第7話
文字数 1,765文字
季節外れの雨でフラッド・パスが潰れたとなると、旧ブラーン街道から金の出る谷に向かう道はリバーズウェイ・トレイルのみとなる。
そしてリバーズウェイ・トレイルの途中には、フェナーブの村がいくつかある。
いや。
廃虚の焼け跡から立ち上る煙の臭いは、過去形で言うべきであることを主張していた。
「……ここも、皆殺しね」
勝手に付いてきたユパカが、唇を噛み締めて言った。
焼けこげた家の跡に、生焼けになった死体が転がっている。小さな死体をかばうように倒れているのは母親だったのだろうか、今となっては顔の区別すら付けようがない。
「せめて埋葬してやりたいわ」
「時間の無駄だ」
死体はただの肉だ。
異臭を放つ廃虚には、私に出来る事は何もない。
ユパカは違う意見であるようだったが、それでも私に同行する事を選んだ。
並んで馬を走らせる横顔は、きつく唇を引き結び、緑色の瞳は険しく前方を睨んでいた。
「一つ聞きたいの、魔法使い」
埃っぽい狭い道を巧みに手綱を操りながら、ユパカは言った。
「なんだ」
「何が目的なの?お金じゃないのは分かっているけれど」
「金鉱だ、と言ったら?」
「嘘ね。金鉱の事なんか、私が教えるまで知らなかったじゃないの」
「では、気が向いたから、というのはどうだ」
ユパカは肩をすくめて返答の代わりにした。
「こちらこそ聞きたい。女一人でどこへ旅するつもりだった」
「呪術師の旅に付いて訊ねてはならない、というわよ」
「なるほど。馬ではなく、馬車だった理由は?」
この娘なら、馬に乗っての一人旅など造作なくこなせたはずだった。
「今日はずいぶん聞きたがりね?」
「そういう時もある」
「あいにく、教えたい気分じゃないの」
「なるほど」
それきり会話は途切れ、私は馬を急がせた。
分かれ道など無いはずのリバーズウェイ・トレイルの途中に、その道標は無造作に作られていた。
フェナーブ式のそれの意味は、極めて簡単だった。
危険、迂回せよ。
「迂回路はあるようだな」
何とか追いついてきたユパカに水筒を投げ、私は言った。
中身はただの水だ。ユパカは意外そうな顔をしたが、黙って喉を湿らせると、馬を寄せて水筒を返した。
「嫌な予感がする」
「ほう?」
「魔法使い。あなたも感じているんじゃないの」
「死人が出ているのは分かる」
それと、魔法の気配。
「ウォルカターラの外法ね」
「どうやらそのようだな」
迂回路を示すもう一つの道標に従って、私は馬を乾いた丘に向けた。
馬一頭通るのがやっとの、乾ききった丘の稜線をたどる道が、迂回路だった。
干からびかけたような潅木が、照り付ける日に晒され、ひねこびた影をわずかに落とす。
いくつかの丘を越えたところで、視界の隅に何かが動いた。
馬を止め、銃を抜く。
小さな影がさっと岩陰から飛び出し、荒れた丘の向こうに消えた。
「撃たないで。まだ子供だわ」
「フェナーブだな」
銃を収め、馬を進めようとしたところで、ユパカがぐらりとよろめいた。
落馬しそうになった娘を支えると、ユパカはすでに気を失っていた。
日が沈む頃になると、気温が急激に下がった。
病人向きの気候ではない。毛布を体に巻き付けたユパカは、コーヒーのカップを両手に持ってしばらく暖を取っていた。
「足手纏いになってしまったわね」
「判っていたのなら、何故来た」
「私は呪術師よ」
言って、ユパカはコーヒーを啜った。
「どうしても、来る必要があった。このあたりで死んだ者達を、正しく母なる祖霊の元に帰してやるために。でも、無駄だったのかもしれない」
「どういうことだ」
「魔法使い。あなたがいるからよ」
「外法を使った覚えはないが」
人の命を代償に力を振るう魔術は、死人すらも力に変えるという。
しかしユパカは首を横に振ると、私に視線を据えた。
「もう一度聞くわ。あなた、何者?」
「見ての通りだ」
「目に映るものと、中身が異なっているから聞いているのよ。人には使えない力を使う魔法使い。呪文が要らないだけではないようね」
「好きに解釈するがいい」
教える気はない。
