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文字数 4,162文字
ブレイスフォードの結果が出るまでの数日間、リズはずっとそわそわしていた。
昼休みになったとき、久しぶりにお弁当を中庭で食べたいとティナが言ったので、中庭に向かいながらたわいもない話をする。
ティナはブレイスフォードのことには触れてこないから、気が楽だ。気を遣ってくれているのはわかっていたが、その気遣いが嬉しかった。
「うまくいってるみたいでよかったよ」
最初はずっとリズがシドとうまくやれるか心配していたティナだが、リズの様子を見て何事も起きていないのだとわかったようで安心するように言ってきた。
「まぁ、あっちがなにも言ってこないからこっちも応戦する必要ないし」
「シドくん、いい人でしょ?」
「今までは気づかなかったけど、一緒に暮らしてみるといいやつだっていうのはよくわかった。何気なく優しいところもあるしね」
「学校でもそんな風に素直だったら、もっと早くリズと仲良くなれたのに」
「大企業の御曹司とか一般庶民とか、そんなの抜きで仲良くなれればいいなって思ってる」
「さすが、リズ。わたしが見込んだだけあるわ」
中庭に続く階段にさしかかったとき、下から誰かが上がってくるのが見えた。
自然と見下ろすと、そこにはシドの姿があり、数少ない友人と一緒のようだ。
今日もシドは朝から不在で、食事は冷蔵庫に入れてあるからチンして食べて、と置き手紙を食卓テーブルに置いていると、ちゃんと見たらしく朝起きると綺麗になった食器が炊事場に置いてあった。
弁当も冷蔵庫に入れていることに気づいたらしく、確認するとなくなっていた。
その弁当が入っていると思われる小型の保冷バッグが、上がってくるシドの右手に握られている。
どうやら、友達が食堂で昼食を取り、そこでシドは弁当を広げたようだ。
彼は友達に視線を向けて話をしていたが、その友達がリズに気づいてこちらを見たので、つられるようにこちらを見てくる。
学校で会うのは久しぶりだな、と思いながら、リズは挨拶のつもりで右手を上げた。
一緒に暮らしていることを学校内で知っているのは、ティナと先生たちぐらいだ。最初、先生たちは反対したのだが、リズの経済的事情を鑑みて、シドにいくつかの条件を課して許可した。
気軽に声をかけようと口を開きかける。
それよりも目を細めたシドが口を開くのが少しばかり早かった。
「ブレイスフォードの結果発表まで、あと少しだな」
「え……? うん」
いきなりの話題で、戸惑いながら返事する。
「あそこの内定をお前がもらえるとは思えないが、せいぜい無駄な努力をするんだな」
「……」
誰?
冷たい声音。冷たい態度。
一瞬、これは本当に一緒に暮らしているシドなのかと疑ってしまった。
驚きで固まってしまったリズの横をすり抜け、彼は行ってしまった。その後ろ姿を見送ったリズは、大きな戸惑いのせいでいつものように反論することができない。
「えー。全然、成長してないじゃん」
ティナも一緒に遠ざかる背中を見送り、あきれたように言う。
「成長してないどころか、前より冷たくなってない?」
はっと我に返ったリズも、ティナに問い返す。
「ティナもそう思う?」
「珍しくリズも反論しなかったね」
「ちょっとびっくりしただけ。マンションで会うシドと同一人物なんだろうかって本気で疑っちゃった」
