第7話 奧山に 猿丸太夫(五番)
文字数 733文字
(今回はちょっと文体が落語調です。)
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが・・・といったテイで、今日も教室のトオルの席には笹塚先生が座っています。
とくりゃ、
とかえる。
まさに阿吽の呼吸、双子もびっくりの息の合いよう。沈黙すらも会話の一部になっています。
奥山に もみぢ踏みわけ 鳴く鹿の
声きく時ぞ 秋は悲しき
おくやまに もみぢふみわけ なくしかの
こえきくときぞ あきはかなしき
笹塚先生はオホン、と一つ咳払いをして言いました。
秋は悲しい
無言のままのトオルが心配になった笹塚先生が訊ねますと、それはなにやら思案顔です。
しばらく後にやっとこさ口を開きます。
さすが予習してきただけのことはあるなぁ、と笹塚先生今度は感心しきりの由にて。
さて、トオルが言いたいのはつまりこういうことです。
【奥山に もみぢ踏みわけ】ているのは鹿なのか、人なのか。
【声きく時ぞ】とは山で、なのか里(屋敷)でなのか。
鹿としての悲しさなのか?
人としての悲しさなのか?
二人はしばし、遠い昔に思いをはせます。
そして笹塚先生は言いました。
ああ、今、同じ空をみていると、トオルは思った。
笹塚メモ
猿丸大夫は存在が謎。古今集では「詠み人知らず」の和歌。