99、知られていないことを伝える

文字数 2,100文字

 2月にこのエッセイを書き始めた頃は、最初に購入したスペイン語の伝記からミゲル・セルベートの生涯について簡単に紹介し、その後スペイン旅行について書き、最後にスペインで購入した伝記から詳しい生涯や旅行先で見た銅像の作られた由来などについて書く予定であった。それぞれ10話ぐらいにまとめて合計30話から多くても40話、3月から本格的に書き始めて3か月で余裕で書けると考えていた。

 ところが生涯について書く時、どうしてもうまくまとめられない、スペイン語の伝記の中で生涯の部分はどこも省略できないことに気づいた。そして日本語に訳した自分の文章を読んだ時、元のスペイン語の本で読んだ時の感情や情熱が抜け落ちていると感じ、読みにくいと思われるのを覚悟でスペイン語の文と日本語訳を交互に書くことにした。

 最初にスペイン語の伝記を読んだ時からずっと感じていたことだが、日本語ではミゲル・セルベートに関する情報はほとんどない。キリスト教の根幹となっている三位一体説を批判する本を出して異端者として火あぶりにされた人、程度の説明である。だからスペイン語でその生涯を読んで驚いた。出身地がナバラであるかアラゴンであるかスペインでは長い間論争が続き、トゥールーズの大学を1年余りで辞め、師と一緒にカール5世の戴冠式のための旅に同行してカトリックに失望し、プロテスタントの人と付き合ってその家に滞在するもやがて意見が対立して逃げ出し、20歳の時に『三位一体説の誤り』を出版した。その本はカトリック、プロテスタントから激しく批判され、弁明のために翌年『三位一体説の対話』を出版するも状況はますます悪くなり、故郷スペインの異端審問所から追われていることを知って名前を変えその後生涯のほとんどをフランスに住むことになる。リヨンの出版社で働いて『プトレマイオスの地理学』を出版し、医者で占星術師で哲学者などいくつもの肩書を持つシャンピエールの書記となり、師が国境を越えた医者同士の論争に巻き込まれた時は弁明のための本を書いた。その後シャンピエールの勧めで医者になる決意をしてパリで医学を学び、ヴェサリウスなどと一緒に解剖も行った。パリでは占星術の授業も行ったが、占星術を禁じる医学部学長と対立して裁判にまでなってしまう(この時の裁判は死刑にはならず、注意されただけで終わった)モンペリエで医学を学び、シャルリーで医者として働き、30歳の時に占星術の授業の生徒、大司教のパルミエールにヴィエンヌに招かれて、以後侍医として12年間ヴィエンヌで暮らすことになる。ヴィエンヌにいる間にはフランス国籍も取って議会に参加し、病人や貧しい人の世話をする奉仕団体の団長も務めた。だがヴィエンヌで最後の著書『キリスト教の復興』を書き始める。この本の中には血液の肺循環についても詳しく書かれていたのだが、本が世に出回ることはなかった。またカルヴァンと手紙のやり取りもしていて神学について激しい論争を行い、カルヴァンから送られた本の中の予定説について印をつけ、余白に『この説は人間を丸太や彫像のようにしてしまう』と書き込んでカルヴァンを激怒させた。『キリスト教の復興』は誰にも見つからないように注意深く印刷されたのだが、出版されてすぐに運悪くカルヴァンの手に渡ってしまい、カルヴァンは人を使ってヴィエンヌの異端審問所に密告させた。投獄されたがヴィエンヌには友人も多くて簡単に脱獄することができた。だが数か月後にジュネーブを訪れてすぐに逮捕され、2か月半の悲惨な牢獄生活と厳しい尋問の後、10月27日に判決が出てその日のうちに生きたままの火あぶりという残酷な方法で処刑された。

 ミゲル・セルベートについて、日本ではほとんど知られていないが、スペインでは出身地を巡っての論争もあったが、多くの研究者が関り、たくさんの伝記や研究書、著作全集も出版されている。最初に購入した伝記は2004年、死後450年の追悼式典の後に出版され、スペインで購入した伝記は2012年、生誕500年の記念式典の後で出版されている。どちらの本も歴史学者や伝記作家よりは医療関係の人が多く関わっていた。スペインでは芸術や建築の分野では世界的に有名な天才が多数出ている。だが自然科学や思想の分野では有名人が思い浮かばない。宗教や歴史の圧力が強い時代が続いたスペインの人は、ミゲル・セルベートに医学の理想を見出して熱狂したのかもしれない。ミゲル・セルベートはフランスでは何度も名前を変え、生涯はわかりにくくなっていた。そうした状況での地道な研究で多くのことがわかってきた。スペインの人の熱狂と地道な研究がなければ、ミゲル・セルベートの人生はほとんど知られないまま闇に葬られていたかもしれない。

 結局このエッセイはほとんどがスペイン語の伝記の内容を伝えるということで終わってしまった。今日5月31日が締め切り日なので、ここで終わりにするが、まだまだ伝えきれていないという思いでいっぱいである。ミゲル・セルベートについて、そしてスペイン旅行で訪れたアラゴンについて、また別の形で伝えていきたい。

 
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