なんか怒らせることでもしてしまっただろうか。帰ってからなにに怒っていたのか聞いてみて、こちらに非があるようだったら謝ろう。
「リズー。早くしないと昼休み終わっちゃうよー」
「うん」
先に階段を降り始めていたティナに呼ばれ、リズはシドの背中に向けていた視線を親友へと向ける。
歩き出しながらもう一度だけシドが歩いていった方を見ると、こちらを見ていた彼と一瞬だけ目が合った。なにか言いたげな表情をしているように見えるのは気のせいだろうか。
視線はすぐにそらされ、シドの姿は人ごみの中へ消えた。
すべての授業が終わって後は帰るだけとなり、リズが通学鞄に教科書を詰めていると、校内放送が鳴り、それは進路指導の先生からの呼び出しだった。
「……ブレイスフォードの結果発表かなぁ?」
ティナもリズと同じ疑問を覚えたらしい。首を傾げて振り返ってきたので、リズも「そうかもしれない」と答えてから席を立つ。
「ごめん、ティナ。遅くなるかもしれないから、先に帰ってて」
「わかった。いってらっしゃい」
「いってきます」
急いで進路指導室へ向かい、ドアをノックしてから所属科と学年と名前を名乗ってから中へ入ると、担当の先生に「ちょっと来い」と手を引かれて進路指導室に備え付けてある小さな部屋へ連れていかれる。
そこは生徒たちの間で通称『内緒部屋』と呼ばれる場所で、ほかの生徒や先生に聞かれたくない話をするために作られたと噂されている部屋だ。
リズを入れて自分も入ってからぴしゃりとドアを閉めた先生は、珍しく困惑した表情をしていた。一体なにがあったのだろうか。
先生はよほど聞かれたくない話らしく、密室の内緒部屋の中でさらに声を小さくして話しかけてきた。
「……リズ。さっき、俺宛てに電話がかかってきたんだ」
「先生宛ての電話?」
そんな電話の内容を自分なんかに話していいのだろうか、とリズが疑問を覚えていると、先生は言葉を続けた。
「リズ=アーネルが面接に落ち続ける理由を教えてやるって言ってきてな。最初は冗談だと思って相手にしなかったんだが……」
歯切れの悪い言葉だったが、リズは自分の耳を疑った。
「私が面接に落ち続ける理由……?」
それがわかるのなら、ぜひ知りたい。そこを改善すれば、次は受かるかもしれない。
そう思って先生に「教えてください」と詰め寄る。
先生は仰け反りながら、「お前にとってはいい話ではないかもしれないぞ?」と言う。
「構いません。教えてください」
どんな悪い指摘でも受け入れよう。そう覚悟を決めたリズだが、先生が言った内容は予想外のことだった。
「シド=マクファーレンがお前を採用しないように圧力をかけていたらしい」
「……」
その言葉にリズは大きく目を見開き、言葉を失った。
シドが、採用しないように、圧力をかけていた?
そんな、まさか。
「先生……、冗談にしては質が悪いですよ……」
自分でもわかるくらいに声が震えてしまっていた。顔が引きつってしまい、笑い飛ばそうとしたのだがうまくいかない。
でも、この先生がこんな冗談を言うような人ではないことはよく理解している。あまりやる気を感じさせない人だが、生徒をよく想ってくれていることを知っているから。
「俺は冗談だと思ったんだが、一応確認のためにシドを呼び出して訊ねたんだ。そしたら、『こんなことするのは、あいつしかいない。今度こそ、潰してやる』って言って否定も弁解もせずに飛び出していって……」
否定しなかった?
