第10話
文字数 2,692文字
目を開けたとたん、銃口を覗き込む事になった。
銃を押しのけて起き上がる。
側に控えていたフェナーブの娘が短く悲鳴を上げ、立っていた若者に声をかけられると走り出していった。
「ずいぶんな歓迎だな」
若者は何も言わなかったが、銃を構えていた少年を遠ざけた。
それ以上は何も言わず、壁にもたれている。
私が寝かされていたのは、フェナーブ南方部族式の家の中だった。
土で作られた家の中はひんやりと涼しい。木枠に紐を編んで作った寝台に腰掛けたままで周りを見ると、私の銃がガンベルトごと、壁にかけられていた。
敵ではない。そういうことらしい。
そしてたしかに、彼らの扱いは敵に対するものではなかった。監視にあたる若者は、銃を持って警戒してはいるが、こちらに敵意を見せない。
やがて戻ってきた娘は、老年にさしかかった呪術師を一人連れていた。
「魔法使い。まだ横になっていた方が良い」
呪術師は言いながら、私の前にある椅子に腰を下ろした。
「ぐずぐずしている暇はあるまい」
「傷を負ったものが動く事はない。まだ魔法使いの傷は癒えていない」
「それはどうかな」
私は胸に巻かれていた包帯を取り、肌に残っていた膏薬を拭い取ってみせた。
撃たれた傷はすでに無い。
呪術師以外の三人が、半分悲鳴に似た声を上げた。
「あいにく、こういうことだ」
「人間の体に、大きな魔法を使ってはいけない」
老呪術師は驚きの色などかけらも見せず、たしなめるように言った。
「今は治ったように見えても、その魔力はいずれ魔法使いを殺す。ある種の秘薬と同じなのだよ。痛みが消え、気分が良くなっても、体は無理をしている」
「自分の意志でやっているわけではないのだがね」
「ならばせめて、休まなくてはいけない」
「事が終わったら、そうしよう」
呪術師はため息と共に立ち上がった。
「食事を用意させよう。祖霊の子らを送った魔法使いには、養生が必要だ」
そうとだけ言って、老呪術師は立ち去った。
回復に三日もかかった事実は、早撃ちの腕が証明していた。
弾がわずかに狂う。練習していると、レッド・ブルの使いが呼びに来た。
「主力が残っている、そういう事だな」
レッド・ブルの話を聞き、私はそう確認した。
有り得る話である。この間倒した者達の数は多かったが、しかしあれだけでは腑に落ちない点も多い。
「ただの強盗とは思えない」
レッド・ブルは肯いた。
「ウォルカターラが糸を引いているかとも思ったのだがな。しかし魔法使い、おまえがここにいるという事は、どうやら違うようだ」
「どういう意味だ」
レッド・ブルと同格らしいフェナーブの男が、険悪な表情でレッド・ブルに詰め寄った。
「この魔法使いはウォルカターラの人間か?」
「呪術師は違うと言っている」
微妙なアクセントの違いが、『呪術師』が女であり、他の部族の者である事を教えていた。
「所詮、女だ」
女、と言う単語も、通常の意味で使用されたものではなかった。
「あれを抱いた覚えはない。そういう意味で言いたいのならな」
話の途中で、妙な横槍を入れてもらっては困る。
彼らの言葉で遮ると、男はぎょっとしたように私を見据え、黙った。
「我々の言葉が分かるのか」
「なんなら、共通語で話してやってもいいぞ」
「止めて置け。筒抜けになる」
たしかに、身振り語である共通語など使えば、こちらを見ている者すべてが話の中身を知ってしまう事になりかねなかった。
そしてレッド・ブルとしては、部下の戦士達には伏せておきたい事もある。そういう事だった。
「それで話を元に戻すが、裏は何だと思う、魔法使い」
「判らん。判りたくも無い」
「無関係ではいられまい」
答えられる質問ではなかった。
「確実に言えるのは、連中はあんたたちに好意を持っていないと言う事だな」
そしてもう一つ確実なのは、彼らを一掃してしまえば、これ以上の問題は起きないと言う事だった。
「どこかとつながりがある証拠も、消えるかも知れん」
レッド・ブルは探るような目を私に向けていた。
「一人二人生かしておいて、歌わせればいい。終われば消す」
「それは任せる。襲撃は三日後だ」
「何故話す?」
「我々に加わって欲しい」
「ただ働きをする賞金稼ぎがいると思うか」
