2.うわさの彼に急接近

文字数 7,182文字

 多すぎる。
 あまりにも多すぎる。
 荻原翔に限って、なんだってかっこよすぎたりするのだ。
 わたしは荻原に近づこうとチャンスをうかがったのだが、取り巻きが多すぎだ。クラスの女子どころか、噂を聞きつけた他のクラスの子まで荻原見たさにやってくる。かつて、こんな転校生がいただろうか。
 彼は転校が多いといっていたが、どこへ行ってもこんな感じだとすれば、きっとモテすぎて性格はゆがんでいるに違いない。夢の中で助けてもらっておきながら、わたしはそう思わずにはいられなかった。
 荻原はまんざらでもなさそうに相手をしている。まんざらでもないってのは、ひねくれた言い方かもしれない。わたしがあの中にいたら、感じのいい人って思っているのかもしれないわけだし。
 ともかく、どうしよう。
「んー」と、うなっていると、すぐ横で気配がした。
「無駄な努力をする柄でもねぇだろ」
 その声の持ち主に思い当たり、ギロッと見上げると、腕組みをして憮然としたシンが立っていた。バッグを持っているところを見ると、登校してきたばかりらしい。
「どういう意味よ」
「いい人ぶったって結局のところ、美男は美女を選ぶもんだ。朱音が控えめにアピールして、あわよくば見初めてもらおうと努力したって無駄だってこと。叶わない恋は追わないたちじゃなかったっけ?」
「別にそんなんじゃないし。ってゆうか、ひとの恋愛を勝手に決めないでよ……ってゆうか、遠回しにブスだっていってない?」
「飛躍しすぎだって」
 シンは相変わらずの調子の良さでなだめにかかる。
「オレ、あいつと同じ班らしいから、取り持ってやろうか?」
「結構です」
 きっぱりと言い捨ててシンを追い払った。珍しくシンはため息混じりに自分の席に向かった。そこらへんには女子が群がっていた。
「はいはい、どいてどいて」
 シンはかき分けながら強引に自分の席に着こうとする。
「氷室、空気読めよ」なんて取り巻きの女子から邪険に扱われていた。
 確かに、周りの男子は早々に席を離れて、からかいもしなければ罵倒もせず、見ぬふりを決め込んでいる。
 うちの中学は女子の方が少し人数が多いからなのか、女子の方が発言力が断然強かった。まとまった女子に嫌われたらとても悲惨な目に遭う。
 よせばいいのに「転校生と仲良くなりたかったら取り持ってやろうか?」と、シンはでかい態度で無理やり輪に入ろうとしている。邪魔をするにもほどがある。
「ちょーウザイんだけど」
 と、となりのクラスながら、どこのクラスにも幅をきかせている落合さんが睨んだ。落合さんは校内で五番目ぐらいにかわいいが、「落合さんが一番かわいいです」と言わせてしまうだけの迫力と、女子を統率する気質を持っていた。
 そんな彼女に冷たく言い放たれても気落ちしないシン。わたしだったら血の気がひく思いだが、どんだけ鈍感なんだとあきれずにはいられなかった。
 そんな事態であるから、手強い女子たちの目をかいくぐり、荻原と二人っきりになれる状況は作れそうにもなかった。不本意ながら、シンの手を借りることになるかもしれないと、最後の手段も考えていたら、勝手にシンが話をつけていてくれたらしかった。
 昼休みにシンから「音楽室まで来い」とメールがきた。
 あんなふうでいて、うちの母親からは頼れる幼なじみの少年というふうに見られていて、なんかあったときのためにと、わたしに断りもなくシンにメールアドレスと携帯番号を教えてしまっていたのだった。
「なんで?」と打ち返せば、「荻原が待ってる」と返ってきた。わざわざ人がいなくて鍵の開いている教室を探したんだぞと、押しつけがましいことまで書いてあった。
 モテすぎる転校生をひがんでいるわりに、お節介なことをしてくれる。
 シンはよくこういう勘違いをした。
 たいして好きでもない男の子と危うくくっつけられそうになるわたし。結局わたしが弁明する前にふられるという形で解決するのだが、それでもシンのことを嫌いになれない不思議さ。得体の知れない人の良さはお節介を通り越して人徳でさえある。
 だけど今回ばかりは「でかしたシン!」と素直に心の中で叫んで教室を出た。

 音楽室は一応防音仕様にはなっているが、普通授業をやっているクラスの迷惑にならないよう、普通教室と離れた場所にある。そのせいか、人の気配もなく、音楽室前の廊下からしてひっそりとしていた。
