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文字数 2,417文字
目を覚ますと、わずかな気だるさはあるものの起き上がれるほどには回復していた。
医師の先生に帰るように言われてシドが持ってきたらしい鞄を持って廊下を歩いていると、「もう大丈夫なのか?」と声をかけられた。
振り返ると、そこにはシドの姿があった。今は休み時間だからこんなところにいて当たり前なのだが、肩で息をしているところを見ると、急いでここまで来たのだろう。教室からメディカルルームへ向かい、そこで帰ったことを聞いて追いかけてきたのかもしれない。
「……大丈夫そうに見える?」
動けるようにはなったものの、全身には倦怠感が残っているし、正直動くのもつらい。
リズの表情と雰囲気から大丈夫ではないと判断したらしい。「貸せ」と鞄をひったくられてしまった。
「返して」
反射的に手を伸ばすと、その手を逆に握られてしまい、しかも「送ってやる」と言ってくる。
「いい」
断ると、いつもどおりむっとした表情をするかと思ったが、予想に反してシドはあきれたようにため息をついた。
「こんな状態の人間を一人で行かせられるか。いいから、黙って送られろ」
シドに送ってもらうなんて正直遠慮したいが、途中で倒れるのも嫌だから大人しく送ってもらうことにしよう。
よろよろと歩き出したリズの肩を支え、結局、本当に寮まで送ってくれた。
いつもの倍以上の時間をかけて寮へ戻り、部屋の鍵を開けて中へ入ると、シドがためらった様子で入り口に立ち止まった。それを見て、「入っていいから」と言って促すと、おそるおそる中へ入ってくる。
きょろきょろと見回されると、なんだかこっちが恥ずかしくなってくる。そういえば、異性をこの部屋に入れるのは初めてのことだ。元々、ここは女子寮だからそういうことがなくて当たり前なのだが。
ベッドにぼふっと力尽きて横になると、シドが通学鞄を机の上に置いて、上から毛布をかけてくれた。
「……ありがと」
そう言って毛布を口元まで引っ張って目をつむると、なにかを呑み込むようなごくりという音が聞こえた。
不思議に思って目を開けて視線を向けると、シドが慌てて目をそらし、「養生しろよ」と言いながら逃げるように部屋を出て行った。
走り去る足音が遠ざかっていき、リズは大きく息を吐いた。
少し気持ち悪さがぶり返してきてしまったかもしれない。その吐き気をこらえながら、あとでシドにお礼をしなきゃ、と考える。
彼は、嫌いな人間にでもここまで気を遣ってくれるらしい。攻撃だけを繰り返す自分とはえらく違う。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ見直した。
寮母に頼んでキッチンを借り、簡単に弁当を作るのはいつものこと。学食もあるのだが、節約のためには自分で弁当を作るのが一番だ。
……そう。作る弁当が一つ増えたくらいどうってことない。いつもより少し多めの量を作ればいいのだから。
そのつもりなのに、片方がものすごく手の込んだ弁当になってしまっているように見えるのは気のせいか。
「……」
見なかったことにしてふたをしようとすると、後ろからティナがひょこっと現れて手元にある弁当を覗き込んだ。
「あー、美味しそう」
「見た目だけね。見た目だけ」
「そんなことないよ。リズの料理は寮母さんに負けないくらい美味しいよ」
「はいはい」
「でも、なんで二つ? しかもこっちはものすごく手が込んでない?」
「……」
返事をせずに隠すようにさっさとふたをして、大きなハンカチで包む。
「全部、リズが食べるの?」
「いや……」
頭をフル回転させて言葉を探していると、ティナがなにかに気づいて両手をぽんと叩いた。
「誰かに作ったんだね? 誰? 誰に作ったの?」
「……」
