第7話
文字数 943文字
脩介の上や下の階の人は、あれを見ていないのだろうか? それとも、見ていて脩介と同じ時間に震えているのだろうか? そうだとしても、隣近所の付き合いもない、一人暮らし専用の一ルームマンションでは、確かめようがなかった。
「初めて来るな、おまえの部屋」
そう言って、友人は窓を背にして、卓の前に座った。脩介は、その斜向かいのいつもの場所に落ち着いた。広くはない部屋、二人入ればもういっぱいだ。卓の上には、缶ビールが二つ置いてある。
迷った末、脩介は、数少ない友人の一人を家に招くことにしたのだった。飲みに誘って、その後、「部屋に来ないか」と言う。今までそんな誘いをしたことがないから、勇気がいった。なぜそこまでするのか、自分でもわからない。友人には事情は話していない。
「なかなか良いとこ住んでるじゃん。階も上だし……」
友人は立ち上がって、窓を開けようとした。ありがとう、と言いながら、脩介は窓を見た。〇時二十三分。視界の端で時刻を確認しながら。
「あ」
「え?」
脩介の声に友人が振り向いた、そのときだった。酔いの回った友人の赤い顔、その後ろに。
靄のかかった夜を背景に、青い腕は現れた。落ちているのに、両手をあげて上がっているよう。
「あ……あれ」
脩介は、あえて、酸素不足の魚みたいに口をぱくぱくしながら、窓の外を指差した。
「え? 何?」
友人が、脩介の指す方向を見る。そこには、女が落ちていく。友人の目の前で。ところが彼は、怪訝そうな顔をして振り向いた。
「何、どうしたの?」
そのとき、眉を寄せている友人の顔越しに、女と目が合った。女の目が何かを言う。そしてそのままいつものように、女は下へと消えていった。女の姿が見えなくなると、脩介は目を伏せ、長い息を吐いた。
「どうしたんだよ、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
友人が、心配そうに脩介の顔を覗き込んだ。
「うん、大丈夫……ちょっと、見間違えたんだ」
友人には、あれが見えないことがわかった。たぶん、上や下の階の住人にも見えないのだろう。見えていたら、もっと騒ぎになっているはずだ。
落ちる女が見えているのは、脩介だけ。自分にだけ、見える人。
ふと、脩介は口元に微かな笑みを浮かべた。
「なんだか最近、ずっと、あの女のことばかり考えてるみたいだ」
「初めて来るな、おまえの部屋」
そう言って、友人は窓を背にして、卓の前に座った。脩介は、その斜向かいのいつもの場所に落ち着いた。広くはない部屋、二人入ればもういっぱいだ。卓の上には、缶ビールが二つ置いてある。
迷った末、脩介は、数少ない友人の一人を家に招くことにしたのだった。飲みに誘って、その後、「部屋に来ないか」と言う。今までそんな誘いをしたことがないから、勇気がいった。なぜそこまでするのか、自分でもわからない。友人には事情は話していない。
「なかなか良いとこ住んでるじゃん。階も上だし……」
友人は立ち上がって、窓を開けようとした。ありがとう、と言いながら、脩介は窓を見た。〇時二十三分。視界の端で時刻を確認しながら。
「あ」
「え?」
脩介の声に友人が振り向いた、そのときだった。酔いの回った友人の赤い顔、その後ろに。
靄のかかった夜を背景に、青い腕は現れた。落ちているのに、両手をあげて上がっているよう。
「あ……あれ」
脩介は、あえて、酸素不足の魚みたいに口をぱくぱくしながら、窓の外を指差した。
「え? 何?」
友人が、脩介の指す方向を見る。そこには、女が落ちていく。友人の目の前で。ところが彼は、怪訝そうな顔をして振り向いた。
「何、どうしたの?」
そのとき、眉を寄せている友人の顔越しに、女と目が合った。女の目が何かを言う。そしてそのままいつものように、女は下へと消えていった。女の姿が見えなくなると、脩介は目を伏せ、長い息を吐いた。
「どうしたんだよ、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
友人が、心配そうに脩介の顔を覗き込んだ。
「うん、大丈夫……ちょっと、見間違えたんだ」
友人には、あれが見えないことがわかった。たぶん、上や下の階の住人にも見えないのだろう。見えていたら、もっと騒ぎになっているはずだ。
落ちる女が見えているのは、脩介だけ。自分にだけ、見える人。
ふと、脩介は口元に微かな笑みを浮かべた。
「なんだか最近、ずっと、あの女のことばかり考えてるみたいだ」