 シンのセッティングはいつだって完璧だった。わたしがふられることを想定して、わたしが傷つかないように配慮しているつもりだろうが、わたしが誰を好きかってことはいまだかつて言い当てたことがない。
 もちろん、わたしは本当に好きな人をシンに教えるつもりもないが。
 音楽室の重たいドアを開ける。
 教室の奥に荻原がいた。
 窓枠にちょこっと腰をかけ、腕組みをしてこっちを見ている。あこがれの人にでも会いに来たように、恥ずかしさにも似た胸の高鳴りがわたしを緊張させた。
 予知夢を見たなんて、どう説明したらいいだろう。
 手を替え品を替え言い寄る女は腐るほど見てきただろうが、あなたが死ぬ夢を見たと言い出す女は今までに遭遇したことはあるまい。ましてや死神がついているとか、スピリチュアル的なことなんてもっと嘘くさくていえやしない。
 でも本当に荻原との初対面は夢の中なのだ。
 わたしの手を引いて一緒に逃げてくれた荻原は、今、なにも知らずに遠くでたたずんでいる。
「ごめんね、わざわざ」
 そういったのは荻原の方だった。
 予想に反した流れに、わたしは戸惑って「え?」と問い返したまま何も言えなかった。
 呼び出したのはわたしの方ではなかったのか。
「どうしたの? そんなにおどろいて。ひょっとして、オレの背後に死神でもいる?」
 荻原はからかうように後ろを振り返るそぶりをした。わたしはますます面食らってあぜんとした。まだなにも話してないのに『死神』というワードが出てくるなんて。
 わたしが硬直してしまったことにも気づかず、荻原は楽しげにいった。
「いや、冗談。ちょっと聞きたいことがあって」
「え。聞きたいこと? わたしに?」
「うん。オレが出てくる夢、見なかった?」
「なんでそれを……あっ!」
 わたしはその理由に思い当たり、大声をあげてしまった。
「シンだ。シンでしょ」
「シンって……」
「あなたと同じ班で、遅刻してきた男子がいたでしょ。氷室慎」
 荻原は首をかしげたが、すぐに「ああ」とうなずいた。
「きみを呼び出してくれた彼ね」
「そう、そうよ。朝、家を出たときシンにばったり会って、夢を見た話をして、クラスメイトだと思っていたら全然知らない人で、だけど名前は荻原だったって、しゃべったような気がする。シンに聞いたのね?」
「いや、違うんだ。彼はたぶん……忘れてるんじゃないかな」
「じゃあ、どうして。どうして夢のことを知ってるの」
「オレは……」荻原は少しためらうように一呼吸置いていった。「オレは、たまに人の心が読めてしまうんだ」
「そんなこと……」
 できるわけないじゃないと言おうとして口をつぐんだ。わたしだって予知夢を見たのだと馬鹿げた話しをしようとしている。
 荻原だってこんな大嘘をつくためにわたしを呼び出したわけじゃあるまい。それに、たとえ荻原が退屈しのぎにわたしをからかおうとしたのだとしても、わたしは彼に伝えなくてはならない。あなたは殺されてしまうかもしれないと。
 荻原はなにもかもお見通しのような目でじっとこちらを見ていた。
「あんまりこういうことは言いふらすものじゃないんだけど、今回はそのほうが話が早いと思うんだ」
「どういうこと?」
「オレもずいぶんとイカサマ呼ばわりされてきたから、きみのこともわかるつもりだよ。だからオレはきみが予知夢を見ることを信じる。きみは、オレに透視能力があるって、信じる?」
 なんだか、ひどい試され方をしてきるような気がする。非現実的なことを言ってるのはお互い様じゃないかってね。
 だけどわたしはすんなりと「信じる」と答えていた。
 荻原のことは何も知らないが、荻原のことは助けたい。いつも予知夢をひっくり返したくて行動を起こしてみるものの、失敗してうまくいかないことばかりだけど、どうしてなのか放っておくことが出来なかった。今回だってどうなるか結末は見えてこないが、さすがに死ぬかもしれないことを黙ってやりすごせない。
「よかった、信じてくれて」と、荻原は手慣れた笑顔をわたしだけに投げかけた。勘違いしかねないその態度は、悔しいけど悪い気はしない。
「ところで、きみの名前は?」
「長澤。長澤朱音」
「オレは……」
「荻原翔ね。あなたがこの学校に登校してくる前からわたしは知ってたわ」
「不思議なかんじだ」
「わたしも」
 こっちに来て座ったらと、荻原が椅子をひいて勧めるので、距離を縮めそびれていたわたしはそっちに行くことにした。荻原は窓ガラスに寄りかかったままだ。
