前菜

文字数 1,921文字

あの日から5日経った。希咲はある瞬間を待ちわびていた。準備は整った。
正午のチャイムが鳴った。後20分で昼休みだ。そう思った時、急に廊下が騒がしくなった。そして学年主任の山本が勢いよく教室のドアを開けた。
「田口真理が保管室で倒れていました」


私は教室中がガヤガヤする中、笑いを堪えるのに必死だった。全て予定通りに事は進んでいる。


4日前、三浦はこういった。
「お前の言う通りだ。田口充は業者と通じている」
業者というのは青酸カリなどの薬物を扱う者のことだ。私は、彼らが自殺に見せかけて都合の悪い人物を殺めていることを知っていた。無論、警察は見て見ぬふりをしている。だから三浦に、通じている業者を探してくれと頼んだのだ。業者の住所などを聞いた希咲と三浦は早速向かった。時刻は23時を少し回ったくらいだったがやはり空いていた。一見優しそうな中年の男がカウンターに立っていた。どうやらバーのようだ。EDMが流れている。三浦が手帳を見せると男は冷や汗を流しながらも、こちらの提案した要求を呑んだ。こちらの要求は2つである。タバコに酷似している薬物を作り学校に郵送すること、そしてもちろんこのことを誰にも言わないことである。
帰り道、三浦は不思議そうに話しかけてきた。
「なんで学校に郵送するんだ?お前があいつに渡せばいい。」
私は石を足で転がしながら答えた。
「私、彼女らと仲が良くないのよね。それに、学校に届いた荷物は必ず一度は保管室に収納されるのよ。そして保管室は田口真理らが授業をサボる時によく使うの。ここまで説明したら分かるわよね?」
「だが他の奴らがあれを吸ったらどうなる。愉快な仲間たちも葬るつもりか?それと警察は必ずさっきの奴に操作の目を向ける。俺は高確率で担当にはならない。所轄だからな。そうなれば俺たちだって…」
彼の言わんとする事は分かっていた。言葉を遮り彼女は続けた。
「だから最初の1本だけにしたの。前に開けたばかりの箱が机の上に置いてあったわ。彼女は常に右から使っていくのよ。それに証拠は見つからない」
「どういうことだ」
さすがの彼も混乱しているようだ。
「まあ見てて」
そういうと希咲の歩幅は少し大きくなった。


教師らの慌てる声をかき消すかのようにサイレンがなった。そして放送がかかる。
「保管室で火災が発生しました」
教室がざわめく。やはり私の考えに間違いはなかった。青酸カリの入ったタバコからは人間の目で捉えられないほど細い糸で他のタバコと繋がっている。どうせ田口真理が吸った後は誰も吸わないのだ、問題はない。火は箱へと引火し証拠はその場にいた真理の友達2人の証言のみとなる。だがそんなものは裁判では無意味だ。それに娘が薬物を使ったことがバレれば次期党首の座も危うい父親田口充は全力で”火災”だけにこの事件の火消しに走るだろう。だから業者に接触したことも知られることはないし、業者も我々と接触したことを充に話すことはできない。トリック自体は少し原始的な方法だと彼女は思っていたが、全員がウィンウィンの状況を作り出すことができればそれでいい訳だ。


学校の校庭に集められ、そのまま帰宅することになった。だがこれで終わりではない。あくまでメインディッシュは田口充であり、真理の死は前菜に過ぎない。


いつもなら3時間目の理科を受講している頃だろうか。本来行われるはずだった実験は来週に延期されるのだろうか。少し楽しみだったので残念だ。
いつもより早めに帰ったがやはり彼が来ていた。他人の家だという意識はあるのだろうか。
「上手くいったようだな」
三浦はそういいながらお茶を啜っていた。エアコンがない希咲の家はよほど寒いのだろう。
「ええ。そんなことより例の生物研究所には連絡できた?」
カバンを乱雑に放り投げると希咲もテーブルについた。
「捜査の為だと言ったら快諾してくれたよ。サンプルもここにある」
と言うと胸ポケットを人差し指で軽く叩いた。確かに円柱形のケースが入っているように見える。
「じゃあ早速行ってきて」
「おいおい、もう行かなきゃいけないのか?さすがに業者の奴も怒るだろうよ。自分のあげた薬でお友達の田口充の娘が殺されたんだからな」
私も縁の欠けた湯のみにお茶を注いだ。
「いやあなたが行くのは『白鳥屋』よ」
白鳥屋というのはもちろん白鳥を売っている店ではない。この2人が薬物の売買などの取引の場として使われる居酒屋だ。
「なるほど、そこで隙を見てこいつをぶち込むってことか」
と三浦は笑顔で話す。
「にしても業者のおっちゃんも気の毒になぁ」
私は何も返さず天井を見つめているだけだった。
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