第6話 田子の浦に 山部赤人(四番)
文字数 951文字
とある日の放課後のことである。
へっくしょん!
廊下にいたトオルは、その声で全てを悟る。
トオルが教室に入るなり、自称百人一首教え隊隊長の生物教師笹塚は、気合い十分の威勢の良さで言う。
対するトオルはといえば、笹塚先生とは間逆の気分だった。
ーーー今日は気分がノらない。
だが、笹塚先生はそんなトオルの気分などお構いなしで本文を読み上げ始めた。
田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ
たごのうらに うちいでてみれば しろたえの ふじのたかねに ゆきはふりつつ
先ほどまで気分がノらなかったトオルも、ハイテンションの笹塚先生の勢いに圧されて、反射的に体は聞く姿勢になっていた。これが刷り込みによるものか、それとも本当に興味が出ているのかは、トオル自身にもよくわからない。
おもむろに笹塚先生が指をパチンとならす。すると急に教室が暗転し、白い教室の壁には青空のイラスト風背景が映しだされた。
会話型通信画面を模倣したと思われるイラストと吹き出しが現れ、次々に会話が表示されていく。
おいやめろ
何で急にLIN〇風? しかも何で俺あんなしゃべり方なの? なにあのアイコン?
トオルの疑問は次々に湧くが、例え問いつめたところで笹塚先生は意に介さないのも知っているため、トオルだけ消化不良気味のままだ。
なにがだ。今回いろいろ問題だらけだ
万葉集では実際に見た感想として書かれているが、百人一首では実際には見ていない、想像としての句に変更されている、らしいぞ!!
へー、そうなんすねー
トオルは、俺が作者の立場でも、笹塚先生にだけは教えまいと思った(なんかムカつくから)。
笹塚メモ
作者は奈良前期の歌人で、三十六歌仙の一人。