 荻原はこんな状況に慣れっこなのかもしれないが、わたしのほうはこんなカッコイイ男子とふたりきりで、なにから話すんだっけ?と、ちょっとテンパった。
 さきに切り出してくれたのは荻原だった。
「二年三組の教室に入っていったとき、真っ先に『この人、死んだ人だ』っていう心の声が届いたんだ。だれだろうって、探したら長澤さんだった。『死にそうだ』ならまだしも『死んだ人だ』っていうのはおかしいな言い方だなと思ったんだ」
「そうだよね。『死んだ』って過去形だもんね」
「まさか予知夢だったとは……。オレが見ている人の心は真実に近いと思うけど、予知夢ってのは見る夢すべてが未来に起こることと重なるの?」
「うんん。これは予知夢かもしれないって思うのは、夢の最後に白いワンピースの女が現れたときだけなの」
 予知夢を見るということは誰にも言ったことがなかったが、わたしは荻原にすべてを話すことにした。
 いつのころからか、夢の最後に白いワンピースの女が出てくるようになった。ノースリーブで裾の長い、透けるような白のワンピース。女の人の髪の毛は長くて、幽霊みたいにぼんやりとしている。ちょうど蜃気楼に揺らめく陽炎のように遠くに見える。離れているのに、耳元でささやかれているみたいに女の人の声が聞こえてくるのだ。
 やってくるのは、もうすぐよ――と。
 白いワンピースの女は必ずそういう。未来を見透かしたように。
 彼女が夢の中に出てきたときは、現実にも同じことが起こった。
「初めは偶然似たことが起こったのかなって思ってたの。こんな場面、以前にもあったっけ?っていうような。既視感っていうのかな」
「うん」
 荻原は笑いもせずにずっとわたしの話を聞いてくれていた。
「あんまり代わり映えしない毎日だから、夢とおんなじようなことだって起こりうるでしょ? でもね、そうじゃなかったの」
 これは夢で見たことがあるとはじめて認識したのは小学校二年生のときだった。
 クラスの男子が、これやるといってにぎりこぶしを見せた。手のひらを広げると、そこにはアマガエルがのっかっていて、ぴょんとわたしの方へとんできた。あんまりにも驚いたわたしは後ろに飛びのけ、後ろにあった机がおしりに当たってしまった。そしてその机に載っていた給食のトレイが床に落ちてしまい、大変な騒ぎになったのだ。
 それ以前にも既視感に見舞われていたことはあったが、既視感とはいえそう何度も起こるはずがない。よく思い出してみれば、夢で見たことと同じことが現実にも起こっているのだということに気がついた。
 しばらくは、見た夢がすべて予知夢なのかと毎日神経をとがらせていたが、そのうち、見知らぬ白いワンピースの女が不気味なことを言ったときだけ、その夢が現実となっていることを知ったのだった。
「ワンピースの女か」
 荻原は斜め上を見上げてなにかを想像しているようだった。わたしが思い浮かべた白いワンピースの女は伝わっていないのだろうか。
「夢以外で見たことは?」
「まったく。全然知らない人。たぶん、現実には存在していない人だと思う。でもね、予知夢といっても、それは確定的ではないの」
「というと?」
「なぜかその夢って、後味の悪いものばかりなの。だから、たとえそれが自分と関わりのないことだったとしても、夢と同じにならないように回避策をとったりすることがあるのね。そうすると当然というか、夢の結末とは一致しなくなるの。しかもそれが、夢よりもずっと悪い事態を引き起こしていたりして。それでもね、なんか自分が関わらないと気が済まないんだよね。罪悪感っていうか、自分だけ知ってるのに、ボーッと見るだけっていうのが、心のないひどい人間になってしまったような気がして」
「それは長澤さんが優しい人だからだよ」
 荻原みたいな人に屈託なくいわれると、顔を赤らめてしまうほど照れくさくて、いい人になった気になれるのだが、現実はそういうわけにもいかなかったのだった。
「そうかな……。だって、いつも最悪なんだよ。自分のエゴなんだよ、助けようだなんて。わたしが関わるとよくないことが起こるから、疫病神みたいなこともいわれてさ。いつもシンがかばってくれるんだけど……シンがいなかったら、わたし、のけ者にされてたかも」
「ふうん。氷室っていいやつなんだな」
「お節介だけどね」
「好きなんだ?」
「まさか。シンといたってどきどきしないのに」
「どきどきするだけが恋じゃないかもよ」
