第4話 春すぎて 持統天皇(二番)

文字数 1,262文字

ある日の放課後、藤原トオルは忘れ物を取りに教室へと向かった。
あ……
教室の自分の席には生物教師笹塚が、百人一首を手に座っている。
デ・ジャ・ビュ?
幻覚を見ているのか、それともタイムワープか? トオルは一抹の不安とともに先生の元へ行く。
先生、なにしてんですか?
ん? おお、トオルじゃないか、待ってたよ、そこそこ
え?
待ってた? そこそこ? なんでそこそこなんだよ!
しかし、トオルには一切身に覚えがない。昨日も今日も先生には会っている。
じゃ、続き、やるか
続き?
なんのことかと疑問に思いかけて、トオルははっとした。そう、先生の手にあるのは、百人一首。
まさか、続きって
昨日、トオルは笹塚先生から百人一首についてなんとなく解説を受けた。今日は、その続きをやろうと言っているらしい。百人一首は正直どうでもよかったが、トオルは先生と話せるのが嬉しいのだった。
今日は、誰の歌ですか?
今日は、こ・れ・だ

春すぎて 夏来にけらし 白妙の

 衣ほすてふ 天の香具山

はるすぎて なつきにけらし しろたへの


ころもほすてふ あまのかぐやま

あれ? 今回はずいぶんサクサクしてますね。読みまで丁寧に出して
まあな! なにしろ百首もあるからな。ちんたらしてると終わらねーだろってことで
そんなの誰でも気づくだろ
ん? なんか言ったか?
いいえ、別に
で、現代訳だが
はい
トオルは内心わくわくしていた。どうでもよいとはいえ、笹塚の説明は昔の人々の心を鮮やかに蘇らせるような感じがする。今回は、どんな話が聞けるのだろう。
[あれ? もう夏じゃね?]
……え? 終わり?
はい、ということでこの歌はこれで説明終了です!
うそ!?
うそです
おい!
決まった!
なんかムカつく
そんじゃあ、持統天皇についての簡単な説明をしていくぞ
お。さまになってる
だろ?
「まず、持統さんは女性だ。で、第一首の作者、天智天皇の娘(第二皇女)にあたる。そして、天武天皇の奥さん(皇后)だった。天武天皇が亡くなったため、天皇になった」
へ~
「で、天皇になった持統さんの経歴は、律令体制の基礎を作ったりなど。ここら辺は飛ばすか」
ふぁあ
「さて、こっからが大事なとこだが、天智天皇と天武天皇は兄弟なんだ」
……ん?
「持統さんは叔父さんと結婚したわけ。んで、額田王っていうべっぴんさんを兄弟である天智と天武がとり合った」
は?
「つまり、自分の夫と父親が同じ女性に恋をしたっつーこと!」
zzz
寝るな!
つまりドロドロの三角関係……
お前、難しい言葉知ってんな
やばくないですか? いいんですか? そんなんで。日本のトップがドロドロなんて
んー。俺も詳しくは知らないんでな。ただ、当時の京を囲む三つの山にそれぞれをなぞらえて、この歌を詠んだ、ともいわれているんだと
なんか、切ないですね
だよなー
「あ、ちなみに。万葉集にもともとあった歌が改変されて百人一首に採用された、らしいぞ」
なるほど。それにしても先生、説明が[らしい]ばっかですね
まあな。この調子で百首全部又聞きでお送りするんで、よろしく
(誰によろしくなんだ)
んじゃ、明日も同じ時間に会おうぜ!
まじかよ
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登場人物紹介

藤原 トオル

生物教師 笹塚

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