第12話

文字数 800文字

 でも、あなたが気づいてくれた。あなたもまた、一人だったから……あなたと私の淋しさが響き合って、それで私たち、出逢えたのよ)
 氷のような彼女の声が、ささやいた。
(あなたが。あなただけが)
(私に気づいてくれたの……)
 脩介は俯いた。身体の芯が熱い。熱い何かが体を駆け抜けていって、出ていってしまいそう。
「彩也子さん」
(なあに)
「……俺、脩介っていうんだ。あなたも、俺の名前を呼んで」
(脩介さん)
「はい」
(脩介さん)
「うん」
(脩介さん……)
 そのまま彼女は落ちていった。ささやくような、彼女の声が耳の中でこだまする。
 ああそうか、彼女だけじゃない、自分もまた、誰かに名前を呼んでほしかったんだ。ずっと長い間。だから自分たちは、出逢えたんだ……。

 次の日。最後の〇時二十三分。彼女はきのうより、もう時間がない。
「彩也子さん」
(はい。脩介さん) 
 優しくて透明な声。脩介の身体を、甘い何かが満たしていく。
「俺は、あなたが好きだ。生きているあなたに、逢いたかった」
 彩也子さんが微笑んだ。頬から、サファイアの滴が落ちて舞った。
(ありがとう……私も生きて、あなたに逢いたかった)
 優しく微笑みながら、彩也子さんが、青い腕を脩介に向かって伸ばした。脩介もそうした。ガラス越しに、二人の手が合わさった。
 彼女の手は、とても冷たかった。
「脩介さん、ありがとう……さようなら」
 そう言うと、彩也子さんの身体は、ゆっくりと、完全に透き通っていった。
 落ちたのではなく、消えたのだ。後には、ぼんやりと明るい、靄のかかった夜ばかり。
「さようなら」
 その闇を見つめながら、脩介も言った。言い終わらないうちに涙が溢れた。涙は彼女の手の冷たさとは反対に、とてもあたたかかった。
「さようなら…」
 そのあたたかさを感じながら、脩介は床にくずおれた。
それから、肩を震わせて泣き出した。


                          了
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