粛清

文字数 1,779文字

「いや、それにしてもお前どこまで読んでたんだ?」

 三浦が目を丸くしている。希咲は可笑しくて吹き出しそうになった。

「私が書いた2パターンで解読できる文章を迷わず理解してくれたんでしょ?彼が田口充に辿り着いていれば自然とそうなるのよ」

 今日は土曜日だ。お互い日中は暇を持て余している。だから休日は作戦会議をすることになっている。

「あれからかなり時間が経ったし、そろそろ時限爆弾が爆発する頃かな?」

 三浦はニヤニヤが止まらない様子だ。だがそれは希咲も同じだった。

「八木さんだっけ?彼がこの後どう動くのかが楽しみね」

 ここで希咲の顔に陰りが見えた。

「それはそうと、最近ジャーナリストがしつこいのよね。私の家からあなたが出てくるところを見たとか言って脅してくるのよ。」

 三浦はさっきより大きく目を見開いた。

「俺たちの関係がバレたってことか?それはまずいな。呑気に会話している場合じゃないじゃないか。一体どうするつもりなんだ」

 少し怒っているようにも聞こえる

「こんなのが現れるのも想定内に決まってるでしょ。ただ手の込んだ方法では殺さないわ」

 希咲は面倒くさそうに髪を掻き上げた。

「だが八木が何か掴むかも知れないぞ」

「それは面白いわね。でもそうはならない」

「俺が手伝えることがあったら何でも言ってくれ」

「じゃあ…」



 翌日、昼頃に希咲は家を出た。カーブミラーで後方を確認した。やはりジャーナリストが尾行している。今日に限ってはつけてもらわないと意味が無い。
 希咲は古びた木造倉庫に入っていった。登記簿によると建設されたのは昭和54年だそうだ。新耐震基準に移り変わったのが昭和56年だから、ここまで老朽化した場所なら今から行う殺し方でも何ら懐疑点は生まれないはずだ。だからこの場所を選んだ訳だが…。
 彼女は倉庫内の階段を上っていった。2階部分が工事の中断のまま手がつけられていないのか、吹き抜け状態になっている。ギシギシと木が擦れる音が反響している。ジャーナリストは距離をおいている。降りてきたら鉢合わせすることになるから当然ではある。
 数分後、希咲は降りてきた。後は帰宅するだけで死刑所が完成する。夕飯の支度が出来ていなかったのでスーパーに寄って帰ることとした。夕日が綺麗だった。



 翌日、ジャーナリストの女性が倉庫内で死亡しているというニュースが全国に流れた。もちろん彼女の仕掛けた罠にかかっただけだ。
 今回は三浦の働きが大きかった。実際、希咲がしたのはジャーナリストの女を現場に案内したことだけだ。彼女にとってみれば殺し方は至ってシンプルだ。居間のフローリング床の仕掛け(第1話 希咲 参照)を応用した。今度の仕掛けは、1枚の板の片端に細い金属棒を埋め込んだだけだ。踏むと回転する仕組みだ。3階にしか施していなかったが、10メートルはあったか。人を殺すには十分な高さだ。もちろん女が喉から手が出るほど欲しいであろう計画ノートを餌にして、トラップのある部分の奥に設置されてあるドラム缶の上に置いておく。そしてあの建物の木材は針金のようなもので補強されていた。金属棒は元々その場所にあった針金で代用した訳だ。女と共に床の木材も剥がれ落ちることになるが、その時に細い金属が散乱していても不思議ではない。あとは三浦に彼女のバッグから自分たちに関係のあるものを抜き取ってもらう。この後の現場が今テレビに映っているのだ。

 言うまでもないが希咲の家にテレビなどない。これを観ることが出来るのは三浦がスマートフォンでテレビを見せてくれているからだ。

「今回は楽勝だったな」

 三浦が回収したノートなどを仰向けになりながら掲げている。

「こんなの計画の内に入ってないわよ。それより気がかりなのは、あの敏腕刑事があのジャーナリストの新聞社とか出版社に問い合わせることね。どんな事件を、そして誰を追っていたかがバレると変な容疑がかかるかもしれないわね」

「それは同感だ。だがあいつを放置しておいても、逆に八木に連絡を入れる可能性も高かっただろう」

「確かにね。即逮捕になることはないだろうけど、もし軟禁されたりでもしたら例のプランで動いて頂戴ね」

 そういうと希咲は大きな欠伸をした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み