9 律令国家の誕生

文字数 3,727文字

王権、および初期国家誕生までのストーリーを想像するなら、考古学者・松木武彦さんの研究が興味深い(1)
まず、縄文時代はというと、戦争の痕跡を示す考古学的資料が希薄らしい。
弥生時代に至り、水稲農耕をはじめ朝鮮半島から先進的な文化が入ってくるようになると、争いがみられるようになる。北九州、遅れて西日本、東海へと、火種が広がっていく模様。
もちろん戦争といっても、最初の頃は近隣集団の縄張り争いが主だったろう。
ところが次第に、争いが諸集団間の序列を生むようになっていく。
要因としては、とりわけ中国および朝鮮半島との遠距離交易、そこから入手できる利得を狙ったアクセス争いが激しくなったことが大きいらしい。
ただし一方では、諸集団がそれら交易ルートをシェアするという連帯も生まれたことだろう。

つまり、遠距離交易のルート確保をめぐる争いと対立が、いわば「わしが先、あんたは後」的諸集団間の序列を生み、かつ同時に、広域的なつながりをも生んだのだ。


日本史の授業で習いましたが、国内では生産していない鉄を、朝鮮半島経由でゲットすることがすごく大事だったとか、なんとか・・・・・・
そうだ。鉄をな、一昔前でいう石油のようなものだと妄想してくれ。石油ゲットのためのシーレーン確保で争いが勃発するようなもんだ。同時に、石油をめぐって連帯も生まれるだろう。
弥生時代、流れてくる先進的文物の頂上、上流は中国王朝だが、そこへ至るアクセス、パイプ、顔役をめぐっての争いもあったことだろう。
思うに、あえて言い切るならさ、ここで〈第三項・上方排除〉されているのは「鉄」でもある。もちろん、この場合の「鉄」というのは、広~い意味で解釈してくれよ。
で、この〈上方排除「鉄」〉を求めてさぁ、諸々の共同体がね、いわば我も我もとピラミッド状につながり群がっていったのが、なんつーか、邪馬台国だったのかもしれないぞ。

う~ん、利権に群がる連合体、みたいな。

「鉄」に群がる連合体、ですか・・・・・・
ちなみに、卑弥呼の墓かもしれない、なんて言われてる奈良県の箸墓古墳はさ、最古級の前方後円墳なんだが、このタイプの古墳はな、その後、畿内を中心に広まっていく。また、副葬品に同じタイプの鏡などが添えられてたりする。
各地に散らばる似たような古墳、似たような副葬品。
なんつーか、まるで仲良しグループだろ。
邪馬台国から、いわゆるヤマト政権への接続関係はよくわからんが、いずれにせよ、「鉄」を求める、先進的文物をシェアしていくための利権連合体のような政治的秩序が生成していたことは間違いないだろう。
ちなみに、邪馬台国ってのは中国側の当て字だからさ、「やまたい国」じゃなくて、ホントは「やまと国」と読むのが正解。
利権、おこぼれ、山分け連合の王国かぁ。実際どうだったんだろう?


もう一つ余談だが、松木武彦さんは認知考古学的観点から、箸墓古墳以降に増えていく巨大前方後円墳について、エジプトのピラミッドと同じ仰視型のモニュメントだと分類している。これは下々に畏敬の念を抱かせ、かつ同時に、帰属意識、連帯感を育む効果があるモニュメントだ。
世界史上、こういった仰ぎみる型のモニュメントは灌漑農耕や都市が発達し、王や軍隊、官僚制が誕生していく時期によくみられる、らしい(2)


つーか、たとえば、お城のみえる範囲が城下町、なんて言うつもりはないんですが、昔はね、それが周りからみえるってのが大事だったんじゃないですか? 

いわゆる古墳時代はというと、それぞれの地域にいたボス的存在のね、威信を示すために、遠くからでもみえる建造物が必要だったんじゃないですか?

