5.ありがとう、転校生

文字数 2,057文字

 事件は想像以上に大きく取り上げられ、学校内でも知らない者はいなかった。
 あの男は未成年ということもあって、本名や顔が公にされることはなかった。
 ずいぶん前から悪口を書き込むサイトに出入りしたり、裏アカで悪口言ってる人たちと繋がったり、同様の手口でまずはいじめられっ子の連絡先を聞き、そこから今度はいじめている方の連絡先を聞いていたという。
 彼は小学校から高校を卒業するまで常にいじめに遭っていて、いじめに荷担する人間に復讐したいと思っていたようなのだ。
 それならば自分をいじめた相手に面と向かえばいいのに、男は自分より弱い立場の子供しかターゲットにしていなかったようである。初めのうちはカバンの中身をどぶに捨てたり、傘の柄で殴ったりしていたようだが、だんだんと回を重ねるごとにエスカレートしていったと週刊誌には書いてあった。
 事実関係を調べるためにわたしも話しを聞かれたし、どうやって調べたのか落合さんらも呼ばれて話をしてきたらしかった。さすがに警察に呼び出されたのがこたえたのか、わたしにいやがらせをすることもなくなっていた。
「誰も死ななくてよかったよね」
 わたしがいうと荻原は「たまにはいい結末もあるもんだね」といってはにかんだ。
 最悪な結末は避けられた。
 けど、こんなのんきなことをいっていたらシンは怒るだろう。シンは胸を強く打たれ、肋骨を二本も折っていたのだ。それも、自宅に戻って深夜に痛いとうなりだし、救急車で運ばれたのだった。
 だからこうしてわたしと荻原はシンのお見舞いに行くところだった。シンの大好きな皮ごと食べられるブドウと太秋(たいしゅう)という種類の甘い柿が入ったフルーツの詰め合わせを荻原が持ってくれている。
 シンは女子力が高いってわけでもなく、軟弱でもない普通の男子だが、デザートやスイーツという言葉にめっぽう弱いのだ。
 それにしても捕まった『始末屋』は危険な男だった。
「あの男、シンを見て『さすらいの王子』だと勘違いしてたよ。あ、『さすらいの王子』って、荻原くんのことね。シンと勘違いしちゃってさ、こんなに普通な男なのかって、なんでか怒ってた」
「きっと、あの男をいじめていたのも普通の同級生だったんじゃないのかな。たいして頭のいいヤツでもなくて、かっこよくもなくて、かといって不良かといったらそうでもなくて。どうしてそんなヤツがオレをいじめてるんだって、理不尽に思っていたのかもしれない」
「だからって。ひどいよね」
「ひどいよ。もっとぶん殴っておけばよかった」
 冗談なのか本気なのか荻原はそういった。なんでこの人はこんなにもいい人なのだろう。
「ねぇ、荻原くん。本当は透視なんかできないんでしょ」
「え? ああ……ばれた?」
「やっぱり」
 図星かとわたしはニンマリとした。
 荻原は本当の本当にいいやつで、わたしが予知夢を見たと馬鹿げたことをいおうとしているのを察し、自分にも馬鹿げた能力があると嘘をついて打ち明けやすく誘導していたのだ。きっとそうに違いない。
「うん、そう。透視はしてない。あの話し、氷室に聞いたんだ。予知夢かどうかはわかんないけど、オレのことどうして知ってるのか興味あったんだ」
「まぁ、そんなに悪びれずにいうなら、そんなウソは許してあげるよ」
 荻原があんまりにも人がいいものだから、真実はどうであるかなんてこれ以上追求しないでおこう。
 晴れた秋の空は飛び抜けてすがすがしかった。
 しかもわたし、抜群にかっこいい男子に荷物を持たせているのだ。こんな幸運もたまにはあるもんだ。
「だけど、今回の予知夢はへんなかんじだったな。あのネオン街でのことは全然違うふうになってたけど」
「オレが思うに、確定した未来なんてのは存在していないんじゃないかな。あるのは過去と、今だけで。だからこそ予知夢のようにはならなくて、不確定なものなんだ。だから、長澤さんは自分の思ったとおりに行動すればいいんじゃない? それがいい結果でも、悪い結果でも、後悔しないことを選ぶ方が断然大事だよ」
 わたしは荻原を見上げてうなずいた。わたしはありもしない未来にとらわれすぎていたのだ。本当は今なにを考えていて、今をどうするのかが一番大事なのに。
「じゃあ、オレはここで」
 と、荻原は病院の前までやってくるとバスケットを手渡した。
「ええ? 一緒に行かないの?」
「ここに来る前、氷室からメールがあって。お前は一緒に来なくていいからな、だって」
 荻原は意味ありげにウインクしてみせる。本当にシンからメールがあったのか、荻原の機転なのか、恥ずかしくなってくる。
「もう、病院は携帯禁止なのに」
「そういう問題?」
「そういう問題でしょ」
 わたしはそういってはぐらかし、手を振って荻原を見送った。
 もっと早くに荻原と出会ってたら完全に心動かされていたなと思いつつ、病院の自動ドアをくぐり抜けた。
「荻原くんが送ってくれたっていってやろうかなぁ」
 退屈そうにふてくされているシンの顔が目に浮かんで、なぜかわたしは顔がにやにやしてくるのをとめられなかった。
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