第5話
文字数 1,940文字
大工は棺を作るより先に、宿のドアを直していった。
「なあに、どうせ連中に棺は要らないさ。賞金首はどこかに持っていくんだろう?」
生死を問わず賞金が出るお尋ね者、つまり金になる死体が五個ばかり入っていた。
「一番近くの保安官はどこにいる?」
「ここから一日はかかるよ。持って行くなら、荷馬車の手配もしてやるぜ」
「金が欲しければ、あんたが持っていけ」
今のところ、金に不自由はしていなかった。
大工は目を丸くし、それから首を横に振った。
「冗談じゃない。遠慮しておくよ」
「そうか。では、埋めるしかないな」
「葬式代は誰が出すんだろうな?」
「奴等の持ち物を売るんだな。墓穴掘りの代金くらいにはなるだろう。あるいは、荒野に放り出しておけばいい。コヨーテが食らい尽くす」
そして案の定、クルーガーはけちな悪党で、コヨーテ達の腹を膨らませてやる事を選んだ。
負けた奴は手下ではない。つまりそういう事だと奴は笑った。
「それで?」
「おまえは強い。俺の手下にならないか」
「断る」
「美味い話もある。それに、おまえは魔術師だそうじゃないか?そんな賞金稼ぎなんかより、よっぽど稼げるぞ」
「金に興味はないんでね」
「ふん、珍しい賞金稼ぎもいたもんだな」
予想を裏切り、クルーガーはつまらなさそうに鼻を鳴らしただけだった。
その間、クルーガーの手下である魔術師は、こちらを攻撃しつづけていた。
効果がないという事を魔術師が理解するまで、私は放っておいた。
理解し、立ちすくんだ魔術師が声を上げようとしたのに、私は一つの術を放った。
「うるさい蝿だ」
魔術師が両手で喉を抑えた。
みるまに顔がどす黒くなり、大きく開けられた口から舌が突き出す。かっと見開いた目が充血し、そして焦点を失った。
どさりと重い音を立てて、かつて魔術師だった肉傀が床に転がる。
汚物の漏れる臭気が、部屋の中に漂った。
「……貴様、いったい何者だ」
教える義理はない。
私はグラスを干し、席を立った。
用心棒が一歩後ずさり、道を開けた。
集団を相手に戦うとなれば、宿屋はけしてそれに適した場所ではない。
「無茶な真似をするわね?」
気分が良いといって起きていたユパカが、私の施した術をみて眉をひそめた。
「いくらあなたが桁外れの魔術師だからって、そこまでやれば命を縮めるわよ」
「たいした術ではないさ」
「でも、これを維持するのは相当負担になる。ましてあなた、自分の魂を削って力に変えているのだから」
「俺は強盗に成り下がる気はない」
大地の力を盗んで使う。
判ってしまえば、盗む気は起きない。
「……そういう事ね。それで、あなたはどこで?」
「フラッド・パス」
この荒野の街から半日ほど行った場所。そこで乾いた台地は終わり、乾いた谷と痩せた川が続く土地になる。
ただしそれは、乾季の間だけの話だった。
雨が降れば、あっという間に一面の泥となる。
そして台地から伸びる一本の川は、死の川としても知られていた。
俗称フラッド・パス。平坦な道に見える川底をたどる者が、突然の雨で溺死する道。
「逃げる事は考えないの?」
地図を眺めていた私に、ユパカはそう尋ねた。
「知りたい事がある。逃げていては知る事はできない」
「何を?」
「あの呪具だ」
クルーガーはこのあたり一帯を仕切っているという話だが、私はここに来るまで、奴の名前すら聞いた事がなかった。
つまり小悪党だ。それがなぜ、あんな物を持っていたのか。
実際には奴の女の持ち物だったそうだが、女はすでにコヨーテの腹の中だ。この際関係はない。
「そう……関係があるかどうか知らないけど、最近、金鉱が発見されたって噂があるのは知っている?」
「いいや。どこだ」
ユパカが広域地図の上で指差したのは、山地に近い谷の一個所だった。
「ついでに言うと、このあたりのフェナーブ達がすでに金を手にしているという噂もあるのよ」
「輸送ルートまで近いな」
この街の十マイル先、台地の端を縫うように進む道なら、おそらく輸送路となる。水も豊富な恵まれた道だ。そしてその道は、かつてブラーンと呼ばれた廃虚のある方角に向かっている。
「それだけならいいけどね」
「金鉱を奪うためには、ごろつきの寄せ集めだけでは手が足りまい」
「…あなた、本当に賞金稼ぎ?」
「ここしばらくはそれで食っている」
事実だ。ユパカは片方の眉を器用に上げ、軽くため息を吐いた。
「軍人という感じではないものね。後学のために聞きたいのだけれど、フラッド・パスに出てどうするの?」
「本来なら、今の時期に雨は降らないな」