さぁどうなんだろうな。おそらく複数の要因があったと思う。
しかしなんだ、こうやってアレコレ考えるのはじつに楽しいな。ロマンがあっていい。
でね、そうなるとです、さっき言ってた連合政権じゃないですが、あまりにも広範囲なまとまりができてしまうと、もうどんなに巨大なもの造ってもおっつかなくなるじゃないですか。もはや肉眼ではみえないし。遠すぎて。だから、威勢を示すにしても、そういう類の建造物ではなしにね、なんかこう、もっとべつのツールを使ってさ、威勢を示したり、帰属意識を刺激したりする必要がでてきますよね? そうなってくるともう、巨大古墳の役割は、おしまいです。
まぁ現代でいうと、国会議事堂を超巨大にするより、一番最初にふれた話だが、国語、みんなが日本語をシェアしたりするほうが帰属意識高まるしなぁ、たしかに。
研究者の中には、ヤマト政権および政権トップである大王の勢力伸長にともない、各地の古墳造営に規模規制が入ったのではないか、とか、ヤマト政権の統治システム(諸制度)に各地の勢力が組み込まれた結果、政治秩序が安定し、もはや大型古墳を築いて権威を示す必要性が薄らいだのではないか、と指摘する人がいる(3)
とはいえまぁ、昔のことはよくわからんし、古墳の話はその程度にしておこう。そこが本題ではないからな。
よって、時計の針を進める。
えぇ、どうぞ。
4世紀も後半になると、島国サイドから眺めて朝鮮半島の情勢が不安定になってくる。高句麗が台頭してきたんだ。
で、我らのご先祖様は「倭」と呼ばれてたんだが、コイツと激突して、敗走してしまう。
となると、半島からの「鉄」ルート、その確保が大ピンチ?
そうそう。そこで5世紀に入ると、いわゆる「倭の五王」がでてきて、高句麗の頭を飛び越え、中国王朝から後ろ盾を得ようとアクセスしはじめる。朝貢と冊封だ。
当時、倭国は朝鮮半島まで進出してたんですね。
イエス。なんつーか、「外」に共通の敵がいるとさ、みんなの利権を荒らす敵がいるとさ、一般的に言って内輪のまとまりがよくなるものだろう。
で、倭の国だが、考古学の都出比呂志さんによるとな、五王最後の雄略大王の頃、5世紀後半から、次第に中央集権化が進んでいくと言う(4)
もっとも、一口に中央集権っつっても、どの程度? てな問題があるわな。だから一方では、この時点でもまだ、倭の国は所詮ローカル・ボスたちの連合政権だった可能性が高く、王は盟主であり、中央集権は確立していない、とみなす論者もいる。
じゃいつ頃から中央集権っぽくなってくるんですか?
結局起爆剤はさ、日本列島の場合、なんだかんだで昔も今も外圧だったと思うぞ。
朝鮮半島経由で先進的文物を入手していたご先祖様たちは、当然、その半島、現地での勢力争いにからんでいった。この時代、半島には高句麗の他に、百済、新羅があった。三つ巴の朝鮮版『三国志』だ。
このうち一番仲良くしていた百済がな、660年、中国王朝である唐と連携した新羅の連合軍に滅ぼされてしまうんだ。そこで倭国はというと、「なんてことすんのや!」と、百済にテコ入れし、その復興運動に助力すべく、出兵するわけ。
ところが663年、かの有名な白村江の戦でね、大敗してしまうのだ。
あ、それ、教科書で習いましたよ。結果、朝鮮半島での利権を大幅に失うどころか、海を渡り、逆にこっちまで攻め込まれるんじゃないかって、百済の二の舞になるんじゃないかって、ビビったわけです。で、北九州から西日本を中心に防衛ラインを築いていく。
とはいえまぁ、その後、新羅と唐が仲間割れしたこともあり、海を渡ってまで攻めて来ることはなかった。ラッキー。

しかしなぁ、この危機感という外圧がさ、倭国の中央集権化に拍車をかけていくのだ。

あ、でもそれ以前から大陸ないし半島のね、先進的な、それこそ中央集権的な統治方法を学んでたところはあったんじゃないですか?
それはもちろん。ポスト白村江の戦からさ、急激に中国王朝とかの真似をしようとしはじめたわけじゃない。それ以前からだ。しかしそれ以前の改革もまた外圧の一種であるには違いない。倭国は日本列島に引きこもってたわけじゃないからな。海をまたいで勢力を伸ばそうとすれば、当時のミニ・グローバルスタンダードから大いに学ぶ必要がでてきたことだろうよ。
となると、白村江の敗戦がなにかを決定的に変えた、というよりは、それまでの流れを加速させた、って感じですか?
だからそう言っておろう。そういったムーブメントの着地点がさ、大宝律令(701年)、養老律令(757年)をメルクマールとする、いわゆる律令国家の誕生だな。
律令というのは天子が定める法のことで、今でいうと律が刑法、令が行政法そのほかを指す。
簡単にいうとだ、中国の王朝・唐における統治方法をな、いくらかアレンジしつつも大いにコピペしようとしたわけ。つまり最先端いってる強国・唐に近づくべく、中央集権化へアクセルを踏んでいく。ぐ~んと。
そのへんのことは一応習いましたね、日本史で。
そうか。
(註)


1 松木武彦『人はなぜ戦うのか 考古学からみた戦争』講談社、2001
 松木武彦『日本列島の戦争と初期国家形成』東京大学出版会、2007 


2 松木武彦『進化考古学の大冒険』新潮社、2009:第六章


3 須原祥二「倭の大王と地方豪族」前掲『古代史講義』所収

4 都出比呂志『古代国家はいつ成立したか』岩波新書、2011


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

岬美佐紀(38)

 某国立大の大学院で哲学を研究していたが(専門はニーチェ)、遊びすぎて研究者レースからドロップOUT!

 現在、岐阜柳ケ瀬の一角で、潰れたラウンジを譲り受け、哲学バー「ツァラトゥストラ」を開店している。

 未だ独身。彼氏イナイ歴?年。特技はバドミントンで、奥原希望選手の大ファン。

我聞太一(23)

 岐阜大学で留年中。

 キョーレツに結婚を意識していたカノジョにフラれてしまい、自暴自棄中。

 のちに在野の哲学徒として覚醒?していくのだった・・・

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色