第24話 わびぬれば 元良親王(二十番)前編
文字数 1,034文字
今はた同じ
難波なる
みをつくしても
逢はむとぞ思う
いまはたおなじ
なにわなる
みをつくしても
あわんとぞおもう
いつから好きだったのだろうかと、笹塚は思いを巡らせる。
唇をかみながら、己をまさぐった時だろうか。
いや、ちがう。
もうずっと、ずっと前からそうだったのだ。
あれはそう、薄氷を割っただけに過ぎないのだ。
廊下で女子生徒が数人、手を振りながら通り過ぎる。
笹塚は生物準備室へ向かっていた。
恋なんて、もう何年もしていない。
人の気持ちとか、相手がいるってこととか、感情に振り回されることとか。
もう、そういうのはほんとうに、ほんとうに遠い、遠い存在だった。
無きゃ無いで、まあ、さして困っていなかったし。
だから、自分でも、いつだったとか、正直これということがあったのかさえ、曖昧で。
自分でも途方に暮れているくらいなのだ。
生物準備室の机の上は、小テストやテストや授業の資料やプリント、ノートや参考書でできた山脈が独特の風流を生み出していた。
椅子に腰かけてノートパソコンの電源を入れる。
ファイルを呼び出して、キーボードで必要事項を打ち込んでいく。
それは、雨が土に沁みこんで、地下水として湧き出し海に流れ、やがて蒸発して雲になり、ふたたび雨となって地上に降り注ぐ。
それほどに“ナチュラルな”出来事だった。
土曜の午後、静まり返る校舎の階段を健康サンダルで降りていく。
来週の今日は文化祭だ。
どこの教室でも作りかけの道具が片隅に寄せられている。
今日は全生徒帰宅せよとのお達しがあり、作りかけで間に合わないだのごねていた生徒もしぶしぶ帰宅させられていた。
喫煙所は幸いにも木陰になってはいるが、体にあたる陽の感度は、十分に強かった。
(後編へつづく)