第11話 花の色は 小野小町(九番)
文字数 967文字
トオルの風邪もようやく治ったある日の放課後のことである。
今日こそは早く帰りたいなあと思いつつトオルが教室に入ると、やはりそこには生物教師笹塚がいるのだった。
トオルも、もう慣れてしまった。
気のせいだろうか、今日の笹塚先生はいつにも増して目がきらきらと輝いているようだ。
(え? なに? なんなの?)
笹塚先生はさっそく本を開く。
花の色は
うつりにけりな
いたづらに
わが身世にふる
ながめせし間に
はなのいろは
うつりにけりな
いたづらに
わがみよにふる
ながめせしまに
トオルが古典の授業を思い返していると、横で笹塚先生は身を乗り出してきて興奮気味に言った。
笹塚先生のテンションは、これまでになく高いようだ。
それは、生徒であるトオルがこの和歌に興味を示したことによって、教師としてのスイッチが入ったためのようだった。
(……単に知ったかぶりしたいだけじゃないか?)
そうともいう。
笹塚先生は軽いステップで黒板へと向かう。
(ふだんの授業でもあんなにはしゃぐことないのに……)
はやくもしらけ気味の生徒は、正直いって早く帰りたかったが、教師のやる気をむげにもできないので、とりあえず最後までつきあうことにした。
桜の色は長雨でいたずらに色あせてしまった
私の美しさは長い年月でいたずらに衰えてしまった
そこまで笹塚先生が説明したところで、トオルは口を開く。
うろたえる笹塚先生、だが、トオルは先だって授業で学習したばかりなので内容を覚えていて、それを言っただけなのだ。
トオルは内心、今日は早く帰れそうだとほくそ笑んだ。
笹塚先生はそう言い残して教室を出て行ってしまった。
その姿を見送ってトオルは、思った。
ーーなんか俺、深みにはまってる?
その日はトオルにとって、不安な放課後となったのだった。