それは肯定したも同然ではないか。
足元が崩れていくような感覚がした。自分は彼のなにを見ていたのだろう。彼のなにを知っていたのだろう。
脳裡に一緒に暮らすようになってからのシドの姿が、フラッシュバックするようによぎっていく。
それらはすべて偽りだったのだろうか。
「お前、今あいつと暮らしてるんだろ? シドからどういうことか聞いておいてくれないか?」
先生の言葉が頭をぐるぐると回り、問いかける声が聞こえない。
「……リズ?」
名前を呼ばれながら肩を揺すられ、はっと我に返る。
ゆっくりとした動作で先生を見ると、とても苦しそうな表情をしていた。信じたくないと思っているのがよくわかる。リズだって信じたくない。
「冗談にしては質が悪いが、火のないところに煙は立たないのも事実だからな。それに、マクファーレンぐらいの大企業の御曹司だとそういうこともできそうだから、真っ向から否定するのも難しい。だから、事情を聞いてきてくれ。頼むぞ」
「……はい」
小さく答えると、先生は内緒部屋のドアを開けて出て行った。
リズものろのろと部屋を出て、失礼しましたと挨拶をしてから進路指導室を出る。
それからどうやって帰ったのか覚えていない。
気づいたら、通学鞄を持って高級住宅街のタワーマンションの前にいた。エレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。着いたら目の前にあるドアをカードキーと暗証番号で開けて、中に入る。
部屋の主はまだ帰ってきていないらしく、「ただいま」と言っても返事はなかった。
使っている部屋に入り、鞄を机の上に投げてベッドに横たわる。
シドが、面接を受けていた会社に圧力をかけていたかもしれない。
そのことがリズの心に重くのしかかる。そこまで嫌われていたのだろうか。あのときに仲良くなりたいと言っていた、あの言葉は噓だったんだろうか。本当は、心の中で笑っていたんだろうか。
視界がにじむ。かろうじて流れはしないものの、リズの瞳は涙をたたえていた。下唇を強く噛んで、涙をこらえる。
父親が死んだときに泣いてから、どんなときでも泣かなかったのに。シドに裏切られていたかもしれないと思うと心が痛くて、涙が出てくる。
やっぱり、あいつは私が嫌いなんだろうか。
自分がなにをしたというのだ。嫌われるようなことはしなかったはず。それまでまったく接点がなかったのに、ある日突然目の前に現れ、嫌味を言ってきたのだ。それからの付き合いだった。
こちらのなにが気に障ったのだろう。
ここまでするくらいに嫌われていたのだという事実が、リズの心を深く傷付ける。
先生が訊ねたら、否定しなかったと言う。それは肯定したも同然ではないのか。
「……違う」
きっとなにかの間違いだ。
こんなのはなにかの間違いだ。
自分で訊いてみよう。それではっきりする。シドはきっといつもみたいにむっとした表情をして、なにを馬鹿なことを、とはっきり否定してくれるはずだ。
リズはベッドからゆっくりと身体を起こす。
目をこすって涙を引っ込ませ、立ち上がる。
ちょうど、シドが帰ってくる音がした。
覚悟を――決めよう。
昼休みになったとき、久しぶりにお弁当を中庭で食べたいとティナが言ったので、中庭に向かいながらたわいもない話をする。
ティナはブレイスフォードのことには触れてこないから、気が楽だ。気を遣ってくれているのはわかっていたが、その気遣いが嬉しかった。
「うまくいってるみたいでよかったよ」
最初はずっとリズがシドとうまくやれるか心配していたティナだが、リズの様子を見て何事も起きていないのだとわかったようで安心するように言ってきた。
「まぁ、あっちがなにも言ってこないからこっちも応戦する必要ないし」
「シドくん、いい人でしょ?」
「今までは気づかなかったけど、一緒に暮らしてみるといいやつだっていうのはよくわかった。何気なく優しいところもあるしね」
「学校でもそんな風に素直だったら、もっと早くリズと仲良くなれたのに」
「大企業の御曹司とか一般庶民とか、そんなの抜きで仲良くなれればいいなって思ってる」
「さすが、リズ。わたしが見込んだだけあるわ」
中庭に続く階段にさしかかったとき、下から誰かが上がってくるのが見えた。
自然と見下ろすと、そこにはシドの姿があり、数少ない友人と一緒のようだ。
今日もシドは朝から不在で、食事は冷蔵庫に入れてあるからチンして食べて、と置き手紙を食卓テーブルに置いていると、ちゃんと見たらしく朝起きると綺麗になった食器が炊事場に置いてあった。
弁当も冷蔵庫に入れていることに気づいたらしく、確認するとなくなっていた。
その弁当が入っていると思われる小型の保冷バッグが、上がってくるシドの右手に握られている。
どうやら、友達が食堂で昼食を取り、そこでシドは弁当を広げたようだ。
彼は友達に視線を向けて話をしていたが、その友達がリズに気づいてこちらを見たので、つられるようにこちらを見てくる。
学校で会うのは久しぶりだな、と思いながら、リズは挨拶のつもりで右手を上げた。
一緒に暮らしていることを学校内で知っているのは、ティナと先生たちぐらいだ。最初、先生たちは反対したのだが、リズの経済的事情を鑑みて、シドにいくつかの条件を課して許可した。
気軽に声をかけようと口を開きかける。
それよりも目を細めたシドが口を開くのが少しばかり早かった。
「ブレイスフォードの結果発表まで、あと少しだな」
「え……? うん」
いきなりの話題で、戸惑いながら返事する。
「あそこの内定をお前がもらえるとは思えないが、せいぜい無駄な努力をするんだな」
「……」
誰?
