第11話
文字数 2,355文字
町を見下ろす丘には、歩哨が立っていた。
街を作っている男にはどうやら、用心を怠る気はないらしい。ずいぶんと殊勝な心がけだったが、銃を持ってその場にいる男には、命じられた事をやる気はないようだった。
噛み煙草で茶色くなった唾をぺっと吐き、大あくびをする。それからライフルは岩にもたせかけ、早撃ちのための引き抜きを練習した。
まだ若いならず者だった。ホルスターは使わずにベルトに銃を挟み込んでいた。
何回か引き抜きを試したあと、その男はひねこびた木に向かって実際に弾を撃ち込んだ。
撃ち込んだあと、つまらなさそうな顔で銃をベルトに戻す。
その瞬間、私は弾を一発、そいつの額に撃ち込んだ。
額に赤黒い穴が空き、後頭部から白いものが飛び散る。
投げ捨てた人形のように男は倒れ、死体に変わった。
「音で警戒されないかしら」
「されないだろうさ」
言いながら、私はもう一発の弾を別の男に撃ち込んだ。
こめかみに穴が空いた死体は、木に抱き着くようにして地面に崩れ落ちる。
歩哨を片付けてから町を見下ろすと、死臭はよけい強くなった。
ユパカが眉をひそめる。フェナーブの若者は眉一筋動かさず、岩にもたせ掛けてあったライフルをとり、死体から弾を奪った。
もう一つの丘の上で、何かがきらりと光った。
規則正しい光が点滅し、応えるように丘の裾で光が瞬く。
隣に伏せていたユパカが、唾を飲み込む音がした。
私は天を見上げた。
風が吹く。
「魔法使い。先に浄化するの?」
それは、答を求める問いではなかった。
レッド・ブルたちの襲撃がまもなく始まるはずだった。
街からは丘の陰になっている斜面を、フェナーブの戦士達がゆっくりと上がってくる。
低くなり始めた太陽に照らされて、壁に守られた町は日常の夕方を迎えつつある。
フェナーブ戦士のときの声は聞こえないが、赤銅色の男達が長く伸びる影に潜んで動いているのが見えた。
目を転じると、レッド・ブル率いる本隊も音を殺して進んできているのが見えた。
丘の上から見るすべてが小さい。
「あの街はもともと、ミジナ族のものだったな」
「ええ。私たちとは対立している部族よ」
フェナーブも一枚岩ではない。
「ここに来るまで、ミジナ族を一人も見なかった」
「レッド・ブルが来るとなれば、襲い掛かっても不思議はない。そう言いたいの?」
「その通りだ」
ユパカが体をぶるっと震わせたが、それは恐れのためではなかった。
緑の瞳がわずかに収縮し、鋭く町を見下ろす。
「怒りは押さえておけ」
「……誰も襲ってこなかった理由は、見当がつくわ」
「ミジナ族は敵ではなかったのか?」
「だからと言って、何をしても良いわけではないのよ」
ちらりと若いフェナーブの戦士を見ると、若者は町を見下ろしていた。
戦闘用の絵の具を二筋塗った顔に、表情はない。
「ミジナは敵だ。しかし、それよりも悪い敵がいる」
私が見ている事に気付き、若者は苦々しく言った。
「その敵は、お題目を唱える才能はあるようだな」
「だが、それも今日までだ」
若者の言葉とほぼ同時に、眼下の男達が矢を放った。
火を付けた矢が幾筋も街に吸い込まれる。男達の一隊が壁を乗り越え、その後から火の手が上がった。
銃声が遠く聞こえる。
それに応じるように、フェナーブ戦士のときの声が上がった。
折からの風に煽られた火は、教会の塔にもまわっていた。
丘を下りるのに、身を隠しながら行く必要はなかった。
一気に馬を走らせる。
炎の中で怒号と悲鳴が飛び交い、銃声が乾いた響きを添えるのが聞こえていた。
「裏手に回れ」
正面はレッド・ブルの本隊がバリケードめがけてライフルを撃ち、石の戦斧をかざしたフェナーブ戦士達がごろつきどもの頭を砕いていた。
