第11話

文字数 967文字

 何か言わなければ、と思った。だけど何を話したらいいのかわからない。どうして自分はこうなんだろう。
「……彩也子さん。あなたは、誰?」
(私は、ただの人よ……死んじゃったけど)
「……どうして、死んじゃったの?」 
(……よくある話なのよ。結婚を約束してた人に、失恋して、悲しくて、泣いて、泣いて……)
「……飛び降りたの?」
(うん、そう)
 話しながら、彼女は泣いた。落ちながら流れる青い涙が、空を舞った。サファイアが夜空で煌めくみたいだ、と脩介は思った。
 なんて言っていいのか、わからなかった。彼女がかわいそうと思う反面、心がとげ立った。そんな気持ちを持て余した。
 彼女に触れたかった。泣いている人を慰めたかった。だけどそれは、絶対にかなわないことだった。だったらせめて、言葉をかけたかった。だが自分の中から、何も引きだせなかった。
 彼女は落ちていった。彼女の姿が見えなくなると、脩介はどさりと布団に身体を投げ出した。それから起き上がり、また倒れた。
 頬が熱い。彼女と話せた、声を聞いた。話をした。
 失恋して自殺。脩介も悲しい。なのになぜか幸せと、たまらないほどの不安を覚えた。
 こんな気持ちは初めてだった。きっと誰だって、こんな気持ちは、一人で乗り越えるしかないのだろう。

 翌日。今日は何を話そう。話す言葉は決まっていない。それでも早く会いたい。
 だが落ちてきた彼女を見て、脩介の期待は不安に変わった
薄くなっていた。もちろん、もともと普通ではない、どこか映像のような姿だったが、今日は彼女の向こうの闇が透けて見える。
「……………!」 
 何か言おうとしても、言葉が出ない。彼女が先に口を開いた。
(……あのね。私、もうすぐ消えるの)
 氷のような冷たい手が、心臓を鷲摑みにしたようだった。
 私、もうすぐ消えるの。
 混乱した。目の前が真っ暗になった。だけどそれを、自分はどこかで知っていたような気がした。
「……消える? ……何で?」 
(あなたが、私を知ってくれたから。……私の名前を呼んでくれたからよ)
 そう言って彼女は、青い顔でにこりと笑った。脩介は何も言えなかった。言いかけた言葉たちは、つかむ前に消えてしまった。
(私はずっとここにいたのに、誰も私に、気がつかなかった……。私はずっと、落ちていたのに。誰も私のことを知らないなんて、淋しすぎる。
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