4

文字数 1,773文字

 清三の家は地元でひそかにお化け屋敷と呼ばれていた。土塀はいたるところが崩れ、母屋や蔵、作業小屋の屋根はかやぶきから草が生えていた。壁にはあちこちひびが入り、敷地内にはうっそうと雑草が生い茂っていた。
 清三の家の門の前に立った三津夫はお化けが出そうで足がすくんだ。何とか足を進めた三津夫の目の前には手入れされていない松の木3本が怪物のように立っていた。
 三津夫はなるべく周りを見ずに玄関の明かりだけを見て速足で進んだ。

「こんばんは、三津夫です」
 三津夫は玄関の戸を開けながら声をかけた。すると、奥から清三の妻紗世が出てきた。
 紗世は清三の10歳下だった。小太りで背が低く丸顔でお世辞にも美人とはいえなかった。彼女のことを知らない人から見れば、この屋敷の女中と勘違いされそうだった。
「いらっしゃい、遅かったわねー、疲れたでしょう。さあ、上がって休んでー。今、夕飯の支度しますからね」
 そう言ったあと、紗世は三津夫の後ろに目をやって首をひねった。
「おや、清三さんはー?」
「僕を途中で降ろし、また街の方へ戻っていきましたよ」
「もー、困った人ねー。また街で酒を飲んでくるんだわ」
 紗世はため息をついた。
「まーいいわ、三津夫さん、さー、上がって上がって」
 紗世は取り繕った笑顔で言った。

 三津夫はこれから使う部屋に案内された。そこに荷物を入れたリュックを置き、それから座敷に通された。そこでは2人の従兄弟が床の間に置いたラジオの前に座り、夢中でラジオを聞いていた。
 上の子は三津夫の一つ下の9歳で清一郎という名前だった。下の子は7歳で公太といった。2人とも母親似で小太りで丸顔だった。弟の育ちがいいらしく、2人とも似たような背格好で双子のように見えた。
「さあ、2人とも、三津夫さんきたよ。あいさつしなさい」
 紗世が促すと2人は黙ったまま頭を下げた。
「よろしくお願いします」
 三津夫は立ったまま頭を下げた。
「なんだい子の子たちはー、ちゃんと挨拶しなさい」
 今度も2人は頭を下げただけだった。
「もー、困った子たちだねー。三津夫さん勘弁ね」
「おばさん、気にしないでください」
「すまないねー、三津夫さん。夕飯はこっちで食べましょうか」
 三津夫は座敷を出て茶の間に案内された。
「ここに座って待っていてね、今お膳持ってきますからー」
 お膳はすぐに届いた。ご飯はふっくら炊きあがった白米だった。三津夫にとって数か月ぶりの白米である。他にはみそ汁に漬物、煮魚が付いていた。
 三津夫はかき込むようにしてご飯を食べた。口いっぱいにほおばったご飯を噛むと甘みがした。三津夫は米がこんなに甘いものだったのだと初めて思った。
「おかわりもあるからね、遠慮なく食べて」
 そう言われ、三津夫は2杯目のおかわりをした。それもたいらげると、3杯目も食いたくなったが遠慮して茶碗を置いた。
「すこし休んだら、お風呂に入ってね」
 紗世はお膳を片付けながら言った。

 部屋に戻った三津夫は少し休んで寝巻に着替えた。その後、リュックから少年雑誌を取り出し、それを持って従兄弟の居る座敷に行った。
 雑誌を従兄弟にあげると2人は目を丸くして受け取った。
「うわー、ありがとう、三津夫ちゃん」
 従兄弟は満面の笑みで三津夫の顔を見てお礼を言った。そこに紗世がやってきた。
「良かったねー、お前たち、三津夫さんからいいものもらって。でもねー、お父さんに見つからないようにするんだよ。見つかったらー、怒られて取り上げられるからね。ちゃんと隠すんだよ」
 紗世がこう言うのも、従兄弟達は子供らしい物を何一つ買ってもらっていなかったからだ。少年雑誌を見るのもその時が初めてなほどだった。清三が買い与える物は子供には少し難しい本ばかりだった。
 また、2人がはしゃいでいるとところを清三が見つけると、すぐに「本を読め、勉強しろ」と怒った。
 清三の年齢にしては子供が幼いのは結婚が遅かったからだ。清三は結婚する気などなかったが、40代の時に親に無理やり見合いをさせられた。見合いはしたものの、清三は結婚をかたくなに拒んだ。だが、紗世はこの結婚に積極的だった。なかば押しかけのように
嫁いできたのだ。
 紗世は色男に見える清三にぞっこんだった。それに、いつかは絶対に有名な作家になると信じていた。だから、紗世はどんなことでも耐えられた。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み