第2話

文字数 932文字

 脩介の部屋は、布団と小さな卓と、身の回りのものを置けばすぐにいっぱいになってしまう八畳間と、ミニキッチンとユニットバストイレがあるだけの、一ルームマンションだ。駅からは徒歩十分あまり、近くにコンビニもある。八階という高さは学生には贅沢じゃないか、と親は渋ったが、内見に来たとき、脩介は一目でここが良いと思った。周囲に高い建物がなく、眺望が開けている。自分でもバイトをして稼ぐから、ここに住みたい、と主張したのだった。
 それが今、こんなことになるとは。 
 風が吹きつけてくるベランダに立ちながら、脩介は迷った。どうしよう、こういう場合、何をしたらいんだろう……。すぐに下まで降りて行って、それをみつけて、通報するべきなんだろうか。
 でも、動けない。女が落ちて行った暗闇から、何かが這い上がってくるようで、足がすくんだ。
たっぷり三十分はそうしていただろうか。ようやく部屋へ戻ると、へたへたと、敷きっぱなしの布団の上に座り込んだ。身体は冷えきっている。
「電話、電話しなきゃ……警察……」 
 そう思うのだが、体が動かない。立ち上がろうとすると、さっきの女の、黒い瞳が思い出された。
 この高さから落ちたのだ、まず助からないだろう。まして女は、真っ逆さまに頭を下に向けていた。多分、即死だ。それなら、通報が一刻を争う、ということはないだろう。
 脩介は、外の夜と同じように靄がかかってきた頭の中で、自分にそう言い聞かせた。
 きっと誰かが見つけて、通報してくれるよ……。
 脩介は、そのまま布団の上に倒れこみ、意識を失った。

 開いたカーテンから差し込む日の光で、目を覚ました。目覚めても、しばらくの間、ぼうっとしていた。
 くしゃみが出て、鼻をすする。どうやら、昨日布団をかけないで寝てしまったらしい。
 きのう、どうしたんだっけ。何があったんだっけ……。
 答えはすぐにみつかった。昨日の夜の、落ちる女の姿が、瞼の裏に鮮やかに蘇る。
 身体を起こし、布団から床に足をつけると、フローリングの冷たさが頭をはっきりさせてくれた。身体が震えるのを抑えつつ、なんとか平常心を保ちながら、窓を開けた。
 いつも通りの光景。都心の靄のような空気が体を包む。ぼんやりと晴れた空に、薄い雲がかかっている。
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