第3話

文字数 966文字

 きっとあれはもう、誰かに発見されているはずだ。ベランダに出て、手すりから身を乗り出して、下を覗いた。
 何もなかった。下にはいつもと同じ、灰色のアスファルトがあるだけだった。死体はもちろん、血の跡を示す染みもない。
 一瞬、そんなバカな、という思いが頭を掠めた。そんなバカな、何もないなんて。だけどすぐに思い直した。多分もう誰かが見つけて通報して、きれいに片づけられたのだろう。
「大丈夫だ……」 
 つぶやいて、脩介は部屋の中に戻った。

 ぎりぎりで一限の最後に間に合った。震えそうになる手を、なんとか動かしながら支度していたら、遅くなってしまったのだ。電車の中でスマホでニュースを検索してみたが、よくわからなかった。
 講堂の後ろから入ると、一番後ろの席に座った。
 落ち着かなかった。講義を聞いても頭に入ってこない。ため息をついて、脩介は外に出た。学食に足を向けたが、すぐにその足を駅に向けた。今日はたぶん、学校にいても、まともに授業が受けられそうにない。

 夕方のバイトまで時間が空いてしまった。こういうとき、すぐに連絡をとれる友達でもいれば、と思う。
 脩介は、内気で口下手な性格で、友達は多くない。すぐに連絡しておち合ってカラオケに行く、なんてやったことがない。大学二年生にもなって、同級生の中には遊んでいるものも多いが、そういうのは苦手だった。高校のときは彼女がいたこともがあったが、大学に入ってからは特に縁はない。そういう時間も、お金の余裕もなかった。
 サボるなんて初めてかもしれないな、と思いながら、部屋に帰る気もしなかった。脩介は、近くの公園に足を向けた。
 昼間の公園は、小さい子を連れた親子連れか、高齢者ばかりだった。脩介のような若者は少ない。手持ち無沙汰をまぎらわすため、古い木のベンチに座り、教科書を広げた。だけど目が細かい文字を追うことができず、すぐに閉じた。スマホを開く。すぐに閉じる。
 そわそわする。落ち着かなかった。

 バイトを終えると、帰宅の途についた。バイト先は、駅の近くのコンビニだ。二十二時に仕事を終えて店を出ると、外は肌寒い。まだコートが必要というほどではないが、空気は冷えている。
 帰ると、いつも通り、シャワーだけの入浴を済ませ、スーパーで値落ちした夕食を食べる。
 いつも通りでないのは、心のほうだった。
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