ゆくかはの

文字数 530文字

 実家の近くにどぶ川があった。両岸はコンクリートブロックで固められ、泥色の水面が冬の日差しにピカピカ光るようなやつだ。ペンキの禿げかかった橋の上から覗いていると、ごくたまにてろんとフナだかコイだかの腹が見える。藻がそわそわと動いているので、一応流れがあるらしい。

 家を出て一人で住むようになった先には、近所に川が無かった。新しい住宅地の公園脇に人工池がある。カモも来るし、柳が揺れて気持ちがいいのだが、川ではない。私は川が好きなのだ。

 向こうにずっと行けば海だ。海へ出れば、どこにでも行ける。知らない街を訪れて、新しい生活を始められる。あっちにずっと行けば山だ。森に紛れて、動物たちと一緒に、たからものを見つけることができる。川はいつでも逃げるべき先を教えてくれていた。何を持っていなくても、川に沿って行けばいいのだ。川は道標だ。

 本当に久しぶりに実家へ戻ってきて、ミナトと一緒に土手の上のガードレール隅で火を焚いた。燃えカスをスニーカーで踏みつぶし、ミナトは灰を一摘みすると、相変わらず泥色に澱んだ川面に投げ入れた。娘夫婦に就職のことでまた何か言われたらしい。私は川が好きだ。悲しいことも、悔しいことも、流し去ってくれる。そして私は、あの向こうへかえるのだ。
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