第4話
文字数 2,455文字
いつかは知れる事と判っていたが、宿の娘が事実を知って私に質問してきたのは、ドクターが去った翌日の事だった。
事実を知っても、案外落ち着いている。あるいはそれは、先にユパカと話をしていたせいかもしれなかったが。
「でも、変じゃないかと思うんです」
娘は自分の身の事については何も言わず、そう切り出した。
「変?何がだ」
「どうして、わざわざあんな物を使ったんでしょうか?」
静かで思慮深い瞳は、こんな街には似合わないものだった。
「普通なら、あんな物を使わなくても魔術を使えますよね」
「ウォルカターラの魔法使いに、それを聞くのか?」
「……あの、上にいるお客様が言ってました。あなたはただの魔法使いじゃないって」
たしかに普通の魔法使いは、銃など持ち歩いたりしない。
だが、娘は私の言葉に首を横に振った。
「そういう意味ではないみたいです。……呪術師であって呪術師で無く、魔術師であって魔術師じゃない人だっておっしゃってましたから」
「何にせよ、相談を持ち掛ける相手ではないと思うが?」
「相談じゃなくて、私が思ってる事を聞いてもらうだけでは駄目ですか?」
「話すのは自由だな」
もう一杯のウイスキーを注文し、私はカウンターに背中をつけてもたれた。
酒場には、街の男たちが何人か、酔いつぶれて転がっていた。
髭の手入れもしていない、垢じみた顔をした、酔っ払いだった。行くべき場所も無ければするべき事も無い、掃き溜めに吹き寄せられた人生の残骸。
その男たちめがけてスイング・ドアから入って来るのは、昼の名残の熱気が残る、乾いた風だけだった。
「あんなものがなくても、何か術を使うなら出来ると思うんです」
娘は、私の背中に向かって話していた。
「だってギャングなんて、どこかの街が滅びたら、その町を捨ててどこかにねぐらを移すだけですよね?街が滅びる事を気にしないんなら、このあたりの大地からいくらも魔力を吸い上げられるはずじゃないんでしょうか」
「正確に言うなら、祖霊たちの力を、だな」
祈りを持たない、ウォルカターラ魔術師。祈りによって祖霊に力を与え、その力を借り、大地の力を保ち続けるフェナーブの呪術師を農夫にたとえるなら、祈らず、ただそこにある力を強奪して使い果たすだけのウォルカターラ魔術師は、強盗以下の存在だった。
もっとも、大半の魔術師たちは、自分が何の力を奪っているのかすら気がついていないのだが。
「……やっぱり、普通の魔術師じゃないんですね」
「どうでもいいことだ」
私は言い、グラスを口に運びかけて、やめた。
カウンターを見ないでグラスをおき、銃を抜く。
スイング・ドアが軋んで、散弾銃を肩に担いだ男とモリソン、それにモリソンの手下らしき若者が入って来た。
下卑た笑いが、三人の顔に張り付いていた。
散弾銃が、私に狙いをつける。
「いよう、まだおねんねには早い時間だよな?」
若者が言い、モリソンは腕を組んだままにやにやしていた。
酒場の前の道に出ると、予想通りの人手だった。
散弾銃は、相変わらず私に向けられている。目ばかりが大きい餓鬼のような年の若者は、だらしなく口を半開きにしてにたついていた。
「ルールは簡単だ、こいつが三つ数えたら、撃つ」
「葬儀屋の用意は出来ているのか」
若者は、私の言葉が面白い冗談ででもあるかのように笑った。
私はガンベルトに手をかけたまま、笑いがおさまるのを待った。
「おめぇのためなら、いつでも棺は用意できるってよ。さあてと、お楽しみと行くかい?」
結論から言えば、それは全く楽しくない結果に終わった。
散弾銃の男が3つ数え終わった時、私は二挺の拳銃を抜いて、二人を撃ち殺していた。
一人はむろん、挑んできた若者である。
そしてもう一人は、散弾銃の男だった。
「なにしやが……」
