王手

文字数 2,205文字

 八木はデスクと睨み合っていた。ついに3人目か…。
 田口真理殺害事件から1ヶ月が過ぎた。だが犯人を追い詰められる状況には至っていなかった。
 転落死したジャーナリストは川北舞という。彼女は以前からこの事件に関して強い興味を抱いていた。だから神谷希咲を尾行して欲しいというこちらの要望を快諾してくれたのだ。何か分かれば連絡して欲しいと言っていたが、一度の連絡もなく彼女はこの世を去ってしまうことになるとは思わなかった。

「先輩がそんなに落ち込む必要ないですよ」

 秋本が話しかけてきた。だがそうはいかない。俺が依頼しなければ彼女は生きていたはずだ。

「今回はさすがの俺もメンタルズダボロだぜ」

 八木は頭を抱えたが多分パフォーマンスではない。

「だが神谷希咲の疑惑はより深まった訳だ。彼女は俺が川北と繋がっていないと踏んで殺したんじゃないのかな」

「でも近くのスーパーの防犯カメラに彼女の姿が写っていましたよ」

「田口真理の時もそうだが、今回の仕掛けも現場に居合わせる必要がないものだ。だからといって神谷に容疑が向く訳ではないが…」

「公平党の奴らがやったとは考えられませんか?田口充の立場からすると事件が解けると娘の薬物を使用したことの露呈は何としても避けなければならないでしょうし」

「ああ…。ん…?ちょっと待て、今なんて言った?」

 俺はバッと顔を上げた。

「公平党がやったんじゃないかって。え、その後?だから薬物を使ったことがバレるとまずいですよねってことです」

 なぜこんなことに気づかなかったのだろう。寺田少女の証言によればタバコを吸った後、倒れたそうだ。ならば毒物の可能性を考えるのは当たり前ではないか。あの時は立て続けに事件が起きていたし、例の葉書に混乱していたせいでこの言葉を素通りしていたのだ。

「よくやった秋本」

 唐突に褒められて秋本は頭を掻いている。おそらくなぜ褒められたか分かっていない。だがいい気にさせておいてもいいだろう。

 新たな糸口が見えた。



 数分後、八木と秋本は車の中にいた。ある人物を訪ねるためだ。
 彼らは人を殺すことのできる薬品を販売している店を虱(しらみ)潰しに探していた。もちろん薬局なども含まれる。洗剤などの劇薬というのは実は凶器にもなりえるのだ。さすがにタバコに塗りつけただけでは致死量には達しないが、二人とも科学に疎いためそういった予想外の薬物である可能性も考慮に入れなければならない。そんな捜査を進めていく内に浮上した人物がいる。薬局店員によればかなり危なっかしい薬品まで扱っているバーがあるらしい。

「本当にここですかね」

 秋本が驚いているが無理はない。店員に聞いていたよりずっと古びている。看板の文字は潰れかかっている上、なぜか斜めに立てかけられている。外見もそうだが路地裏にあることも閑古鳥が鳴く理由の1つであるはずだ。
 だが意外にも店内は普通だった。客はいなかったが。

「いらっしゃい。何にします?」

 中年のマスターが聞いてきた。話しかけているのが刑事だとは夢にも思っていまい。

「じゃあ1月前にここに来た少女が頼んだものと同じのを」

 もちろん神谷希咲がここに来たという証拠は何もない。シラを切られれば終わりだ。だから何か確証が欲しかった。
 だが俺の思った通りだった。

「な、何のことです?」

 明らかに動揺している。つまり、彼女を知っている。ということはこの男から薬物を入手したということか?

「我々はこういうものだ」

 そういって手帳を見せた。だがこれ以上怖がらせるのはこちらの本意ではない。

「1月前、何があったか教えて頂けますか?」

 だが「何も知らない」の一点張りだった。こうなることも予想していた。現に真実を話した寺田が公平党一味に殺されている。こんなところでペラペラと話すバカはいない。

「そうですか。ではありがとうございました」

 そう言って早々に店を出た。

「よかったんですか?せっかく見つけた突破口なんでしょう?」

 秋本は何故か不満そうだ。ただ飲みたかっただけかも知れない。

「いや、これでいいんだ。俺たちが勘づいていることを伝えることに意味がある」

 俺はニンマリ笑ってそう返した。

「でもどちらかといえば敵サイドの人間ですよね」

「だからあいつは神谷希咲に連絡を取ろうとするだろう。となれば神谷はどうすると思う?」

「口封じ…」

「その通りだ。神谷希咲は固定、携帯と共に電話を持っていない。つまりさっきの男を殺すにせよ殺さないにせよ必ず一度は接触する必要がある。だからその瞬間を俺たちが捕える」

 自信に満ちた表情で話しているのを自分でも感じられた。
 他の捜査班員らは絶対に「中学生が犯人な訳がないだろ」と言うだろう。だがもはや神谷希咲を犯人と断定して捜査を進めるべきだ。あいつらには協力を頼むだけ無駄だ。それに敵に動きを悟られないようにするためにも少数で行動したいところだ。

「しばらくあの男に付きっきりで監視する。24時間だ。もちろん郵便物も全て見させて頂く。」

「これぞ捜査って感じですね!」

 こんな機会が少なかったのだろう。秋本楽しそうに両腕を伸ばしている。

「王手だ」

俺は勝ち誇ったようにそう言った。
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