 荻原は知ったようなことをいってわたしを動揺させる。
 はぐらかしたくて、ちょっとムキになってしまう。
「そんなの、荻原くんみたいに恋多き女じゃないからわかんないよ」
「オレだってそんな経験多くないよ。転校するたびに恋してるわけじゃないしさ。オレは一目惚れしないたちなんだ。じっくりその人のことを知る前に転校しちゃう」
 そんなふうにいってるけど。本当は第一印象どころか、出会った瞬間に人の心の奥底までわかってしまっては、恋する前に冷めてしまうこともあるだろう。
「ま、それはさておき、オレが出てきた夢っていうのも、白いワンピースの女が登場したわけだね?」
「そう」
「オレは、どんな状況で

の?」
 刺された……。そう、刺されたのだ。
 目の前にいる荻原の真剣なまなざしと、夢の中の荻原が重なった。あのとき、荻原はわたしを救ってくれようとしていた。そして――。
 思わず目をつむり、震えをおさえる。
 荻原から流れる血が、今すぐにでも現実のものとなりそうで怖かった。
「だいじょうぶ?」
「うん。……そうだよ、まだ決まったわけじゃない」
 わたしはひとりごとをつぶやくように言って荻原を見上げた。
 わたしたちの選択は間違ってない。荻原と関わりを持たなければ、わたしを追って荻原が来ることもなかったのかもしれないが、荻原の秘密を知った今となってはそんな確信はもてなかった。だって、荻原は心が読める。わたしがなにも言わなくても、自分の判断でわたしを救おうと追ってくるかもしれないのだ。
「話してみて」
「……どこかよくわかんないけど、ギラギラとしたネオンで道が明るくなっているようなところだった。わたし、誰かに呼び出されたみたいで」
「誰か? 学校の人?」
「うんん。知らない男の人。スーツ着たサラリーマンみたいな。でもすごく若かった。なんでわたしの携帯番号知ってるのかわかんないけど、きっとその人に呼び出されたんだと思う。そうしたら、荻原くんが助けに来てくれて」
「どんなひとだったか覚えてる?」
「全然。荻原くんは教室に入ってきたとき、ひと目見てすぐにわかったけど、その人、普通すぎてよくわかんない。そんなことより、荻原くんはわたしを追いかけてくるようなことをしなければいいんだよ。そうしたらその男に刺されることもないはずなんだから」
「長澤さんはどうなるんだよ」
「わたしも、行かなければいい、そんな場所。とにかく、今後一切わたしたちは関わり合いを持たないようにすればいいんだよ。そうすればどうにか乗り切れる。そうよ、わたしは、それがいいたかったの。荻原くんはわたしに関わらない方がいい」
 わたしは席を立ち上がった。
「荻原くんも、人の悩みが見えてしまったからって、関わることはないんだと思うよ。普通の人間が持つ以上の能力を使うのは、きっと無理なことなんだよ」
 つっけんどんな言い方をするわたしに、「そうかな」と荻原は少しばかり口元をゆるませた。お人好しってのは決まってそんな表情をする。
「オレは前の学校でまったく逆のことを感じたよ。今まで色んな人と出会って、またすぐに別れて、何人かのクラスメイトを見て見ぬふりもした。でも、無理をするってのも悪くないと思うんだ。オレは未来を見通す力は持ってないけど、また悪い夢を見て奔走する長澤さんが目に浮かぶよ」
 わたしはかぶりを振った。
「これで最後にするんだから。わたしは夢に惑わされない。だから、わたしのことは放っておいてね」
 ふいに涙がこみ上げてきて、わたしは慌てて音楽室を飛び出した。
 どうして全部話してしまったりしたのだろう。
 どうして予知夢なんて……。
 見たくもないのに。
 わたしはまた、荻原を救うことはできないに違いないのだ。予知夢を見る意味なんてまるでない。それでも荻原を死なせるわけにはいかない。あの場所に行かなければ安全なのかどうかもわからない。
 ああ、もう!
 どうすればいいんだろう。
 階段を降りようとすると階下から声が聞こえてきた。
 この声は落合さんをはじめとするグループだ。複数の足音が小刻みに駆け上がってくる。こんなところを見られるわけにはいかない。荻原とコソコソ会っていたと嫌な噂をされかねない。
 わたしは音楽室前の廊下を猛ダッシュで駆け抜け、その先にあるもう一方の階段から降りていった。
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