□ 二十二歳 春②

文字数 1,285文字

 やっと三年になった。私はずっと二年から逃れられないんじゃないかなんて思うほど不安だったが、ちゃんと無事に進級できた。
 新しい学年になっても、表向きは何も変わらない。私達の学年には留年した学生はいなかったし、今年は留年生の編入がなく、丸々去年と同じメンバーだった。
「今日、舞、どうしたの?」
 隣に座った真子にそっと尋ねる。リアは朝一番の講義には基本出てこない。でも舞は部活の朝練をしていて、必ず一限は出席する子だった。むしろ真子やリアの代返をする係だ。
「昨日、ちょっと嫌なことを聞いちゃって」
「嫌なこと?」
「昨日、一年生の勧誘コンパだったんですよ、陸上部の。そこで……大原さんの自殺未遂の話が出て」
「……どうして真子がそれを知ってるの?」
「私はコンパに参加したんですよ、一応、幽霊部員なんで」
「え? 知らなかった、陸部だったの?」
「だから、完全幽霊ですって。飲み会だけ出てるの」
「……だからいつも陸上部の飲みに参加してたのね」
「で、ま、昨日は私と舞の二人で参加して……一次会はいつもの幸楽海だったんですけど、二次会に一年を上の先生達が連れてったから私達、中堅だけで飲み直したんだけど……」
「で?」
「何でそんな話になったのか、覚えてないんですけど。大原さん、今頃どうしてるんだろうね、みたいな話になって……そしたら、誰かが大原さんの自殺の原因は佐倉先輩だったんじゃないかって言い出して」
「……」
「いや、その場には五年は誰もいなかったからあくまで噂レベルでしかなかったと思うんだけど……もう、何が何だか分からないけど、佐倉先輩って前も誰かを振ったせいで自殺されたことがあるとかないとか、そんな話になって……舞は佐倉先輩を信仰しているって言ってもいいくらい尊敬してるから、二重にショックを受けたみたい。あ、そういえば、アイさんは佐倉先輩を知らないですよね」
「いや……元、あの学年だったから」
「あれ、そうでした? ……そっか。じゃあ、分かりますよね? ……確かに美人だとは思うけど、頭もいいし、陸部でもめちゃエースだし、でもだからって大原さんが佐倉先輩を好きになるとか、ましてや自殺するとかってないと思うんですけど。だって、佐倉先輩って……あんまり女性って感じしないって言うか……いやそれは失礼すぎるか、でも大原さんとなんてね、ちょっと釣り合わなさそう。どう思います?」
「え? ……そんなこと私に聞かれても……でも、佐倉さんってすごくモテてた、と思うけど」
 私は、感情が表に出ないタチで本当に良かった、と思いながら、そっと言った。
 私達がお喋りしている間にいつの間にか講義が始まっていた。それに真子も気付いて、また後で、と言って前を向いてくれた。
 私は身体の奥から凍りついていくような気がした。何も心の準備をしていない時に、彼女の名前を聞くのは……やっぱり辛い。
 小児科の教授が物凄い早口で講義を進めていくのを、私はボーッと眺めながら、時間を過ごした。今は、小児科のどんな知識も頭に残りそうにない。
 ……いつまで、私は、さっちゃんに、こんなに動揺させられなくちゃいけないの……?
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