ユパカはしばらく私を見つめていたが、やがてコーヒーを置くと、トウモロコシ粥を口に運び始めた。
そしてリバーズウェイ・トレイルの途中には、フェナーブの村がいくつかある。
いや。
廃虚の焼け跡から立ち上る煙の臭いは、過去形で言うべきであることを主張していた。
「……ここも、皆殺しね」
勝手に付いてきたユパカが、唇を噛み締めて言った。
焼けこげた家の跡に、生焼けになった死体が転がっている。小さな死体をかばうように倒れているのは母親だったのだろうか、今となっては顔の区別すら付けようがない。
「せめて埋葬してやりたいわ」
「時間の無駄だ」
死体はただの肉だ。
異臭を放つ廃虚には、私に出来る事は何もない。
ユパカは違う意見であるようだったが、それでも私に同行する事を選んだ。
並んで馬を走らせる横顔は、きつく唇を引き結び、緑色の瞳は険しく前方を睨んでいた。
「一つ聞きたいの、魔法使い」
埃っぽい狭い道を巧みに手綱を操りながら、ユパカは言った。
「なんだ」
「何が目的なの?お金じゃないのは分かっているけれど」
「金鉱だ、と言ったら?」
「嘘ね。金鉱の事なんか、私が教えるまで知らなかったじゃないの」
「では、気が向いたから、というのはどうだ」
ユパカは肩をすくめて返答の代わりにした。
「こちらこそ聞きたい。女一人でどこへ旅するつもりだった」
「呪術師の旅に付いて訊ねてはならない、というわよ」
「なるほど。馬ではなく、馬車だった理由は?」
この娘なら、馬に乗っての一人旅など造作なくこなせたはずだった。
「今日はずいぶん聞きたがりね?」
「そういう時もある」
「あいにく、教えたい気分じゃないの」
「なるほど」
それきり会話は途切れ、私は馬を急がせた。
分かれ道など無いはずのリバーズウェイ・トレイルの途中に、その道標は無造作に作られていた。
フェナーブ式のそれの意味は、極めて簡単だった。
危険、迂回せよ。
「迂回路はあるようだな」
何とか追いついてきたユパカに水筒を投げ、私は言った。
中身はただの水だ。ユパカは意外そうな顔をしたが、黙って喉を湿らせると、馬を寄せて水筒を返した。
「嫌な予感がする」
「ほう?」
「魔法使い。あなたも感じているんじゃないの」
「死人が出ているのは分かる」
それと、魔法の気配。
「ウォルカターラの外法ね」
「どうやらそのようだな」
迂回路を示すもう一つの道標に従って、私は馬を乾いた丘に向けた。
馬一頭通るのがやっとの、乾ききった丘の稜線をたどる道が、迂回路だった。
干からびかけたような潅木が、照り付ける日に晒され、ひねこびた影をわずかに落とす。
いくつかの丘を越えたところで、視界の隅に何かが動いた。
馬を止め、銃を抜く。
小さな影がさっと岩陰から飛び出し、荒れた丘の向こうに消えた。
「撃たないで。まだ子供だわ」
「フェナーブだな」
銃を収め、馬を進めようとしたところで、ユパカがぐらりとよろめいた。
落馬しそうになった娘を支えると、ユパカはすでに気を失っていた。
日が沈む頃になると、気温が急激に下がった。
病人向きの気候ではない。毛布を体に巻き付けたユパカは、コーヒーのカップを両手に持ってしばらく暖を取っていた。
「足手纏いになってしまったわね」
「判っていたのなら、何故来た」
「私は呪術師よ」
言って、ユパカはコーヒーを啜った。
「どうしても、来る必要があった。このあたりで死んだ者達を、正しく母なる祖霊の元に帰してやるために。でも、無駄だったのかもしれない」
「どういうことだ」
「魔法使い。あなたがいるからよ」
「外法を使った覚えはないが」
人の命を代償に力を振るう魔術は、死人すらも力に変えるという。
しかしユパカは首を横に振ると、私に視線を据えた。
「もう一度聞くわ。あなた、何者?」
「見ての通りだ」
「目に映るものと、中身が異なっているから聞いているのよ。人には使えない力を使う魔法使い。呪文が要らないだけではないようね」
「好きに解釈するがいい」
教える気はない。
ユパカはしばらく私を見つめていたが、やがてコーヒーを置くと、トウモロコシ粥を口に運び始めた。