第10話

文字数 1,513文字

「おい、千秋」
 明日提出になっている課題を確認していると、ニヤニヤしながらいつもつるんでいる奴らが、僕の机を囲んでくる。
「え、なに?リンチ?」
 はぁ、ちげーよ。と間髪入れずダルそうに返すから、こちらの話をまずは聞け、ということなのだろうなと、話の続きを催促する。
「お前、今度の文化祭、ミスコン出るから」
「おい、久保。冗談は顔だけにしといたら」
 ひでぇ。顔面でケンカ売られた。と久保が山井にひっついてわざとらしい泣き真似をする。山井はきめぇよ、と引きはがしているけど。
「出ないけど。そもそも僕、ミスターだし」
 久保の面倒くさい絡みにうんざりしながら、課題の確認に戻ろうとする。指名されるなら正確に答えたいし、誤答で授業を止めるのも嫌だ。
「え!それって、特別枠のやつでしょ?」
 おい、聞けよぉ。と、うざ絡みしてくる久保の後ろから、事情を知ってそうな女子が食いついてくる。
「そ。ミスコンは女装もありなんだってよ。出来がいいと特別賞もらえるから、誰か出したらいいじゃんって、先輩が教えてくれたんだよ」
 久保が説明を放棄しているからか、吉村が横から補足をしてくれる。
「いや、出ないけど」
 嫌そうな顔を前面に出して、少しでも出なくて済む方向へ持っていきたい。嫌なことはためらわず、ノーと言うことも時に必要だ。
「もう、申し込み済んじゃいましたー。実行委員の人がお前のこと知ってるらしくて、きゃっきゃっ言ってたぞ」
 その様子を見てきたのだろう、久保と山井がわざとらしく、きゃっきゃっと声真似をして再現している。こいつら、信じられねぇ。
「おい、ふざけんな。取り消してこいよ」
 キレ気味に突っかかっていこうとすると、傍で聞いていた女子のグループが千秋君、絶対、賞もらえるよぉ。どんな感じで攻める?と既に盛り上がっている。僕と向き合うより、女子と盛りがることに決めたらしい久保が、女子の群れに混ざって、千秋しか勝たん。とか言って、女子に笑われている。最悪だ。出されるのは僕なのに、そっちのけで話が進められていく。授業はあんなに熱心に聞いているクラスメイトが、誰もこちらの話を聞こうとしない。
「千秋君のお姉さんをびっくりさせようよ」
 それ。お姉さんも美人だから、女装したらそっくりなんじゃない?と話を進めていくクラスメイトがはしゃいだ声を出す。
 机に広げられたパンフレット、母さんの困った顔と、美晴ちゃんの笑った顔。ネイルカラー。頭の中で、つい先ほど起きたことのように鮮明に、母さんと美晴ちゃんの言葉が蘇る。あの空間に今もいるような息苦しさが、じわじわと自分ににじり寄ってきているみたいだ。
 メイクとか誰がする?という話題に、私したい。という声がいくつか上がる。さすがに僕の了承がいると思ったのか、立候補した女子が聞いてくる。少し考えて、専属がいるから。と答えると、だれー。もしかして、お姉さん?それじゃびっくりさせられないじゃん。と不満そうな声が上がるけど、曖昧に笑ってごまかした。
「千秋、特別賞とろうな」
 勝手に盛り上がって、肩を組んでくる久保にエルボーをかますと、ぐぁ。とかいいながらよろける姿を山井と吉村が笑う。それにつられるように笑いながら、顔の筋肉が強張っているような気がして、うまく笑えているか不安になる。
 盛り上がっているクラスメイトから少し身を引いて、そのまま携帯で葵と約束を取り付ける。僕たちはこの前話したきり、日曜日に会うことを避けていた。やめにしようと言いながら、本当に最後になることを、お互いに避けているみたいだった。でも、どうせなら、これが最後でいい。美晴ちゃんにみっともない自分を見せることが、最後には相応しい気がした。


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