「普通の賞金稼ぎなら、いないだろう。だが魔法使い、おまえは違う」
どう違う、と私は聞かなかったし、レッド・ブルも言わなかった。
フェナーブの村と一口に言っても、それは同じような農村ばかりをさすわけではない。フェナーブにも紛争の歴史はあり、その中から生まれた要塞さながらの小都市もある。
そして私が見たものも、そんな小都市の一つだった。
住人がフェナーブのみではないと言う事は、もっとも高いところにある建物の上に翻る旗が示していた。
「独立の旗、と連中は呼んでいるらしい」
私に同行した、若いフェナーブが説明した。
「どこからの独立だ?」
「ウォルカターラ、ツァーラ、そう言った国々だろう」
「お題目だけなら、まことに結構な話だ」
「やっている事は強盗だ。弱いものから収穫を巻き上げ、女をさらい、時には近くの街を襲う」
「それに、金鉱山も狙う」
「そうだ。そのために、村を3つ全滅させた」
金鉱山に向かう途中で見た廃虚も、レッド・ブルらに連絡させないために村人全員を虐殺したのだろう。そうレッド・ブルは見ていたし、私の推測も同じだった。
この『独立国家』の首魁の名は、賞金リストの中でもお目にかかる事が出来る。
そう教えてやると、若いフェナーブはアーモンド型の目を鋭く光らせた。
「悪党か」
「殺人と強盗の容疑で追われていた」
元はウォルカターラ人で、開拓団を率いて砂漠を越えようとした男だった。
実際には砂漠越えではなく、開拓団の者達から金目の物を奪うことが目的だったが。
「もっとも、本人であればもう50を越える年のはずだ」
「相当な年だな」
撃ち合いに向いた年ではない。
しかし、要塞の奥に篭もっている男を撃ち殺すには、何としてもおびき出す必要があった。
「魔術に頼っているわね」
ユパカの表情は固かった。
乾いた熱い風が吹いているのに、顔色は青ざめている。そしてそれは、病み上がりのせいばかりではなかった。
死臭が立ち込めているような錯覚を起こさせる気配が、色濃く漂っている。
クルーガーの女が持っていた呪具と同じ、不快な空気だった。
「行くぞ」
私は言い、馬に拍車を当てた。
銃を押しのけて起き上がる。
側に控えていたフェナーブの娘が短く悲鳴を上げ、立っていた若者に声をかけられると走り出していった。
「ずいぶんな歓迎だな」
若者は何も言わなかったが、銃を構えていた少年を遠ざけた。
それ以上は何も言わず、壁にもたれている。
私が寝かされていたのは、フェナーブ南方部族式の家の中だった。
土で作られた家の中はひんやりと涼しい。木枠に紐を編んで作った寝台に腰掛けたままで周りを見ると、私の銃がガンベルトごと、壁にかけられていた。
敵ではない。そういうことらしい。
そしてたしかに、彼らの扱いは敵に対するものではなかった。監視にあたる若者は、銃を持って警戒してはいるが、こちらに敵意を見せない。
やがて戻ってきた娘は、老年にさしかかった呪術師を一人連れていた。
「魔法使い。まだ横になっていた方が良い」
呪術師は言いながら、私の前にある椅子に腰を下ろした。
「ぐずぐずしている暇はあるまい」
「傷を負ったものが動く事はない。まだ魔法使いの傷は癒えていない」
「それはどうかな」
私は胸に巻かれていた包帯を取り、肌に残っていた膏薬を拭い取ってみせた。
撃たれた傷はすでに無い。
呪術師以外の三人が、半分悲鳴に似た声を上げた。
「あいにく、こういうことだ」
「人間の体に、大きな魔法を使ってはいけない」
老呪術師は驚きの色などかけらも見せず、たしなめるように言った。
「今は治ったように見えても、その魔力はいずれ魔法使いを殺す。ある種の秘薬と同じなのだよ。痛みが消え、気分が良くなっても、体は無理をしている」
「自分の意志でやっているわけではないのだがね」
「ならばせめて、休まなくてはいけない」
「事が終わったら、そうしよう」
呪術師はため息と共に立ち上がった。
「食事を用意させよう。祖霊の子らを送った魔法使いには、養生が必要だ」
そうとだけ言って、老呪術師は立ち去った。
回復に三日もかかった事実は、早撃ちの腕が証明していた。
弾がわずかに狂う。練習していると、レッド・ブルの使いが呼びに来た。
