策略

文字数 1,230文字

家に到着した希咲の額には汗が光っていた。15分ほどいつもより早い。既に数時間前も待っている彼をこれ以上待たせる訳にはいかなかった。三浦はカップラーメンに湯を注いでいるところだった。
「おかえり」
もう仲間気取りでいる。だが彼には自分の味方であるということを明確に証明してもらわないといけない。
「警察のネットワークからいいものを見つけたんだよ」
彼女の意図を汲み取ったかのような話し方だ。
「君の父親を殺したやつのことだ」
やはりそう来るか、と希咲は思った。この刑事もバカではない。むしろ頭がキレるようだ。自分を信用させるために希咲の欲する情報を盗んで来る、これが1番手っ取り早いことは分かっているようだ。


5年前、彼女は小学生だった。あの日は学校から帰るとランドセルを部屋に投げ入れ、そのまま友達と遊びに近くの空き地へ向かった。これが彼女の命を救うことになるとは思わなかったのは無理もない。夕方、家に帰ると玄関のドアが半開きだった。靴箱の上の花瓶に入れられている水が赤く光を通していた。ちょうど今日のような綺麗な夕日だったか。恐る恐る居間に向かうと、足の裏に冷たい感覚を覚えた。この液体が赤みを帯びているのは夕日が照らしているからではなかった。そして父が倒れていた。


事件が解決するのは時間の問題だった。着々と裁判の手続きが始まった。だが唯一の問題は犯人は公平党の一員だったことだ。公平党というのは政界に大きな影響力・発言力を持つ政党である。最終的に正当防衛の主張が通り無罪となった。


ピピピッとアラームが鳴らなければいつまでも回想していたかもしれない。彼はラーメンと水の入ったコップを持ってリビングへやって来た。
「今度はちゃんとルートを通ってきたよ」
と笑いながら言った。
私も笑ってみたが、全く違うことを考えていた。もしかしたら顔が引きつって見えたかもしれない。
「誰?」
単刀直入に聞きながら、自分でも珍しく冷静さを欠いていることに気づいていた。
「まあそう焦るな」
ラーメンをすすりながら彼は答えた。
「田口充(たぐち みつる)だよ」
この名前は聞いたことがあった。
「次期党首とも言われてる、あの田口?」
彼はニンマリ笑った。どうやら私の知っている田口らしい。
「だがこれだけじゃないぞ。こいつの家族にお前は毎日会っている」
今度はさすがに度肝を抜かれた。父親を殺した男の家族と私が何度も会っている…?
はっとした。
「クラスメイトの彼女ね」
「そういうことだ」
田口真理。つい数時間前に論破したヤンキー系の女子だ。私は自分の口角がぐっと上がったことに気づいていなかった。
彼は
「どうやって殺すよ?」
と尋ねてきた。だが私はこの数秒間に計画を変更していた。スーパーコンピュータと処理速度を競ってもいい試合が見られるかもしれない。
彼は私の眼の中に赤黒い光を感じ取った。
「なるほどね、君も酷いことを考える」
と言いながら苦笑した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み