3話 男装と嘘

文字数 1,437文字

 歌姫が、他の人と音楽ユニットを組んでいた話は聞いていた。
 それも一時的で、すぐに解散してしまったらしい。
 組んでいた相手のPさんと会った事はなかったが、その時に作ったというCDを(もら)っていた。


 歌姫との連絡が途絶え、すっかり忘れていた頃、会長様が言った。

「Pさんのライブに行くんだ」
「いいな。私も行きたい」
「無理でしょ。ロックだよ」

 私は歌姫のライブでさえ、音がダメだった人間だ。
 ライブハウスで音を聞くのは、私にとって難しい。まして、ロックとなれば、尚の事無理だった。
 私は、あっさりと行くのを諦めた。

「試験もあるんだし、ライブどころじゃないでしょ」
 会長様の言う通り、私はその時資格取得のために勉強をしていた。
「そうだけど……」
 試験取得のために会長様に会うのも控えている私は、不満しかなかった。
 私は会えないのに、Pさんは会長様に会うなんて……という何とも理不尽な怒りを持っていた。


「代わりに試験が終わったら、遊ぼう。オフ会じゃないけど、会えそうなメンバーを集めるから」

 会長様の言葉で私は、「うん。頑張る」とやる気をみせた。


 試験当日は、()まり場で少しだけおさらいをして会場へ向かう。
 会長様もおさらいには付き合ってくれた。


 試験が終わると、会長様たちと合流した。
 そのまま夕食を兼ねた飲み会へと変わった。その場所に、Pさんと彼女さんが来ていた。
 いつものメンバーは私の格好には動じない。これがただの、遊びと言う事を知っているからだ。
 初対面のPさんと彼女さんも、一瞬迷った後にスルーをしてくれた。

 男装の私はどこからどう見ても、『女』だった。
 服が変わっても性別が変わるわけではない。それでも、対応する側は『どうするか』迷う。
 トイレに入っても、私が追い出されないのは私が『女体形』だからだ。
 それでも、服装に目が行けば怪訝(けげん)な顔で私の全体を確認されてしまう。
 なるほど、男装とはこんな事なのかと思った。


 会長様と彼女さんは、意気投合していた。
 いつもより、はしゃぎすぎている会長様を見ながら、大丈夫かなと思った。

 時間もいい感じになったので、解散する事になった。
 会長様はPさんと彼女さんを「もう一軒行きませんか?」と誘ったが、「ごめん、用事があるから」と断られてしまった。

 集まった他のメンバーも、時間なので解散した。会長様と私だけが()まり場へと帰る。

 思った通り、会長様は飲みすぎていた。いつもならば、こんなに危なげな足取りになったりはしない。

「大丈夫?飲みすぎだよ」
「うん。いつもなら、これくらい平気なんだけど、歳かなぁ」

 会長様を支えながら歩く。足元がおぼつかないので、支えるのは意外と大変だった。

「断られた……あれ、(うそ)だと思う」

 会長様が唐突にそんな事を言い出す。何の事だっけ?と記憶を手繰る。
「Pさんと彼女さん、本当は用事なんてなかったと思う」
「え?そんな事ないと思うけど」

 何故だかその日の会長様は悲観的だった。何度も「(うそ)だった」と言うような事を繰り返した。
 酔ったせいで悲観的な部分が出ているのかなと思った。

「そんな事は、ないよ」と、繰り返すうちに()まり場へと戻った。
 朝になってやっと、会長様は「あの時の私、変だった」と言いだした。
 記憶がなくなるほどは飲んでいなかったんだなと思ったと同時に、振り返る事が出来てよかったと思った。

 ただ、その後に「おまえがいたから、おかしくなったのかも」と言いだした。
 どんな意味だったのか、よく分からなかった。
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