興味津々で迫りくるティナから庇うように弁当を背後へ回し、目を泳がせる。
ティナにはなにを言ってもバレてしまうだろう。だったら、最初から正直に言ってしまったほうがいいかもしれない。
「………………シド」
「――えっ!?」
観念したように白状するとその名前はまったく予想していなかったのか、ティナがひどい驚きを見せた。
しかし、すぐにぱぁっと目を輝かせ、「いつから!? いつから、そんな仲になったの!?」と再び迫ってくる。
上半身をのけぞらせたリズは、「か、貸しを返すだけよ!」とやけになって叫ぶと、ティナは乗り出していた身体を引っ込ませて首を傾げた。
「貸し?」
「この前、体調不良で倒れたじゃない? そのときにお世話になったからお礼がしたいって言ったら『じゃあ、弁当作ってこい』って上から目線で言われただけ。ほんっとにそれだけ」
「じゃあ、シドくん楽しみにしてるだろうなぁ」
普段からいいものを食べているであろうシドの肥えた舌を喜ばせることができるような料理が作れるとは思えないのだが、こちらから礼がしたいと言って弁当を作れと言われた以上、作らないわけにもいかない。最悪、まずいと言われることも想定しておかなくては。
そんな心境を表情から察したのか、ティナは「大丈夫」とリズの肩を叩いた。
「シドくん、とても喜んでくれると思うよ。なんたって、リズの手料理だからね」
「そうなの?」
「うん。そわそわと心待ちにしている姿が目に浮かぶよ」
「?」
くすくすと笑うティナはシドのなにを知っているのだろう? リズが知らない一面でも知っているのだろうか。
「まずいって言われなきゃいいけど」
「空腹となんとかは最大の調味料って言うじゃん」
「……私、時々ティナの言ってることがわかんないよ」
残っていた自分の分のも包み、それぞれを弁当用の手提げ袋へ入れる。
時計を見ると通学時間が迫っていた。
「やっば。遅刻する」
慌ててキッチンを飛び出すと、後ろから「ちゃんと朝ご飯を食べるんだよー」と声が聞こえ、この前みたいに倒れるのは嫌だと思って食堂へ足を向けた。
医師の先生に帰るように言われてシドが持ってきたらしい鞄を持って廊下を歩いていると、「もう大丈夫なのか?」と声をかけられた。
振り返ると、そこにはシドの姿があった。今は休み時間だからこんなところにいて当たり前なのだが、肩で息をしているところを見ると、急いでここまで来たのだろう。教室からメディカルルームへ向かい、そこで帰ったことを聞いて追いかけてきたのかもしれない。
「……大丈夫そうに見える?」
動けるようにはなったものの、全身には倦怠感が残っているし、正直動くのもつらい。
リズの表情と雰囲気から大丈夫ではないと判断したらしい。「貸せ」と鞄をひったくられてしまった。
「返して」
反射的に手を伸ばすと、その手を逆に握られてしまい、しかも「送ってやる」と言ってくる。
「いい」
断ると、いつもどおりむっとした表情をするかと思ったが、予想に反してシドはあきれたようにため息をついた。
「こんな状態の人間を一人で行かせられるか。いいから、黙って送られろ」
シドに送ってもらうなんて正直遠慮したいが、途中で倒れるのも嫌だから大人しく送ってもらうことにしよう。
よろよろと歩き出したリズの肩を支え、結局、本当に寮まで送ってくれた。
いつもの倍以上の時間をかけて寮へ戻り、部屋の鍵を開けて中へ入ると、シドがためらった様子で入り口に立ち止まった。それを見て、「入っていいから」と言って促すと、おそるおそる中へ入ってくる。
きょろきょろと見回されると、なんだかこっちが恥ずかしくなってくる。そういえば、異性をこの部屋に入れるのは初めてのことだ。元々、ここは女子寮だからそういうことがなくて当たり前なのだが。
ベッドにぼふっと力尽きて横になると、シドが通学鞄を机の上に置いて、上から毛布をかけてくれた。
「……ありがと」
