第2話
文字数 1,987文字
ウォルカターラ人で魔術師とばれてから、宿の主人の態度が硬直化した。
無理も無い。ウォルカターラ流の魔術は、大地を枯渇させる呪いでもあった。
こんな小さな街では、呪いをかけられれば一たまりもない。しかしそれでも私を追い出さないのは、あの病気の女の事があるためのようだった。
「皮肉なものね」
と、ただ一人平然と笑ったのは、病気の女だった。
「フェナーブの呪術師をウォルカターラの魔法使いが助けるなんて」
「フェナーブには見えないな?」
と、私は女の言葉を無視して聞き返した。
たしかにこの女は、先住民であるフェナーブには見えない。小麦色に良く焼けた肌に赤い髪で、ブルケデム大陸人そのものと言った顔立ちだった。
「まあね。あたしはフェナーブの血は引いてないの。でも、彼らの名前を持っている」
「ほう」
「ユパカって言うのよ」
「良くある名前だな」
「あら、物知りね。でも、あまり使わない名前だわ」
「教えて、良かったのか」
「あなたにはね」
笑っている顔の中で、女の目だけは真剣だった。
「そうか」
それだけ言って、私は女の部屋を出た。
あまり話がしたい気分ではなかった。
階下に下りると、昨日の男が待っていた。
今日の連れは、ボディーガードの男達ではない。暴力の匂いを漂わせる男達のかわりに、呪いを色濃くまとった男を連れていた。
典型的なウォルカターラ魔術師である。時代錯誤もはなはだしい長衣をまとい、手には魔道石を連ねた数珠を握っていた。
「魔術師には見えないな」
私を見て、長衣の魔術師がしわがれた声を出した。
「流れもののゴロツキにしか見えん」
「銃の腕も確かだ」
昨日の男の目は、私の肩にあるホルスターに向けられていた。
「誉めてくれるとは嬉しいね」
それ以上は話さず、私は酒を注文した。
長衣の魔術師が、喉の奥で笑う。
「酒を飲む魔術師か。たかが知れている」
「呪いでもかけておくか」
「それより、女だ」
長衣の魔術師が階段に足をかけ、止めようとした主人を男が殴った。
魔術師がニワトリのように笑い、足を引きずって階段を上がり始める。
私は一つだけ、魔術を使った。
魔術師の手に握る数珠が、砕け散った。
魔術師が足を止め、私を振り返る。
「魔道具は無くなったようだな」
私が言うと、魔術師はこちらを睨みつけた。
「腕自慢か?」
言いながら、魔術師は壊れた数珠を捨てた。
「あの女の宿賃は俺が出している。だが、葬儀屋の費用まで持つつもりはない。そういうことだ」
「おまえの葬儀代なら、いくらも出せるだろう」
「時代遅れの魔術師の葬式代なら、出してやってもいいな」
「酒を飲む奴が、大口を叩く……いいだろう、次はないぞ」
長衣を翻し、魔術師は出ていった。
私はウィスキーを一気に喉に流し込み、扉に背を向けた。
「覚えておけ、若いの。いい気になっていると」
私の背中に向かって、男が言った。
わずかな気配を感じ、銃を抜く。
私は振りかえらず、脇の下から銃口を突き出して、撃った。
男がくぐもった声を上げ、膝を突く。
「今ならまだ、その手をなくさずに済む。早く帰れ」
男は口汚なく罵った後、出ていった。
私はまたグラスを取り上げて、すでに空になっていた事に気がつく。もう一杯注文しようとする前に宿の主人が、琥珀色の液体が入ったグラスを私の前に置いた。
「おごりですよ」
宿の主人はそれ以上は言わず、私はそれ以上話さなかった。
しかし、宿の娘はまだ、好奇心の消えていない年頃だった。
「お客さん、すごいですね」
素直な口調に、
「こら、お客さんの邪魔をするんじゃない」
宿の主人が慌てた。
「構わん。それで、なにがすごいんだ」
話したくない気分だったはずなのに、私の口からはその一言が流れ出していた。
「魔術師って、お酒を飲むと魔力が無くなるって聞いてました」
「それは嘘だな。酒が入ると魔力を上手く揮えなくなる三流が多い、それだけだ」
私は、酒に影響を受けた事はない。
「それに、道具も持っていませんよね」
「なかなか詳しいな?」
私に魔道具は要らない。
「聞いた話です。あいつが来るようになってから、街が荒れたから、なんとかしたくって」
「あいつを倒すというのなら、やめておけ。保安官にでも任せた方がいい」
「保安官なら先月、事故で死にました」
父親に似て静かな口調で話す娘を、私ははじめてまともに見た。
タフな女に育つ可能性は、ゼロに近い。むしろごく当たり前の、か弱い女になるだろう。タフを装う事さえ、この娘には無理なはずだ。
しかし、この娘には、タフな女達にも無い強さが何かあった。
「ほほう。……その話、聞かせてくれ」