この質問に、ユパカは顔色を変えた。
「なあに、どうせ連中に棺は要らないさ。賞金首はどこかに持っていくんだろう?」
生死を問わず賞金が出るお尋ね者、つまり金になる死体が五個ばかり入っていた。
「一番近くの保安官はどこにいる?」
「ここから一日はかかるよ。持って行くなら、荷馬車の手配もしてやるぜ」
「金が欲しければ、あんたが持っていけ」
今のところ、金に不自由はしていなかった。
大工は目を丸くし、それから首を横に振った。
「冗談じゃない。遠慮しておくよ」
「そうか。では、埋めるしかないな」
「葬式代は誰が出すんだろうな?」
「奴等の持ち物を売るんだな。墓穴掘りの代金くらいにはなるだろう。あるいは、荒野に放り出しておけばいい。コヨーテが食らい尽くす」
そして案の定、クルーガーはけちな悪党で、コヨーテ達の腹を膨らませてやる事を選んだ。
負けた奴は手下ではない。つまりそういう事だと奴は笑った。
「それで?」
「おまえは強い。俺の手下にならないか」
「断る」
「美味い話もある。それに、おまえは魔術師だそうじゃないか?そんな賞金稼ぎなんかより、よっぽど稼げるぞ」
「金に興味はないんでね」
「ふん、珍しい賞金稼ぎもいたもんだな」
予想を裏切り、クルーガーはつまらなさそうに鼻を鳴らしただけだった。
その間、クルーガーの手下である魔術師は、こちらを攻撃しつづけていた。
効果がないという事を魔術師が理解するまで、私は放っておいた。
理解し、立ちすくんだ魔術師が声を上げようとしたのに、私は一つの術を放った。
「うるさい蝿だ」
魔術師が両手で喉を抑えた。
みるまに顔がどす黒くなり、大きく開けられた口から舌が突き出す。かっと見開いた目が充血し、そして焦点を失った。
どさりと重い音を立てて、かつて魔術師だった肉傀が床に転がる。
汚物の漏れる臭気が、部屋の中に漂った。
「……貴様、いったい何者だ」
教える義理はない。
私はグラスを干し、席を立った。
用心棒が一歩後ずさり、道を開けた。
集団を相手に戦うとなれば、宿屋はけしてそれに適した場所ではない。
「無茶な真似をするわね?」
気分が良いといって起きていたユパカが、私の施した術をみて眉をひそめた。
「いくらあなたが桁外れの魔術師だからって、そこまでやれば命を縮めるわよ」
「たいした術ではないさ」
「でも、これを維持するのは相当負担になる。ましてあなた、自分の魂を削って力に変えているのだから」
「俺は強盗に成り下がる気はない」
大地の力を盗んで使う。
判ってしまえば、盗む気は起きない。
「……そういう事ね。それで、あなたはどこで?」
「フラッド・パス」
この荒野の街から半日ほど行った場所。そこで乾いた台地は終わり、乾いた谷と痩せた川が続く土地になる。
ただしそれは、乾季の間だけの話だった。
雨が降れば、あっという間に一面の泥となる。
そして台地から伸びる一本の川は、死の川としても知られていた。
俗称フラッド・パス。平坦な道に見える川底をたどる者が、突然の雨で溺死する道。
「逃げる事は考えないの?」
地図を眺めていた私に、ユパカはそう尋ねた。
「知りたい事がある。逃げていては知る事はできない」
「何を?」
「あの呪具だ」
クルーガーはこのあたり一帯を仕切っているという話だが、私はここに来るまで、奴の名前すら聞いた事がなかった。
つまり小悪党だ。それがなぜ、あんな物を持っていたのか。
実際には奴の女の持ち物だったそうだが、女はすでにコヨーテの腹の中だ。この際関係はない。
「そう……関係があるかどうか知らないけど、最近、金鉱が発見されたって噂があるのは知っている?」
「いいや。どこだ」
ユパカが広域地図の上で指差したのは、山地に近い谷の一個所だった。
「ついでに言うと、このあたりのフェナーブ達がすでに金を手にしているという噂もあるのよ」
「輸送ルートまで近いな」
この街の十マイル先、台地の端を縫うように進む道なら、おそらく輸送路となる。水も豊富な恵まれた道だ。そしてその道は、かつてブラーンと呼ばれた廃虚のある方角に向かっている。
「それだけならいいけどね」
「金鉱を奪うためには、ごろつきの寄せ集めだけでは手が足りまい」
「…あなた、本当に賞金稼ぎ?」
「ここしばらくはそれで食っている」
事実だ。ユパカは片方の眉を器用に上げ、軽くため息を吐いた。
「軍人という感じではないものね。後学のために聞きたいのだけれど、フラッド・パスに出てどうするの?」
「本来なら、今の時期に雨は降らないな」
この質問に、ユパカは顔色を変えた。