冷たい声音。冷たい態度。
一瞬、これは本当に一緒に暮らしているシドなのかと疑ってしまった。
驚きで固まってしまったリズの横をすり抜け、彼は行ってしまった。その後ろ姿を見送ったリズは、大きな戸惑いのせいでいつものように反論することができない。
「えー。全然、成長してないじゃん」
ティナも一緒に遠ざかる背中を見送り、あきれたように言う。
「成長してないどころか、前より冷たくなってない?」
はっと我に返ったリズも、ティナに問い返す。
「ティナもそう思う?」
「珍しくリズも反論しなかったね」
「ちょっとびっくりしただけ。マンションで会うシドと同一人物なんだろうかって本気で疑っちゃった」
なんか怒らせることでもしてしまっただろうか。帰ってからなにに怒っていたのか聞いてみて、こちらに非があるようだったら謝ろう。
「リズー。早くしないと昼休み終わっちゃうよー」
「うん」
先に階段を降り始めていたティナに呼ばれ、リズはシドの背中に向けていた視線を親友へと向ける。
歩き出しながらもう一度だけシドが歩いていった方を見ると、こちらを見ていた彼と一瞬だけ目が合った。なにか言いたげな表情をしているように見えるのは気のせいだろうか。
視線はすぐにそらされ、シドの姿は人ごみの中へ消えた。
すべての授業が終わって後は帰るだけとなり、リズが通学鞄に教科書を詰めていると、校内放送が鳴り、それは進路指導の先生からの呼び出しだった。
「……ブレイスフォードの結果発表かなぁ?」
ティナもリズと同じ疑問を覚えたらしい。首を傾げて振り返ってきたので、リズも「そうかもしれない」と答えてから席を立つ。
「ごめん、ティナ。遅くなるかもしれないから、先に帰ってて」
「わかった。いってらっしゃい」
「いってきます」
急いで進路指導室へ向かい、ドアをノックしてから所属科と学年と名前を名乗ってから中へ入ると、担当の先生に「ちょっと来い」と手を引かれて進路指導室に備え付けてある小さな部屋へ連れていかれる。
そこは生徒たちの間で通称『内緒部屋』と呼ばれる場所で、ほかの生徒や先生に聞かれたくない話をするために作られたと噂されている部屋だ。
リズを入れて自分も入ってからぴしゃりとドアを閉めた先生は、珍しく困惑した表情をしていた。一体なにがあったのだろうか。
先生はよほど聞かれたくない話らしく、密室の内緒部屋の中でさらに声を小さくして話しかけてきた。
「……リズ。さっき、俺宛てに電話がかかってきたんだ」
「先生宛ての電話?」
そんな電話の内容を自分なんかに話していいのだろうか、とリズが疑問を覚えていると、先生は言葉を続けた。
「リズ=アーネルが面接に落ち続ける理由を教えてやるって言ってきてな。最初は冗談だと思って相手にしなかったんだが……」
歯切れの悪い言葉だったが、リズは自分の耳を疑った。
「私が面接に落ち続ける理由……?」
それがわかるのなら、ぜひ知りたい。そこを改善すれば、次は受かるかもしれない。
そう思って先生に「教えてください」と詰め寄る。
先生は仰け反りながら、「お前にとってはいい話ではないかもしれないぞ?」と言う。
「構いません。教えてください」
どんな悪い指摘でも受け入れよう。そう覚悟を決めたリズだが、先生が言った内容は予想外のことだった。
「シド=マクファーレンがお前を採用しないように圧力をかけていたらしい」
「……」
その言葉にリズは大きく目を見開き、言葉を失った。
シドが、採用しないように、圧力をかけていた?