先に火矢を撃ち込んだブラック・ホークは、部下と共に形ばかりのバリケードが築かれた小道を進んでいる。
「裏手って?」
行く事の出来る道にはすべて、フェナーブの戦士が殺到している。
ユパカの叫びに、私は魔術を揮う事で応えた。
街を取り巻く壁の一部が、爆破されたように内側に向かって吹き飛ぶ。
土煙が収まるより早く飛び込んだのは、フェナーブの若者だった。
私の馬が壁だったところを抜けるより早く、若者の手にしたライフルが火を噴く。
無駄弾は撃たない。私の銃が死体を作っている事に気付くと、若者はライフルを戦斧に持ち替え、ごろつきどもの頭蓋を叩き割った。
後から着いて来るユパカは、ライフルを放さない。とうてい上手い射撃ではなかったが、馬を撃たれて落馬するまで、女呪術師は武器を放そうとしなかった。
いや。落馬しかけたユパカを、フェナーブの若者がさっと馬上に引き上げる。
「中央の建物だ」
「急ぐぞ」
飛び出してきた男を三人撃ち倒し、私は建物の前で馬から飛び降りた。
正面を守るものはいない。ドアの影でシリンダーを取り替え、私はドアを蹴り開けた。
何も無い空間を、銃弾が貫いて行く。
弾が一瞬途絶えたところで、私は中に飛び込み、撃った。
五発の弾で五つの死体を作る。
階上から銃を撃った男がフェナーブの若者に撃たれ、死体になって落ちてきた。
「魔法使い、行け」
若者が中に飛び込み、銃を撃ちながら叫んだ。
次の瞬間、別の方角から飛んできた弾が、若者の片目を吹き飛ばした。
もう一発の弾が若者の胸を貫く。
若者が床に倒れるのと、彼を撃ったごろつきを私が倒すのは、ほぼ同時だった。
「行って!」
若者よりも早く椅子の影に飛び込んでいたユパカが、ライフルを撃ちながら私に叫ぶ。
私は銃を構えたまま、階段を駆け上がった。
街を作っている男にはどうやら、用心を怠る気はないらしい。ずいぶんと殊勝な心がけだったが、銃を持ってその場にいる男には、命じられた事をやる気はないようだった。
噛み煙草で茶色くなった唾をぺっと吐き、大あくびをする。それからライフルは岩にもたせかけ、早撃ちのための引き抜きを練習した。
まだ若いならず者だった。ホルスターは使わずにベルトに銃を挟み込んでいた。
何回か引き抜きを試したあと、その男はひねこびた木に向かって実際に弾を撃ち込んだ。
撃ち込んだあと、つまらなさそうな顔で銃をベルトに戻す。
その瞬間、私は弾を一発、そいつの額に撃ち込んだ。
額に赤黒い穴が空き、後頭部から白いものが飛び散る。
投げ捨てた人形のように男は倒れ、死体に変わった。
「音で警戒されないかしら」
「されないだろうさ」
言いながら、私はもう一発の弾を別の男に撃ち込んだ。
こめかみに穴が空いた死体は、木に抱き着くようにして地面に崩れ落ちる。
歩哨を片付けてから町を見下ろすと、死臭はよけい強くなった。
ユパカが眉をひそめる。フェナーブの若者は眉一筋動かさず、岩にもたせ掛けてあったライフルをとり、死体から弾を奪った。
もう一つの丘の上で、何かがきらりと光った。
規則正しい光が点滅し、応えるように丘の裾で光が瞬く。
隣に伏せていたユパカが、唾を飲み込む音がした。
私は天を見上げた。
風が吹く。
「魔法使い。先に浄化するの?」
それは、答を求める問いではなかった。
レッド・ブルたちの襲撃がまもなく始まるはずだった。
街からは丘の陰になっている斜面を、フェナーブの戦士達がゆっくりと上がってくる。
低くなり始めた太陽に照らされて、壁に守られた町は日常の夕方を迎えつつある。
