第10話

文字数 875文字

 脩介は空いている時間をすべて、調べることに費やした。インターネットで「自殺 飛び降り マンション」などのキーワードで検索して。そうすることで何かしら、安心のようなものを感じていたのだ。なぜならそれは、脩介にできる唯一のことだったから。彼女のために。
 現実の女の子だったら、方法はいくらでもある。だけど相手はそうじゃない。
 脩介は彼女を呼びたかった。でも名前を知らなかった。幽霊には名前がない。あんなに美しいのに。

「これだ」
 ネットを繰る手を止めた。それは自殺を特集したサイトに載っていた、小さな記事だった。
『×月×日 〇時二十三分。東京都××区。マンション×××××から、同マンション在住の××彩也子(さやこ)さん(二十六)が飛び降り、即死。彩也子さんは、都内に勤める会社員……』
 記事は二十八年前のものだった。古過ぎて、管理人さんも知らないのだろう。
歳は上だろう、と思っていた。二十六歳。生きていたら、脩介より三十四歳、年上。だけど落ちる女は六つ上。永遠に六つ上。
 その夜。外には、闇の中に青と灰色を一滴ずつたらしたような色が広がり、その中にぼんやりと光が広がっていた。都会の片隅の、寂しい空。
 いつもみたいに部屋の明かりを消して、その時を待った。ささやかな満足感とともに。
 彼女が現れた。夜の空の、たった一人の住人。
 でももう、彼女の名前を知っているのだ。もう彼女を呼べる。
「彩也子さん」
 彼女の瞳が、驚いたように瞬く。脩介は、子どものようにうれしくなった。
 彼女の顔は、まだ上にある。大丈夫、まだ時間はある。
「彩也子さん」 
 脩介はもう一度、呼んだ。彩也子さんの顔は、驚きから笑みに変わった。脩介にだけ、それがわかった。
(……はい)
「彩也子さん」 
(はい) 
「あなたの名前、わかったよ」
(……うれしい)
 それを聞いて脩介は、うれしくて、楽しくて、それでいてどこか狂おしい、たまらないような気持ちになった。それは、脩介が初めて体験するものだった。
 彼女もうれしそうだった。その間にも、ゆっくり落ちていく。
(ありがとう、あなた。私を呼んでくれて)
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