外野が怒鳴りかけたところで、もう一人。
屋根の上からこちらを狙っていた奴が地面に落ちて、生きている人間では不可能な角度に首を捻じ曲げたまま、動かなくなった。
「葬儀屋は、徹夜で棺桶作りをしなくちゃならんようだな」
それ以上話す気にはなれず、私はこちらを凝視している男たちに背を向けた。
わずかな気配を感じ、もう一人。
撃ってから振り返ると、標的を見もしないで放った銃弾は、銃を抜いたまま倒れている男の額に赤い飾りを穿っていた。
「おやすみ」
私は一言だけ言い、自分の部屋に上がった。
明かりは点けず、窓から外を覗く。
それからドアから離れたところに椅子を寄せ、テーブルに両足を上げてくつろいだ格好で、待った。
階段が軋む音が、わずかに聞こえた。
宿の亭主のものではない。私は銃を取り上げ、弾を込め直し、撃鉄を起こした。
ノックするかわりに、銃弾が薄い木のドアを叩く。
応射せずに待った。木屑とたいして差の無くなったドアを、拍車のついた頑丈なブーツが蹴破った。
蹴破った足が引っ込む前に、私の銃が轟いた。
足を上げたまま、股座から銃弾が食い込んだ男は倒れ、動かなくなる。
一斉に銃を抜いたならず者に、私は一人一発ずつ、熱い鉛弾をくれてやった。
八人が倒れ、階段を駆け上がってこようとしていた男が足を止める。
私はシリンダーを交換し、それも撃った。
銃声の余韻が静まった時、銃を持った男たちは、銃を持った死体に変わっていた。
「まだ一発残っている」
銃を持った手を下げ、私は言った。
階段の陰から、モリソンが出てきてこちらを睨みつけた。
「今は寛大な気分だ。希望を聞いてやろう」
「今日のところは見逃してやるさ」
モリソンは、唾を吐いて私に背を向けた。
その背中に向けて一発。最後の弾は、モリソンの首筋に赤い筋を刻んだ。
モリソンが振り返り、銃を抜こうとする。
「やめておけ。大工を起こして、棺を作らせるんだな」
魔術を使ってモリソンの銃を自分の手に移し、私はそう教えてやった。
事実を知っても、案外落ち着いている。あるいはそれは、先にユパカと話をしていたせいかもしれなかったが。
「でも、変じゃないかと思うんです」
娘は自分の身の事については何も言わず、そう切り出した。
「変?何がだ」
「どうして、わざわざあんな物を使ったんでしょうか?」
静かで思慮深い瞳は、こんな街には似合わないものだった。
「普通なら、あんな物を使わなくても魔術を使えますよね」
「ウォルカターラの魔法使いに、それを聞くのか?」
「……あの、上にいるお客様が言ってました。あなたはただの魔法使いじゃないって」
たしかに普通の魔法使いは、銃など持ち歩いたりしない。
だが、娘は私の言葉に首を横に振った。
「そういう意味ではないみたいです。……呪術師であって呪術師で無く、魔術師であって魔術師じゃない人だっておっしゃってましたから」
「何にせよ、相談を持ち掛ける相手ではないと思うが?」
「相談じゃなくて、私が思ってる事を聞いてもらうだけでは駄目ですか?」
「話すのは自由だな」
もう一杯のウイスキーを注文し、私はカウンターに背中をつけてもたれた。
酒場には、街の男たちが何人か、酔いつぶれて転がっていた。
髭の手入れもしていない、垢じみた顔をした、酔っ払いだった。行くべき場所も無ければするべき事も無い、掃き溜めに吹き寄せられた人生の残骸。
その男たちめがけてスイング・ドアから入って来るのは、昼の名残の熱気が残る、乾いた風だけだった。
「あんなものがなくても、何か術を使うなら出来ると思うんです」
娘は、私の背中に向かって話していた。
「だってギャングなんて、どこかの街が滅びたら、その町を捨ててどこかにねぐらを移すだけですよね?街が滅びる事を気にしないんなら、このあたりの大地からいくらも魔力を吸い上げられるはずじゃないんでしょうか」
