第7話

文字数 2,050文字

 二学期になっても、愛華は相変わらずハブられていて、私は密かにハブった子たちが元に戻すタイミングを失っているのではないかと心配している。当の愛華は気にすることなく、暇があれば私の所にきて、しゃべり倒して帰っていく。自由すぎる。
 花井君とは委員会の後に何回か誘われて、甘いものを食べに行く仲になった。初めてのお出かけの時もそうだったけれど、花井君は甘いものが好きらしい。私もどちらかというと甘党だから、誘われるがままに付き合って、甘味を堪能している。甘いものを食べている時、花井君はとても嬉しそうだ。つい何日か前には、花井君とは甘味友達だと千秋に宣言したばかりだった。
 それなのに、そんな関係はあっけなく終わってしまった。
「俺と付き合ってください」
 二学期初めての委員会後に、一緒に甘いものを食べに行った帰り道。私と向かい合わせに立った花井君は、初めてのお誘いの時のように突然、そう言った。こういう時は敬語になるのだと、変なことに気を取られながら、花井君を見つめる。花井君は照れた様子も見せず、どちらかというと、針と糸を持っている時のように真剣な顔をしていた。
「急で困るよな。返事は、また今度でいいから」
 花井君が我に返ったように、目をそらして言う。
「いいよ」
「え?」
「いいよ」
 花井君の言葉に、今までのお出かけはデートだったのかもしれないと、千秋の言葉を思い出していた。誰かを好きになるという感覚がまだ分からなくても、花井君に好きを返せるようになれば、父と母のことが、少し理解できるようになるのかもしれないと、ずるいことを考えていた。
「え?まじ?」
 あんなに落ち着いていた花井君が、ここにきて慌てた素振りをみせる。その様子が可笑しくて、つい笑ってしまった。
「え?ってめちゃくちゃ言うじゃん。この前と逆だ」
 笑いすぎて苦しそうにそう指摘すると、花井君も照れたように笑った。
なんとなく、聞かれてから言うよりは、自分から話す方が主導権を握れる気がして、千秋には自分から、花井君とのお付き合いを報告した。いろいろと聞かれるのかと思ったけれど、千秋の反応は意外とあっさりしていて、よかったじゃん。とスカートのフリルをいじりながら素っ気なく言われてしまった。構えていた分、何だか拍子抜けしてしまう。
 今日はロリータ風だ。本格的なロリータの服は高いから、安いショップでロリータっぽいのを通販で頼んでおいた。少し生地が安っぽいかもしれないけれど、許してほしい。 
 可愛い服を着ているのに、今日の千秋はいつにも増して口数が少なくて、どうしたのか理由を聞いてもいいのか少し迷う。
「もう、こういうのやめにしねぇ?」 
 我慢できずに口を開こうとすると、先に千秋が口を開いた。思ってもみなかった言葉にどう返せばいいのか迷うけど、少し考えてから、イラついているように見える千秋を刺戟しないように、できるだけ言葉を選んでみる。
「急にどうしたん」
「もう、こういう格好似合わないだろ」
 さっきまで、刺激しないようになんて考えていたのに、あまりに乱暴な言い方に少しイラついてくる。
「何?私のメイクが下手くそっていうこと?」
「葵も似合わねーって思ってんじゃないの?」
 売り言葉に買い言葉だ。お互いの言葉が火に油を注ぐ様に、自然と声量も上がっていくのが分かる。
「そんなこと思ってたら、こんなに力入れて道具揃えたり、メイクしたりしないけど」
 テーブルに並べられたメイク道具達、クローゼットに収められた、可愛い洋服達。全て千秋一番似合うと思って選んだものだ。私がこだわってきたものを否定する言葉が憎たらしく感じる。
「人の顔色窺うの、いい加減やめたら。てか、僕でどうにもならないことを昇華するの辞めてくれない?こんなんで僕が可愛くなれるなんて、本当に思ってんの?」
 千秋が私を鋭く睨む。千秋が吐き出す一つ一つの言葉が、非日常のこの空間をビリビリと切り裂いていくようだ。私の目の前に、忘れていた現実が戻ってきたような気がした。
 千秋がそれを言うのか。ずっとそんなことを思っていたのだろうか。そうやってずっと私のことを笑っていたのだろうか。ぐるぐると不安が頭の中を駆け巡る。
 愛華の笑顔を見て、私は、メイクを施した後のこの顔に、喜びを感じていたのだと気がついた。相手が母ではなくたって、初めて千秋にリップを塗ったあの日、泣いていた千秋が笑ってくれたのが嬉しかった。ままならないことがあったって、こうやってメイクをして、着飾って、二人でどうでもいいことを話しているこの空間があれば、私は大丈夫な気がしていたのだ。
 本当は私も分かっていた。こんなことをしていたって、私たちの願いが叶うわけなどないことも、いつまでもこんなことを続けられるわけなどないことも。
「花井のことだって、真剣に考えたのかよ。花井は実験体じゃねーよ」
 これ、借りるわ。ロリータもどきを脱ぎ捨てて、着替えとメイク落としを持って部屋を出て行く千秋にかける言葉が、私には見つけられなかった。

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