドームの設定をいじらないで」
 足を揺らしながら窓辺に腰をかけ、外を見ていたカナタが振り返った。
 カナタの背後には霧にかすむ樹海が見渡すかぎり広がっていた。
 カナタは病衣のような、クリーム色のすとんとしたワンピースを着ていた。男性型と聞いていたが、今は服装と髪の長さが相まって少女めいて見える。
「カナタ、おいで」
 椎葉室長が呼ぶと、カナタは軽やかに出窓から降りて駆けよってきた。
 小川はカナタの姿に釘づけになり、体が強ばった。
「新しく来た小川博士、データはもう見たかい?」
 カナタは長身の椎葉室長の腰にしがみつき、隠れるようにして愛らしい顔を半分だけのぞかせ小川を見あげた。
「きみに会いたくて来たそうだ」
 椎葉室長の言葉にカナタは不思議そうな顔をした。
 なんて表情! あえやかで、ひっそりと咲く山百合のようだ。
 あまりに自然……まるでヒトそのものだ。
 小川の作ったロボットも表情が豊かだと評され、自分の技量を自負していたが、カナタの繊細さの足もとにもおよばない。
 ふと小川は祖母の死に顔を思い出した。命の炎が消え魂が抜けた祖母の表情は穏やかだったが、生前とはまるで別人のように見えた。
 心があるというのは、こういうことなのか。同じロボットでも、まるで違う。
 小川は打ちのめされ、声も出なかった。
 思わず伸ばした小川の手に驚いたのか、カナタはパッと走りエレベーターに乗って去ってしまった。
 小川は何もできずに、ただ見送った。
「ここはカナタの定位置です。樹海のなかに塔がありますでしょう?」
 分かりますか、と椎葉室長は小川に外をみるよう促した。
 雨と霧の中に樹海から抜きん出た緑色の塔があった。
「あそこが事故があった発電所です。放射線を封じるために鉛とコンクリートで何重にも固められています」
「汚染源は……あそこからヘリを攻撃していたのは何だったんですか?」
 室長は出窓に両手をついて視線を塔に向けた。
「ハルカ。ご存知ないですか……カナタの双子の姉です」
「え?」
 九条博士の作製したロボットは五組の双子、ハルカとカナタは最後の一組だ。
「なぜ」
「発電所の事故で救助に向かったハルカが原因不明の暴走をおこして、ヘリを撃ち落とし人的被害を出したのです。ハルカは政府の部隊に鎮圧されましたが。動力が原子力だったのでプルトニウムが拡散され汚染されました」
 小川は椎葉室長の隣で塔を見つめた。
「四十三年前の出来事です。詳しくはこちらを後でご覧になって下さい」
 椎葉室長はメモリスティックを小川に渡し、エレベーターを呼んだ。しかし、コンソールは反応しなかった。
「だから施設の機械をイタズラするなと言っているのに」
 室長は銀の鍵でパネルを開けると手動で操作した。
「こういった時にお使い下さい」
 カナタは施設の機器を操るらしい。
「カナタが手を出せないのは、施設内の発電所部分とゲートだけです」
 やってきたケージに乗る。
「携帯端末から全職員のプロフィールを見ることができます。百人に満たない小さな施設です。あまり波風立てずに過ごして下さい」
 小川はためしに端末でカナタを検索してみた。
 カナタは二千五百年製作、現在所在地点が施設の見取図に点滅している。
 次に椎葉室長を調べてみた。
「え……六十才?」
 思わず室長をまじまじと見てしまう。
「ちなみに丸子博士は八十六才、ソフィア博士は……七十四才です」
 室長は気まずげに口にした。小川は開いた口が閉まらなかった。抗エイジング処方の効力はこれほどなのか。
「薬は万能ではありません。抗エイジングをしていても病気にもなります」
 室長の話は半分も耳に入らない。
「朝比奈医師は」
 外見から見積もって五十くらいか?
「ソフィア博士と同じです」
「ななじゅうよん!?
 小川の叫びに、室長は気の毒そうな顔をした。
 みな見かけどおりではない。田嶋が言ったとおりだ。
「ここは魔法使いと魔女の棲みかか?」
 小川は思わずつぶやく。
「じき、あなたもそうなります」
 涼しい顔で椎葉室長が答えた。
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