川を渡る小石のように

文字数 1,442文字

 リビングの両親の声が聞こえる。
 太一は頭から布団をかぶって耳をふさいだ。耳をふさいでも、声は容赦無く布団の奥まで突き刺さる。

 母が父をなじる。
 父が母をけなす。
 太一は生まれたことを後悔する。

 オレが生まれなければ、きっと両親はケンカなんかしなかった。
 ほらまた。
 太一が悪いのは母親のシツケが悪いからだ、って。
 太一のこと何もかも押し付けるから、アタシだって忙しいのよ、って。

 オレさえいなければ、両親は幸せなんだ。
 オレさえいなければ……。



 小学校が終わると、太一は、いつもの橋の下に行く。
 クロとブチとおっちゃんは、いつも通り川を眺めて座っていた。
 太一も並んで座る。ランドセルから給食の牛乳を出すと、おっちゃんに差し出す。

 「なんだ、まだ牛乳飲めないか」
 「うん」

 おっちゃんは牛乳を受け取り、パックにストローを刺す。

 「おっちゃん、オレもここに住みたい」

 太一は川を見つめたまま話す。

 「オレ、空き缶集めがんばるからさ。ここに住ませてよ」

 おっちゃんは牛乳を半分残し、パックを開いてクロとブチに飲ませてやった。

 「お小遣もさ、ちゃんと貯金してるんだ。それ、家賃に払うからさ、ここに住ませてよ」

 おっちゃんも川を見たまま、ぼそっと言う。

 「ここは誰のもんでもねえ。わしもクロもブチも誰に家賃を払うわけじゃねえ。ここにいたいから、いるのよ」

 太一は黙ったまま川を見つめた。
 ときおり魚の背びれがキラっと光った。
 川は静かに流れて、けれどいつまでたっても変わらず川だった。
 太一はたまらなくなって、川ベリに走ると石をつかんで川になげこんだ。
 どぶん、と大きな波が立つ。太一は次から次から石を投げた。
 どぶん、どぶん、どぶん。
 どれだけ石を投げて波を立てても、川は、またすぐにもとの川に戻った。
 
 もっと大きな石を探して、目を血走らせてキョロキョロしていると、おっちゃんが太一の隣に立った。手に小さな石を持っている。
 おっちゃんは体を低くして構えると、腕を地面と平行に滑らせ、石を投げた。
 石はチッ、チッ、チッ、と小さな水音を立てて、水の上を走った。
 太一はポカンと口を開けた。おっちゃんはキョロキョロして石を探し、拾うとまた投げた。やっぱり、石は水の上を走った。

 「やってみろ」

 おっちゃんが太一に平べたくて丸い石を渡した。太一はおっちゃんを真似て、体を低くして石を投げた。石はポシャンと水に沈んだ。

 「川の高さギリギリにあわせて飛ばすんだ」

 おっちゃんが石を渡す。太一は次から次から石を投げた。石はすぐに水に沈む。
 それでも何度も投げていると、石が一度だけチッと言う音を立てて水の上で弾んだ。

 「やった!」

 太一は叫び振り返ったが、おっちゃんは、もうクロとブチのそばに戻っていた。太一はうまく飛びそうな、平べたい石を探しては投げた。何度も何度も、諦めずに投げた。
 
 チッ、チッ、チッ、チッ!
 小石がきれいに水の上を走った時には、川は夕焼けで真っ赤だった。走った小石が川に沈んで、その波紋が消えるまで見守ってから、太一はおっちゃんのところに戻った。

 「おっちゃん、オレ、帰るよ」

 「太一、急いで大人になるんじゃないぞ」

 おっちゃんは川を見たまま言う。

 「なあ、おっちゃん、オレ、また来てもいい?」

 おっちゃんは太一の目を見て言った。

 「わしもクロもブチも、ここにいたいから、いるのよ。お前もしたいようにしな」

 太一はランドセルを背負うと、クロとブチの頭を撫で、家に帰って行った。
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