「正確に言うなら、祖霊たちの力を、だな」
祈りを持たない、ウォルカターラ魔術師。祈りによって祖霊に力を与え、その力を借り、大地の力を保ち続けるフェナーブの呪術師を農夫にたとえるなら、祈らず、ただそこにある力を強奪して使い果たすだけのウォルカターラ魔術師は、強盗以下の存在だった。
もっとも、大半の魔術師たちは、自分が何の力を奪っているのかすら気がついていないのだが。
「……やっぱり、普通の魔術師じゃないんですね」
「どうでもいいことだ」
私は言い、グラスを口に運びかけて、やめた。
カウンターを見ないでグラスをおき、銃を抜く。
スイング・ドアが軋んで、散弾銃を肩に担いだ男とモリソン、それにモリソンの手下らしき若者が入って来た。
下卑た笑いが、三人の顔に張り付いていた。
散弾銃が、私に狙いをつける。
「いよう、まだおねんねには早い時間だよな?」
若者が言い、モリソンは腕を組んだままにやにやしていた。
酒場の前の道に出ると、予想通りの人手だった。
散弾銃は、相変わらず私に向けられている。目ばかりが大きい餓鬼のような年の若者は、だらしなく口を半開きにしてにたついていた。
「ルールは簡単だ、こいつが三つ数えたら、撃つ」
「葬儀屋の用意は出来ているのか」
若者は、私の言葉が面白い冗談ででもあるかのように笑った。
私はガンベルトに手をかけたまま、笑いがおさまるのを待った。
「おめぇのためなら、いつでも棺は用意できるってよ。さあてと、お楽しみと行くかい?」
結論から言えば、それは全く楽しくない結果に終わった。
散弾銃の男が3つ数え終わった時、私は二挺の拳銃を抜いて、二人を撃ち殺していた。
一人はむろん、挑んできた若者である。
そしてもう一人は、散弾銃の男だった。
「なにしやが……」
外野が怒鳴りかけたところで、もう一人。
屋根の上からこちらを狙っていた奴が地面に落ちて、生きている人間では不可能な角度に首を捻じ曲げたまま、動かなくなった。
「葬儀屋は、徹夜で棺桶作りをしなくちゃならんようだな」
それ以上話す気にはなれず、私はこちらを凝視している男たちに背を向けた。
わずかな気配を感じ、もう一人。
撃ってから振り返ると、標的を見もしないで放った銃弾は、銃を抜いたまま倒れている男の額に赤い飾りを穿っていた。
「おやすみ」
私は一言だけ言い、自分の部屋に上がった。
明かりは点けず、窓から外を覗く。
それからドアから離れたところに椅子を寄せ、テーブルに両足を上げてくつろいだ格好で、待った。
階段が軋む音が、わずかに聞こえた。
宿の亭主のものではない。私は銃を取り上げ、弾を込め直し、撃鉄を起こした。
ノックするかわりに、銃弾が薄い木のドアを叩く。
応射せずに待った。木屑とたいして差の無くなったドアを、拍車のついた頑丈なブーツが蹴破った。
蹴破った足が引っ込む前に、私の銃が轟いた。
足を上げたまま、股座から銃弾が食い込んだ男は倒れ、動かなくなる。
一斉に銃を抜いたならず者に、私は一人一発ずつ、熱い鉛弾をくれてやった。
八人が倒れ、階段を駆け上がってこようとしていた男が足を止める。
私はシリンダーを交換し、それも撃った。
銃声の余韻が静まった時、銃を持った男たちは、銃を持った死体に変わっていた。
「まだ一発残っている」
銃を持った手を下げ、私は言った。
階段の陰から、モリソンが出てきてこちらを睨みつけた。
「今は寛大な気分だ。希望を聞いてやろう」
「今日のところは見逃してやるさ」
モリソンは、唾を吐いて私に背を向けた。
その背中に向けて一発。最後の弾は、モリソンの首筋に赤い筋を刻んだ。
モリソンが振り返り、銃を抜こうとする。
「やめておけ。大工を起こして、棺を作らせるんだな」
魔術を使ってモリソンの銃を自分の手に移し、私はそう教えてやった。