文字数 2,130文字

 ――『今回はご縁がなかったということで、不採用にさせていただきます』
 その文章を見た瞬間に、リズは手に持った紙をぐしゃっと握りつぶした。
「またか……」
 様子を見ていた先生が、そんな言葉をため息とともにもらす。
 リズも先生も、どうしてこんなに内定がもらえないのかさっぱりわからない。筆記試験でも面接でもミスをしているつもりはないから、不思議でたまらない。
「これだけ不採用が続くと、誰かが不採用にさせてるかもって思った方がこれだけ落ち続けるのに納得できるんですが……」
「お前を不採用にさせて得をする人間がいるとは思えないがな。……まぁ、面白い発想だ」
 先生の言葉に、一瞬だけ脳裡に同い年の少年の姿がよぎったが、まさか、と浮かんだ考えを吹き飛ばす。
 どれだけ嫌味を言ってきてこちらを嫌っているとしても、そこまでしてあいつに利益があるとは思えない。
 ……不採用を受け取り続ける自分を笑うための嫌がらせをしている可能性も捨てられないが。
「まさかね」
 そこまで人でなしではないはずだ……と思いたい。
 いつも見る勝ち誇ったような顔が、不採用をもらったのを見てからかう声が、そう思いたいリズから嫌な考えを払拭させてくれない。
「俺はお前の考えてることがわかるぞー。でも、さすがにそれはないだろ」
「ですよねぇ……」
 二人で「ないない」「そこまではしない」と言い合い、一旦彼のことは忘れることにする。
「お前の不採用が続くのは運が悪いとしか言いようがないのかもしれないな。お前自身はかなり優秀だが、今まで受けた会社が求めている人材ではなかったのかもしれない」
「それだったら、いつかは私のような人間を求めている会社に出会えるかもしれませんね」
「ああ。こうなったら、お前が内定をもらうまでとことん付き合ってやるから」
「ありがとうございます」
 やはり、この人はいい先生だ。こんな人に巡り会えたことを感謝しなくては。
「新しい求人が届いたら教えるから。それまでは自分でよさそうなところを探したりしていてくれるか?」
「わかりました」
 頭を下げて進路指導室を出ると、ふぅと小さく息を吐く。
 ――ちょっと無理をしすぎたかな……
 先生を心配させたくなくていつもどおりに振る舞ったのだが、今日のリズは朝から体調が悪かった。
 ここしばらくは睡眠時間を削って就職活動に力を入れていたため、このままじゃいつかは限界がくるかもしれないと薄々思っていたが、とうとうそれがきたようだ。
 壁に手を突き、右手で左胸を掴んで大きな息を吐き出すことで吐き気を逃がし、少しふらふらとした足取りで教室へ向かう。
 朝は気持ち悪さで食事を摂らなかったため、ティナには会ってないから彼女はまだリズの体調不良には気づいていない。会えば、一目で見抜かれるのは確実だ。
 心配するだろうから、教室には戻りたくない。だが、学校に来ているのに授業をサボるわけにもいかない。
 それに先ほどの不採用通知で気落ちしたのか、一気に体調が悪くなってきたような気がする。
 吐き気だけだった気持ち悪さに、頭痛が加わってしまった。
 視界がぐらぐらして、まっすぐに歩きにくい。授業が始まる直前だから廊下にはほとんど生徒の姿はなく、口を押さえて歩くリズしかいない。
「……気持ちわる」
 声を出すと、吐き気が強くなった。
 足元がぐらぐら揺れている気がする。地震が起こっているわけじゃなくて、自分が揺れているだけだとわかっているが、不安がよりいっそう気持ち悪さを助長する。
 なんとか教室に向かって歩いていると、少し歪む視界に誰かの姿が入った。
 視線を向けると、それはシドだった。
「その様子だと、また不採用だったみたいだな」
「……うるさい」
 リズの様子を、採用試験に落ちて気落ちしていると思ったらしい。
 シドに馬鹿にされたくなくて、口に当てていた手を外し、背筋を伸ばす。
 答える声が小さいのは、吐き気をこらえているからだ。
 体調不良を見抜かれたら、「自己管理がなってない」とか色々と言われそうで、想像するだけでうんざりする。早くどこかに行ってくれないかな。
「だから、あきらめて俺の会社に就職すればいいのに」
「だ・か・ら、それはお断りしますって何度も言ってるでしょ」
 そっぽを向いて答えると、そこでシドはなにかに気づいたようだ。二、三度目を瞬かせて、「お前……」と言ってくる。
 もしかして、見抜かれた?
 背中に冷や汗が流れる。
 気づかれませんように。もうすぐ授業が始まるのに、なんでこんなところにいるのよ。もしかして不採用の通知が来たことを笑うために待ってたんじゃないでしょうね。
 言いたいことはたくさんあるのだが、口から言葉が出てこない。
 揺れが強くなった気がするのと同時に、視界がぐにゃりと歪む。
「……お前、なんだか顔色が悪くないか?」
 シドの声がどこか遠くから聞こえる。
 後頭部から後ろへ引っ張られているかのような感覚に、がくりと足から力が抜けた。
「リズ!」
 意識が途切れる直前、シドが焦ったような声で名前を呼んだ気がするが、返事をすることはできなかった。
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