第4話 宝石を買え

文字数 2,037文字

 さて。バックパッカーではなくいわゆるツアー旅行だとしても、まず一番必要なのは「ここが美味しいよ」「これ見といて」「これ名物だから買っとけ」ではなく、「これはやっちゃダメ」なんですね。
当時のバックパッカーの多くが持ち歩いていた「地球の歩き方」という旅行ガイド本にも「旅の安全について」と各国事情と共にここ押さえとかないと死ぬぞとばかりに注意事項が書いてあったものです。インド編なんて、ガイドより注意書きの方が多いんじゃないのってくらいの量だった。
ツアーガイドさんは、アンガールズの田中似で、田舎の地方公務員みたいな格好したお兄さん。
香港てどうやら、教育の段階で授業が英語メインの学校か、広東語メインの学校か選べたみたいで。勿論、その家庭の経済状況が大きいだろうけれど。
公式文書は英語と言っていたから、植民地とはそういう事なんでしょうね。
ワタシ、英語も日本語も出来るから結構エリートなのよ、と田中が言っていた。
で、ものすごくいっぱい「日本人コレやっちゃダメ。ここ、危ない、ここも危ない・・・。あの店はいいけど、こっちはダメ」と具体的な注意事項が列挙され。
皆、英語名持っててね。見た目アンガールズなんだけど「マイケル」と呼べと。
人生初期段階のどこかのタイミングで学校の先生が勝手につけたり、自分の好みでつけたりするんだって。
じゃあ、ジャッキー・チェンて本気で俺はジャッキーとして生活しているちゅうことか・・・。
麻里子ちゃんがマリーみたいなのもあれば、本当に何の脈絡もなく好きな俳優の名前でもいいらしいし、クリスチャンネームでもいいらしい。
香港て暑いんだけど、冷房が南極モードと北極モードしかないのか、車内も店内もめちゃくちゃ寒く、香港に着いて20分で「膝が痛い」「腰が冷える」と頭を抱える高齢夫妻もちらほら。
街中の人間が冷房は空気清浄機だと勘違いしてて、止めると空気が汚れて死ぬと思っているんだって。
で、香港ちゅうのは、観光する場所が本当にない。何せここ百年の歴史しかないんだから、金閣寺も日光東照宮もないわけだ。
ちょっとした寺と、夜景はある。あとは、とにかく食って!そして買って!という観光地なのです。
はいじゃー、ショッピング行来ますヨ!と、連れて行かれる。
日本に来る爆買中国人とかだと、銀座の三越とか新宿伊勢丹とか、マツキヨとか、ヨドバシとか何ですけど。当時の日本人、個人経営の宝石店に連れていかれる。誰も行くなんて言ってないのに。
で、ツアー会社、ツアーガイドとバス運転手がまあうまいことユニオン組んでて、バックマージンがあるからやたら勧める。
入り口にはライフル持った警備員、明らかにアルソックとかセコムじゃない感じの戦場の匂いするおじさんが二人。ハンドガンじゃなく、ライフルだからね。シティハンターがマジでいっぱいいる街。
はい入れ〜、危険だから入れ〜、と言われて、店に押し込められて。ガチャンと入り口施錠される。日本人の団体が宝飾品店にいっぱいいたら危険、という判断と。買うまで出さないという事でしょう。
?!何するのよ、ここから出しなさいよ!!!なんて言う人は一人もいなくて。
皆、「ダイヤは無理だけど、ルビー買っちゃおうかしら」「あなたー、オパール欲しいー」
と奥様方が目をギラギラさせて。
当時の旦那様は、宝石を買ってあげると言うのが甲斐性でもあったから「買いなさい、ははは」みたいな感じで必死に計算機出して円と香港ドルの換算。
「これ欲しいけど高い。ねえ、安くしてよっ」「かー、マダム、無茶言うねえっ。・・・なら、これこの値段で買うなら他のもう一個あげる」(中華圏は一個買ったらもう一個つくと言う謎の抱き合わせ商法が多い)と、女性店員と女性客は熱い。そして旦那はハラハラしてそれを見ている。
基本、香港は女が商売上手でガツガツしてるんだけど、男はのんびりしている人が多い。
女性は売り買いの商売、男性はもてなす系の接客業とかはすごく向いてるみたい。
一応イギリスの文化や教育も叩き込まれてるから、レディファーストが身についてるし。
レディファーストされ慣れてる女性は、だから元気にガツガツできるんだなあ。
子供と男性店員はお互い暇こいて。
私はおじさん店員と「お前、ゴールドいらないか。買うか」「いらねえ」「そっか。おじさんの奥さんがこの店のオーナーなんだけどね。飴食べなさい」「ありがとう。これ歯にくっつくね」とか、ミルキーみたいな飴をもらってお喋り。経済活動に前のめりに参加出来ない子供とおじさんはこの街では補欠。
滞在時間50分程度で、百万以上の売り上げ。おじさんはただ座ってるだけでも。大したもんですね。
日本人もあちこちで爆買いしてた時代でしたね。
奥様方は、飴玉のようなルビーやらエメラルドを戦利品にしてほくほく笑顔。
アドレナリンが出まくって、そういう時の女性はとても美しい。狩に成功した時のメスライオンのように。
で、キョンシーはどこにいるんだろう、と私は不思議でしょうがない。







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