第3話

文字数 2,271文字

 保安官が死んだのは、クルーガーの女について調べ始めた直後だったと、そう娘は説明した。
 クルーガーと言うのは、あのモリソンのボスである。このあたり一帯を仕切っている、悪党の名前だった。
「ほう?自分の女にまとわりつく奴を消したか?」
 小悪党ならよくある話だ。女を見ていたと言うそれだけで、殺された牧童の話なども聞いていた。
 しかし、娘は首を横に振った。
「そんな感じじゃありませんでした。保安官は、別の事を調べてたんです」
「……ふむ」
 娘は首からかけてたロケットを取り出し、カウンターに置いた。
「保安官が預けていったんです。……その後すぐ、誰かに撃たれました」
 古ぼけたロケットだった。
「古い細工ものだって言ってました。……お客さんなら、判るんじゃないかと思うんですけど」
「ああ」
 一目で分かった。
「やっぱり、魔術師の……?」
「今まで、よく無事でいたものだ」
「え?」
「見てみろ」
 左手で軽くロケットに触れ、私はほんの少しだけ、術を使った。
 小さな火花が散り、ロケットの中央に埋め込まれていた小さな緑柱石に罅が入った。
 黒い霞がわき、消えた。
「……今のは?」
「かなり強い呪具だったと言う事だ」
「何のための?」
 私は答えなかった。
 少なくとも言えるのは、これがケチな田舎でふんぞり返っているケチな小悪党に引っかかるような女が持つものではないと言う事だけで、私は娘にそれだけを教えた。
「値打ち物……なんでしょうか?」
「そうだな。行くところに行けば、十年は遊んで暮らせるだけの金になる」
 もっとも、金を受け取る前に、永久に金の心配をせずに済む羽目になる可能性も高い。
 それを教えてやると、宿の父娘は顔を見合わせ、そろって青ざめた。
「そんなに危ないものなんですか」
「魔術的には、そうだな。魔術師以外にとっては、ただのガラクタだ」
「宝石も入っていますけれど」
「屑石に近い。細工も上等とは言い難い。たしかに幾許かの金にはなるだろうが、同じ重さの金貨と交換できるかどうかも怪しいものだ」
「そんなものが、値打ち物だなんて……」
「今は誰にとってもただのガラクタだ。さっき、俺が壊した」
「壊して、良かったんですか?」
 娘は、慎重な性格であるようだった。
「壊した方が良かったものだ」
 それ以上説明するつもりは、もちろんなかった。

 宿の娘は判っていなかったが、ユパカは理解していた。
「気配で分かったわ」
 ドクターに請われて顔を出すと、ユパカはまずそう言った。
「とんでもない物があったみたいね」
「わかるか」
「判るわよ、もちろん。壊される瞬間ならね。もう作られていないものだとばかり思っていたわ」
「百年は前のものだった」
 ユパカに薬を飲ませ、診察を終えたドクターが、私達を見比べていた。
「今までずっと使われていたって言うの?」
「いいや。そんな感じはなかった」
「どこで見つけたのかしら」
「保安官が何を知っていたのか知らないが、あれの正体を知っていれば、今の質問と同じ事を思うだろうな」
「そしてそれを調べている最中に、殺された?」
 ありえない事ではなかった。今の法律では、あの手の呪具は持っているだけで死刑になる。
 むろん、こんな地の果てに法律などと言うものがあればだが。
「……それで、その呪具とやらは一体、何だったのかね?」
 診療鞄を足下に置いたまま、ドクターが訊ねた。
「……人の、命を奪うためのものよ。かつてブルケデム大陸が力を失い始めた頃、作られた品なの」
 説明したのは、ユパカだった。
「ウォルカターラの魔法使い達は、自分ではそれほど魔力を持っていないものがほとんどだって事は知ってるかしら、ドクター」
「ああ。だから魔道具が要るという話だったね。そのペンダントも、魔道具の一つだろう?」
「そうなんですけど、ちょっと違うんですよ」
 ここでユパカが私をちらっと見た。
「あなたの方が良く知っていると思うけど」
「そうとも限るまい」
 ユパカは軽く肩をすくめた。
 寝床の中でやるには、ちょっとした技術がいる芸当だった。
「魔道具の要らないウォルカターラの魔術師なら、知っていそうなものだけど?」
「さてな」
「仕方ないわね。……魔力がなければ、他の力を使う必要があるのよ。そのペンダントは、人の命を奪って魔術師の力に変えるためのものなの」
「なんとまあ。では、ペンダントを贈られたものは」
「早ければ一ヶ月、遅くて二年で死んだようだな」
「するとここの娘、しばらくとは言え、これを持っていたわけだろう。大丈夫なのかね?」
「あれだけ人が死んだ後ならば、あの娘の命を取るまでもなかったようだな」
 私が言うと、ユパカがうなずいた。
「判っていて、壊したのね?」
「どっちでも同じだろう」
「まあ、そうかもしれないわね。あなた、狙われるわよ」
 壊した瞬間の衝撃は、魔術師ならば見逃すはずのないものだった。
 気にする必要もあるまい。
「出てきたら、こいつで始末をつける」
 肩のホルスターを叩くと、ユパカが溜め息をついた。
 そしてドクターも。
「すると、この一件が終わるまで私もここにいた方が良いかな。君にも医者が必要になりそうだ」
「その心配はありがたいが、無用だ。俺が勝てば、連中は死体になっている。連中が勝てば、死体になっているのは俺だ。どっちにしろ、医者の手は及ぶまい」
「やれやれ」
 肩をすくめ、ドクターはその翌日、予定通りに巡回に戻った。
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