そう言って毛布を口元まで引っ張って目をつむると、なにかを呑み込むようなごくりという音が聞こえた。
不思議に思って目を開けて視線を向けると、シドが慌てて目をそらし、「養生しろよ」と言いながら逃げるように部屋を出て行った。
走り去る足音が遠ざかっていき、リズは大きく息を吐いた。
少し気持ち悪さがぶり返してきてしまったかもしれない。その吐き気をこらえながら、あとでシドにお礼をしなきゃ、と考える。
彼は、嫌いな人間にでもここまで気を遣ってくれるらしい。攻撃だけを繰り返す自分とはえらく違う。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ見直した。
寮母に頼んでキッチンを借り、簡単に弁当を作るのはいつものこと。学食もあるのだが、節約のためには自分で弁当を作るのが一番だ。
……そう。作る弁当が一つ増えたくらいどうってことない。いつもより少し多めの量を作ればいいのだから。
そのつもりなのに、片方がものすごく手の込んだ弁当になってしまっているように見えるのは気のせいか。
「……」
見なかったことにしてふたをしようとすると、後ろからティナがひょこっと現れて手元にある弁当を覗き込んだ。
「あー、美味しそう」
「見た目だけね。見た目だけ」
「そんなことないよ。リズの料理は寮母さんに負けないくらい美味しいよ」
「はいはい」
「でも、なんで二つ? しかもこっちはものすごく手が込んでない?」
「……」
返事をせずに隠すようにさっさとふたをして、大きなハンカチで包む。
「全部、リズが食べるの?」
「いや……」
頭をフル回転させて言葉を探していると、ティナがなにかに気づいて両手をぽんと叩いた。
「誰かに作ったんだね? 誰? 誰に作ったの?」
「……」
興味津々で迫りくるティナから庇うように弁当を背後へ回し、目を泳がせる。
ティナにはなにを言ってもバレてしまうだろう。だったら、最初から正直に言ってしまったほうがいいかもしれない。
「………………シド」
「――えっ!?」
観念したように白状するとその名前はまったく予想していなかったのか、ティナがひどい驚きを見せた。
しかし、すぐにぱぁっと目を輝かせ、「いつから!? いつから、そんな仲になったの!?」と再び迫ってくる。
上半身をのけぞらせたリズは、「か、貸しを返すだけよ!」とやけになって叫ぶと、ティナは乗り出していた身体を引っ込ませて首を傾げた。
「貸し?」
「この前、体調不良で倒れたじゃない? そのときにお世話になったからお礼がしたいって言ったら『じゃあ、弁当作ってこい』って上から目線で言われただけ。ほんっとにそれだけ」
「じゃあ、シドくん楽しみにしてるだろうなぁ」
普段からいいものを食べているであろうシドの肥えた舌を喜ばせることができるような料理が作れるとは思えないのだが、こちらから礼がしたいと言って弁当を作れと言われた以上、作らないわけにもいかない。最悪、まずいと言われることも想定しておかなくては。
そんな心境を表情から察したのか、ティナは「大丈夫」とリズの肩を叩いた。
「シドくん、とても喜んでくれると思うよ。なんたって、リズの手料理だからね」
「そうなの?」
「うん。そわそわと心待ちにしている姿が目に浮かぶよ」
「?」
くすくすと笑うティナはシドのなにを知っているのだろう? リズが知らない一面でも知っているのだろうか。
「まずいって言われなきゃいいけど」
「空腹となんとかは最大の調味料って言うじゃん」
「……私、時々ティナの言ってることがわかんないよ」
残っていた自分の分のも包み、それぞれを弁当用の手提げ袋へ入れる。
時計を見ると通学時間が迫っていた。
「やっば。遅刻する」
慌ててキッチンを飛び出すと、後ろから「ちゃんと朝ご飯を食べるんだよー」と声が聞こえ、この前みたいに倒れるのは嫌だと思って食堂へ足を向けた。