結局ここでも、私は騒動に巻き込まれる事になっていたようだった。
無理も無い。ウォルカターラ流の魔術は、大地を枯渇させる呪いでもあった。
こんな小さな街では、呪いをかけられれば一たまりもない。しかしそれでも私を追い出さないのは、あの病気の女の事があるためのようだった。
「皮肉なものね」
と、ただ一人平然と笑ったのは、病気の女だった。
「フェナーブの呪術師をウォルカターラの魔法使いが助けるなんて」
「フェナーブには見えないな?」
と、私は女の言葉を無視して聞き返した。
たしかにこの女は、先住民であるフェナーブには見えない。小麦色に良く焼けた肌に赤い髪で、ブルケデム大陸人そのものと言った顔立ちだった。
「まあね。あたしはフェナーブの血は引いてないの。でも、彼らの名前を持っている」
「ほう」
「ユパカって言うのよ」
「良くある名前だな」
「あら、物知りね。でも、あまり使わない名前だわ」
「教えて、良かったのか」
「あなたにはね」
笑っている顔の中で、女の目だけは真剣だった。
「そうか」
それだけ言って、私は女の部屋を出た。
あまり話がしたい気分ではなかった。
階下に下りると、昨日の男が待っていた。
今日の連れは、ボディーガードの男達ではない。暴力の匂いを漂わせる男達のかわりに、呪いを色濃くまとった男を連れていた。
典型的なウォルカターラ魔術師である。時代錯誤もはなはだしい長衣をまとい、手には魔道石を連ねた数珠を握っていた。
「魔術師には見えないな」
私を見て、長衣の魔術師がしわがれた声を出した。
「流れもののゴロツキにしか見えん」
「銃の腕も確かだ」
昨日の男の目は、私の肩にあるホルスターに向けられていた。
「誉めてくれるとは嬉しいね」
それ以上は話さず、私は酒を注文した。
長衣の魔術師が、喉の奥で笑う。
「酒を飲む魔術師か。たかが知れている」
「呪いでもかけておくか」
「それより、女だ」
長衣の魔術師が階段に足をかけ、止めようとした主人を男が殴った。
魔術師がニワトリのように笑い、足を引きずって階段を上がり始める。
私は一つだけ、魔術を使った。
魔術師の手に握る数珠が、砕け散った。
魔術師が足を止め、私を振り返る。
「魔道具は無くなったようだな」
私が言うと、魔術師はこちらを睨みつけた。
「腕自慢か?」
言いながら、魔術師は壊れた数珠を捨てた。
「あの女の宿賃は俺が出している。だが、葬儀屋の費用まで持つつもりはない。そういうことだ」
「おまえの葬儀代なら、いくらも出せるだろう」
「時代遅れの魔術師の葬式代なら、出してやってもいいな」
「酒を飲む奴が、大口を叩く……いいだろう、次はないぞ」
長衣を翻し、魔術師は出ていった。
私はウィスキーを一気に喉に流し込み、扉に背を向けた。
「覚えておけ、若いの。いい気になっていると」
私の背中に向かって、男が言った。
わずかな気配を感じ、銃を抜く。
私は振りかえらず、脇の下から銃口を突き出して、撃った。
男がくぐもった声を上げ、膝を突く。
「今ならまだ、その手をなくさずに済む。早く帰れ」
男は口汚なく罵った後、出ていった。
私はまたグラスを取り上げて、すでに空になっていた事に気がつく。もう一杯注文しようとする前に宿の主人が、琥珀色の液体が入ったグラスを私の前に置いた。
「おごりですよ」
宿の主人はそれ以上は言わず、私はそれ以上話さなかった。
しかし、宿の娘はまだ、好奇心の消えていない年頃だった。
「お客さん、すごいですね」
素直な口調に、
「こら、お客さんの邪魔をするんじゃない」
宿の主人が慌てた。
「構わん。それで、なにがすごいんだ」
話したくない気分だったはずなのに、私の口からはその一言が流れ出していた。
「魔術師って、お酒を飲むと魔力が無くなるって聞いてました」
「それは嘘だな。酒が入ると魔力を上手く揮えなくなる三流が多い、それだけだ」
私は、酒に影響を受けた事はない。
「それに、道具も持っていませんよね」
「なかなか詳しいな?」
私に魔道具は要らない。
「聞いた話です。あいつが来るようになってから、街が荒れたから、なんとかしたくって」
「あいつを倒すというのなら、やめておけ。保安官にでも任せた方がいい」
「保安官なら先月、事故で死にました」
父親に似て静かな口調で話す娘を、私ははじめてまともに見た。
タフな女に育つ可能性は、ゼロに近い。むしろごく当たり前の、か弱い女になるだろう。タフを装う事さえ、この娘には無理なはずだ。
しかし、この娘には、タフな女達にも無い強さが何かあった。
「ほほう。……その話、聞かせてくれ」
結局ここでも、私は騒動に巻き込まれる事になっていたようだった。