第9話

文字数 2,210文字

 村を制圧したごろつき達は、すっかり気を抜いていた。
 見張りは銃を立てかけたまま、あくびをしていた。
「撃ったら、聞こえてしまうわ」
「フェナーブらしくも無い発言だな、それは」
 私が取り出したものを見て、ユパカが目を丸くした。
「弓矢まで使えるの?」
「さあな」
 借物の弓矢では、銃ほどの命中率は期待できなかった。
 しかし、私は自分で矢を放つ必要はなかった。
 私の隣に滑り込んできたフェナーブの若者が、私の手から弓を取る。
 ブルケデム大陸の言葉を一切話さない若者は、私の指差した先にいた見張りを一矢で死体に変えた。
「レッド・ブルか」
 戦士長の差し金だと、そうフェナーブの若者はそっけなく言った。
「偉大なる戦士長、彼がそう呼ばれる日も遠くないわ」
「行くぞ」
 ライフルを持ち直し、私は馬に乗った。
 キャンプ地のすぐ近くで馬を下り、そこでユパカが見張りに気づかれる。
 何か言うより先に、その見張りの喉にはナイフが突き立っていた。
 落ちてきた死体を避け、ユパカは意味ありげに私に目をむけた。
 構っている暇はない。
 フェナーブ達は何軒かの家に押し込められている。
 そして男達は、酒場となった家で騒いでいた。
 男達の野卑な声と銃声、そして時折、慰み者にされている若い娘の悲鳴が響いてきた。
 酒場のドアが開き、二人の男が死体を持って出てくる。
 そして荷馬車の荷台に死体を放り込み、酒場に戻ろうとした。
 私は一人で広場に出て、ドアが開いたところでその二人を射殺する。
 二つの死体が倒れ込むと、酒場からの音が一瞬、途絶えた。
 銃を手に駆け出してきたごろつき達は、簡単に撃つ事が出来た。
 窓ガラスを割って突き出された銃の弾は、先ほどまで私がいたところを空しく通り過ぎる。
 別の家からも走り出してくる男達の一人も倒し、建物の陰に飛び込む。
 何発もの銃弾が、建物の壁を削っていった。
 こちらも撃ち返す。ごろつきの銃が沈黙した一瞬をついて、走る。
 走る方向は、ユパカ達が向かった家とは逆の方向だった。
 男達は私が引き付ける。そう、話は決まっていた。
 しかし、脱走の途中で声を上げたフェナーブがいた。
「逃げやがったぞ!」
 ごろつきの一人が叫び、何人かの男が怒声を上げる。
 こちらに背を向けた男を撃ち倒したが、すぐに銃弾の返礼が来る。二人のごろつきが、ユパカ達の方に向かおうとする。

 その時、フェナーブのときの声が響いた。

 忍び寄っていたフェナーブの戦士達が、蹄の音も高く村めがけて駆け下りてくる。
 ごろつきたちが慌ててフェナーブの戦士に向かおうとするが、幾つもの銃声がごろつき達を襲った。
 私は走り、自分の馬に乗ると、村の外を回ってユパカ達の元に急ぐ。
 そちらでも、銃撃戦が始まっていた。
 すでに何人か、フェナーブが死んでいる。戦士の若者とユパカは、石の塀に身を隠して、銃を撃ち返していた。
「交代だ。拳銃は使えるか」
「ええ」
「持って行け」
 ユパカの持っていたライフルを、私の拳銃と替える。
 しかし、生き残ったごろつき達も、一筋縄で行く男達ではなかった。
 もっともこの後に及んで、連中を始末する必要はない。
 脱走する時間さえ稼げれば、あとはレッド・ブルが片付ける。
 しかしその、脱走する時間が、問題だった。
 恐怖で足の竦んだフェナーブ達は、なかなか動けない。あるいは、ただがむしゃらに走り出そうとする。
 仕方が無い。
 私は魔力を揮い、誰もいないはずの家を一軒、ごろつき達に向かって倒壊させた。
 悲鳴が上がり、あるいはぐしゃりという音が響く。
「いまだ、行け」
 若者と互いに援護しながら下がった私は、ユパカにそう声をかけた。
 若者も、捕虜誘導に加わる。
 ライフルの弾が残り少なくなったところで、ユパカが駆け寄ってきた。
「もう、あなただけだわ」
「それは違うな。おまえさんもいる。……援護する、脱出しろ」
 倒壊した家から這い出してきた男達は、広場の方の騒ぎなど忘れたように、こちらめがけて銃弾の雨を降らせつづけていた。
 ユパカから拳銃を受け取り、いつでも手に出来るように側に置く。
「今だ……行け!」
 ユパカが走り出す。

 しかし、ユパカは間違っていた。

 ごく幼い少年が、泣きながら空になった家から走り出してきた。
 ユパカがその少年を抱え、なんとか物陰に潜り込んだ。
 ライフルを空になるまで撃ち、私もユパカと同じ陰に飛び込む。
「……残っていたな」
「援護して」
 ユパカが派手に弾を使ったライフルは、もう役に立たない。拳銃一丁で切り抜けるより他には無い。
「走れるか。銃だけが頼りになるぞ」
「魔法使い。……無理をしたわね」
「何の事だ?」
「浄化よ。あれで……」
「来たぞ」
 何か言いかけたユパカを制止し、私は銃を突き出した。
 馬を待たせたところまで後退するのに、しばらくかかる。
 その間に、弾が一発、ユパカの肩をかすっていった。
 しかし、腕に抱えた少年は放そうとしない。
「行くぞ」
 馬が見えたところで私は敵を牽制し、走った。
 ユパカをまず馬に乗せ、少年を手渡す。
「乗って!」
 ユパカが叫んだ時、ごろつきの一人が走り出してきた。
 間に合わない。
 熱い衝撃が私の胸を貫き、すぐに暗黒が私を飲み込んだ。
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