「主力が残っている、そういう事だな」
レッド・ブルの話を聞き、私はそう確認した。
有り得る話である。この間倒した者達の数は多かったが、しかしあれだけでは腑に落ちない点も多い。
「ただの強盗とは思えない」
レッド・ブルは肯いた。
「ウォルカターラが糸を引いているかとも思ったのだがな。しかし魔法使い、おまえがここにいるという事は、どうやら違うようだ」
「どういう意味だ」
レッド・ブルと同格らしいフェナーブの男が、険悪な表情でレッド・ブルに詰め寄った。
「この魔法使いはウォルカターラの人間か?」
「呪術師は違うと言っている」
微妙なアクセントの違いが、『呪術師』が女であり、他の部族の者である事を教えていた。
「所詮、女だ」
女、と言う単語も、通常の意味で使用されたものではなかった。
「あれを抱いた覚えはない。そういう意味で言いたいのならな」
話の途中で、妙な横槍を入れてもらっては困る。
彼らの言葉で遮ると、男はぎょっとしたように私を見据え、黙った。
「我々の言葉が分かるのか」
「なんなら、共通語で話してやってもいいぞ」
「止めて置け。筒抜けになる」
たしかに、身振り語である共通語など使えば、こちらを見ている者すべてが話の中身を知ってしまう事になりかねなかった。
そしてレッド・ブルとしては、部下の戦士達には伏せておきたい事もある。そういう事だった。
「それで話を元に戻すが、裏は何だと思う、魔法使い」
「判らん。判りたくも無い」
「無関係ではいられまい」
答えられる質問ではなかった。
「確実に言えるのは、連中はあんたたちに好意を持っていないと言う事だな」
そしてもう一つ確実なのは、彼らを一掃してしまえば、これ以上の問題は起きないと言う事だった。
「どこかとつながりがある証拠も、消えるかも知れん」
レッド・ブルは探るような目を私に向けていた。
「一人二人生かしておいて、歌わせればいい。終われば消す」
「それは任せる。襲撃は三日後だ」
「何故話す?」
「我々に加わって欲しい」
「ただ働きをする賞金稼ぎがいると思うか」
「普通の賞金稼ぎなら、いないだろう。だが魔法使い、おまえは違う」
どう違う、と私は聞かなかったし、レッド・ブルも言わなかった。
フェナーブの村と一口に言っても、それは同じような農村ばかりをさすわけではない。フェナーブにも紛争の歴史はあり、その中から生まれた要塞さながらの小都市もある。
そして私が見たものも、そんな小都市の一つだった。
住人がフェナーブのみではないと言う事は、もっとも高いところにある建物の上に翻る旗が示していた。
「独立の旗、と連中は呼んでいるらしい」
私に同行した、若いフェナーブが説明した。
「どこからの独立だ?」
「ウォルカターラ、ツァーラ、そう言った国々だろう」
「お題目だけなら、まことに結構な話だ」
「やっている事は強盗だ。弱いものから収穫を巻き上げ、女をさらい、時には近くの街を襲う」
「それに、金鉱山も狙う」
「そうだ。そのために、村を3つ全滅させた」
金鉱山に向かう途中で見た廃虚も、レッド・ブルらに連絡させないために村人全員を虐殺したのだろう。そうレッド・ブルは見ていたし、私の推測も同じだった。
この『独立国家』の首魁の名は、賞金リストの中でもお目にかかる事が出来る。
そう教えてやると、若いフェナーブはアーモンド型の目を鋭く光らせた。
「悪党か」
「殺人と強盗の容疑で追われていた」
元はウォルカターラ人で、開拓団を率いて砂漠を越えようとした男だった。
実際には砂漠越えではなく、開拓団の者達から金目の物を奪うことが目的だったが。
「もっとも、本人であればもう50を越える年のはずだ」
「相当な年だな」
撃ち合いに向いた年ではない。
しかし、要塞の奥に篭もっている男を撃ち殺すには、何としてもおびき出す必要があった。
「魔術に頼っているわね」
ユパカの表情は固かった。
乾いた熱い風が吹いているのに、顔色は青ざめている。そしてそれは、病み上がりのせいばかりではなかった。
死臭が立ち込めているような錯覚を起こさせる気配が、色濃く漂っている。
クルーガーの女が持っていた呪具と同じ、不快な空気だった。
「行くぞ」
私は言い、馬に拍車を当てた。