7 古代エジプト
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で、このナルメル王だが、ホルスという神の化身だとされていた。つまり、やはり王は〈宗教的権力〉を体現してんだよ。
ただ、オシリスの復活は不完全で現世へ戻ることができず、そのまま冥界の王となる。一方、ホルスは地上の王になった。
で、王ファラオは地上を統治してるんだからさ、ホルスの化身! ってことになるわけ。
エジプトは多神教でね、いろいろとややこしい。それぞれの神がドッキング、習合したりするしさ。ただ、ファラオは神の化身だろうが神の息子だろうが、いずれにせよ、一般ピーとは異次元の、聖なる存在であるには違いない。
ちなみに何度も名前を出してきたホカート『王権』では、王は太陽であり、神であった、と繰り返し語られている。ホカートに言わせれば、神ではない王は、王ではないのだよ。
ただ、そんなことより、ファラオは〈宗教的権力〉を体現している、と同時に、ここがポイントなのだが、〈軍事的権力〉と〈政治的権力〉も統合しているんだ。
そして、それが官僚組織として顕在化していく。
紀元前1500年代の半ば頃から新王国時代というが、この時代になるとだ、ファラオを頂点とし、宰相がいて、その下で宗教部門、軍事部門、政治部門の三機関がな、いよいよ整ってきている。宗教部門のトップには神官長、軍事部門には最高司令官がいた。政治部門では地方に知事と市長が配置されるとともに、中央では租税などが管理されていた。
このように、ファラオはな、〈宗教的権力〉〈軍事的権力〉〈政治的権力〉を一身に体現すると同時に、それぞれ三権を執行していくための官僚組織、統治機構をもっている。
ちなみに、この場合の官僚制というのは、当たり前だが、現代のように公的にシステム化されたものではない。原理的に、あらゆる富は王のものであり、それを管理するのは王に臣従する官僚たち。ドイツの社会学者マックス・ウェーバー(1864-1920)はな、これを家産官僚制と呼んでいるぞ。
まぁそれはさておき、簡単に図式化しておくと、三権がいったん〈上方排除〉されて王という中心に集まり、その後で、今度は家産官僚制として「下へ」おりてくるのだよ。
あるいはこうも言える。首長制社会のようにな、三権がさ、首長、戦士、シャーマンと、バラバラに分有されている状態だと、中央集権的な官僚制は立ち上がってこれないのだよ。
それまで太陽神ラーと習合したテーベという都市の守護神アメン、すなわちアメン=ラーが国家神とされていたんだが、彼はそれをアテン神へ変更した。
王都もアメン神官団を避けて遷都した。
ここにな、〈一者〉の三権に入ったヒビをみつけることができるんだ。というのも、宗教改革の理由はさ、増大しすぎたアメン神官団など宗教勢力から離れたかった、と言われてるから。
で、その後、ツタンカーメンが国家神をアメンへ戻す。
が、若くして亡くなった。
その跡を継ぎファラオになっていくのが、ツタンカーメンを支えていた重臣アイ、そして軍人ホルエムヘブなんだが、ホルエムヘブの後はというと、彼が子宝に恵まれなかったこともあり、後継者を自身と同じ軍人出身者から選抜した。結果、再び軍事上がりのファラオが誕生するとともに、王家の血がいったん断絶する。
今度はここにな、〈軍事的権力〉のほうの分岐的伸長を感じることができない?
また、新王国時代も終わりになると、今度はアメン神官団が自立してエジプトの南半分、上エジプトを抑えてしまうんだ。こっちは〈宗教的権力〉の突出だろう。ことほどさように、〈軍事的権力〉〈宗教的権力〉〈政治的権力〉は、王という〈一者〉に統合されてはいるんだが、なんつーか、三権の緊張関係は依然として潜在しており、ときにそれが露呈するわけ。
(1)首長制社会では、〈政治的権力〉〈軍事的権力〉〈宗教的権力〉が、それぞれ首長、戦士、シャーマンに分有されつつ併存していたが、
(2)それらが〈上方排除〉されて〈一者=王〉の身体で結合したとき、いわゆる王権が誕生し、
(3)一方では、〈一者〉の三権をトップダウンで執行すべく中央集権的な家産官僚制が立ち上がっていく。が、
(4)つねに三権は、いつヒビが入ってもおかしくない、再び分解してもおかしくない緊張関係をはらんでた、ってことですね? あと、
(5)王のいわば身代わりのように、生贄とか、もっぱら〈下方排除〉されていく人たちがいる、と。
ちなみに、古代エジプトについては主に、大城道則さんの『古代エジプト文明 世界史の源流』(講談社、2012)、河合望さんの『ツタンカーメン 少年王の謎』(集英社、2012)、馬場匡浩さん『古代エジプトを学ぶ 通史と10のテーマから』(六一書房、2017)を参考にさせてもらった。
しかしなんだ、国家の話はまだまだ序盤だからな。この後、ローマ帝国の話とかして、中世へ入りたいんだが、続きはまた明日だな。
1 マックス・ウェーバー『権力と支配』濱嶋朗訳、講談社学術文庫、2012