そんな、まさか。
「先生……、冗談にしては質が悪いですよ……」
自分でもわかるくらいに声が震えてしまっていた。顔が引きつってしまい、笑い飛ばそうとしたのだがうまくいかない。
でも、この先生がこんな冗談を言うような人ではないことはよく理解している。あまりやる気を感じさせない人だが、生徒をよく想ってくれていることを知っているから。
「俺は冗談だと思ったんだが、一応確認のためにシドを呼び出して訊ねたんだ。そしたら、『こんなことするのは、あいつしかいない。今度こそ、潰してやる』って言って否定も弁解もせずに飛び出していって……」
否定しなかった?
それは肯定したも同然ではないか。
足元が崩れていくような感覚がした。自分は彼のなにを見ていたのだろう。彼のなにを知っていたのだろう。
脳裡に一緒に暮らすようになってからのシドの姿が、フラッシュバックするようによぎっていく。
それらはすべて偽りだったのだろうか。
「お前、今あいつと暮らしてるんだろ? シドからどういうことか聞いておいてくれないか?」
先生の言葉が頭をぐるぐると回り、問いかける声が聞こえない。
「……リズ?」
名前を呼ばれながら肩を揺すられ、はっと我に返る。
ゆっくりとした動作で先生を見ると、とても苦しそうな表情をしていた。信じたくないと思っているのがよくわかる。リズだって信じたくない。
「冗談にしては質が悪いが、火のないところに煙は立たないのも事実だからな。それに、マクファーレンぐらいの大企業の御曹司だとそういうこともできそうだから、真っ向から否定するのも難しい。だから、事情を聞いてきてくれ。頼むぞ」
「……はい」
小さく答えると、先生は内緒部屋のドアを開けて出て行った。
リズものろのろと部屋を出て、失礼しましたと挨拶をしてから進路指導室を出る。
それからどうやって帰ったのか覚えていない。
気づいたら、通学鞄を持って高級住宅街のタワーマンションの前にいた。エレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。着いたら目の前にあるドアをカードキーと暗証番号で開けて、中に入る。
部屋の主はまだ帰ってきていないらしく、「ただいま」と言っても返事はなかった。
使っている部屋に入り、鞄を机の上に投げてベッドに横たわる。
シドが、面接を受けていた会社に圧力をかけていたかもしれない。
そのことがリズの心に重くのしかかる。そこまで嫌われていたのだろうか。あのときに仲良くなりたいと言っていた、あの言葉は噓だったんだろうか。本当は、心の中で笑っていたんだろうか。
視界がにじむ。かろうじて流れはしないものの、リズの瞳は涙をたたえていた。下唇を強く噛んで、涙をこらえる。
父親が死んだときに泣いてから、どんなときでも泣かなかったのに。シドに裏切られていたかもしれないと思うと心が痛くて、涙が出てくる。
やっぱり、あいつは私が嫌いなんだろうか。
自分がなにをしたというのだ。嫌われるようなことはしなかったはず。それまでまったく接点がなかったのに、ある日突然目の前に現れ、嫌味を言ってきたのだ。それからの付き合いだった。
こちらのなにが気に障ったのだろう。
ここまでするくらいに嫌われていたのだという事実が、リズの心を深く傷付ける。
先生が訊ねたら、否定しなかったと言う。それは肯定したも同然ではないのか。
「……違う」
きっとなにかの間違いだ。
こんなのはなにかの間違いだ。
自分で訊いてみよう。それではっきりする。シドはきっといつもみたいにむっとした表情をして、なにを馬鹿なことを、とはっきり否定してくれるはずだ。
リズはベッドからゆっくりと身体を起こす。
目をこすって涙を引っ込ませ、立ち上がる。
ちょうど、シドが帰ってくる音がした。
覚悟を――決めよう。