フェナーブ戦士のときの声は聞こえないが、赤銅色の男達が長く伸びる影に潜んで動いているのが見えた。
目を転じると、レッド・ブル率いる本隊も音を殺して進んできているのが見えた。
丘の上から見るすべてが小さい。
「あの街はもともと、ミジナ族のものだったな」
「ええ。私たちとは対立している部族よ」
フェナーブも一枚岩ではない。
「ここに来るまで、ミジナ族を一人も見なかった」
「レッド・ブルが来るとなれば、襲い掛かっても不思議はない。そう言いたいの?」
「その通りだ」
ユパカが体をぶるっと震わせたが、それは恐れのためではなかった。
緑の瞳がわずかに収縮し、鋭く町を見下ろす。
「怒りは押さえておけ」
「……誰も襲ってこなかった理由は、見当がつくわ」
「ミジナ族は敵ではなかったのか?」
「だからと言って、何をしても良いわけではないのよ」
ちらりと若いフェナーブの戦士を見ると、若者は町を見下ろしていた。
戦闘用の絵の具を二筋塗った顔に、表情はない。
「ミジナは敵だ。しかし、それよりも悪い敵がいる」
私が見ている事に気付き、若者は苦々しく言った。
「その敵は、お題目を唱える才能はあるようだな」
「だが、それも今日までだ」
若者の言葉とほぼ同時に、眼下の男達が矢を放った。
火を付けた矢が幾筋も街に吸い込まれる。男達の一隊が壁を乗り越え、その後から火の手が上がった。
銃声が遠く聞こえる。
それに応じるように、フェナーブ戦士のときの声が上がった。
折からの風に煽られた火は、教会の塔にもまわっていた。
丘を下りるのに、身を隠しながら行く必要はなかった。
一気に馬を走らせる。
炎の中で怒号と悲鳴が飛び交い、銃声が乾いた響きを添えるのが聞こえていた。
「裏手に回れ」
正面はレッド・ブルの本隊がバリケードめがけてライフルを撃ち、石の戦斧をかざしたフェナーブ戦士達がごろつきどもの頭を砕いていた。
先に火矢を撃ち込んだブラック・ホークは、部下と共に形ばかりのバリケードが築かれた小道を進んでいる。
「裏手って?」
行く事の出来る道にはすべて、フェナーブの戦士が殺到している。
ユパカの叫びに、私は魔術を揮う事で応えた。
街を取り巻く壁の一部が、爆破されたように内側に向かって吹き飛ぶ。
土煙が収まるより早く飛び込んだのは、フェナーブの若者だった。
私の馬が壁だったところを抜けるより早く、若者の手にしたライフルが火を噴く。
無駄弾は撃たない。私の銃が死体を作っている事に気付くと、若者はライフルを戦斧に持ち替え、ごろつきどもの頭蓋を叩き割った。
後から着いて来るユパカは、ライフルを放さない。とうてい上手い射撃ではなかったが、馬を撃たれて落馬するまで、女呪術師は武器を放そうとしなかった。
いや。落馬しかけたユパカを、フェナーブの若者がさっと馬上に引き上げる。
「中央の建物だ」
「急ぐぞ」
飛び出してきた男を三人撃ち倒し、私は建物の前で馬から飛び降りた。
正面を守るものはいない。ドアの影でシリンダーを取り替え、私はドアを蹴り開けた。
何も無い空間を、銃弾が貫いて行く。
弾が一瞬途絶えたところで、私は中に飛び込み、撃った。
五発の弾で五つの死体を作る。
階上から銃を撃った男がフェナーブの若者に撃たれ、死体になって落ちてきた。
「魔法使い、行け」
若者が中に飛び込み、銃を撃ちながら叫んだ。
次の瞬間、別の方角から飛んできた弾が、若者の片目を吹き飛ばした。
もう一発の弾が若者の胸を貫く。
若者が床に倒れるのと、彼を撃ったごろつきを私が倒すのは、ほぼ同時だった。
「行って!」
若者よりも早く椅子の影に飛び込んでいたユパカが、ライフルを撃ちながら私に叫ぶ。
私は銃を構えたまま、階段を駆け上がった。