希咲

文字数 1,256文字

東京大学に通う学生の平均IQは120だとも言われている。無論IQが低いからといって勉学に劣るとは限らない。IQとは先天的に備わっている知能指数のことであり、学力は努力によって飛躍的な向上が見込まれるものだからだ。
しかしIQが高いが故に社会に馴染めない人間も一定数存在するのが現実である。希咲(きさき)もその1人だ。帰り道、土手を歩く彼女の横に誰もいないのは同じ学校に通う者にしてまれば周知の事実かもしれない。学校に行き授業を受け真っ直ぐ帰宅。味気ない日々が淡々と続いているようにも思えるが、他の学生が描く夢すら望まぬ彼女にとってみれば十分であった。5年前までは少し頭がいいというだけのどこにでも小学生だった。あの事件が起こらなければ今も一般的な中学生であったはずだ。


希咲はいつも通りの時間に帰って来た。窓から差し込める光が赤みがかっている。長く伸びる影を見ると自然に台所に足が向く。
慣れた手つきで包丁を扱う。何やら考え事をしているように見えるが、夕食のメニューを考えている訳ではない。家族のいない彼女にとっては食事というのは栄養素を取り込むためだけの儀式であり華やかさやは必要ない。もっとも、家族がいないというのは正確ではない。彼女の元には数日おきに帰ってくる叔父がいる。ただ彼が希咲にとって不要な存在であるだけだ。
「この世に生まれて来なかった方がいい人間はいない。」彼女は学校やテレビ番組でこういった台詞を何度も聞いてきたが、発言者が自身の評価を上げたり保身のために言う綺麗事だと思っている。そう、彼女には不要な人間が多すぎる。そして不要であるばかりか存在するだけで周囲に悪影響を与える者もまた多い。
彼女が考えているのはそんな人間を抹殺するための計画だ。


食器棚から欠けた皿を取り出しリビングへ向かった。彼女が部屋の異変に気づいたのはその時である。彼女は学習ノートに計画をまとめていた。表紙には「数学」と書いてあるが、もちろん他人に見られる訳にはいかなかった。だか昨晩片付けなかったことにたった今、気づいた。迂闊だった。

実はリビングのフローリング床には仕掛けが施されている。実に簡単なものである。床に敷きつめられている木材2つの裏側にほんの少し湾曲した板を固定するだけだ。歩けば必ずどちらかの側が沈み逆側が浮き上がる。浮き沈みする前と比べるとわずか2ミリの変化だが、繋ぎ合わされている木材同士を見ると4ミリの差となる。これは意識しないと気づかないレベルの誤差である。これを自分が歩行する一定の部分以外の全てに施してある訳だ。もちろん歩行部分には平たい板を挟んでおいて段差を整えてある。さらに、進行方向に並ぶ木材をセットにしてあるが、これで侵入者の位置まで分かるのである。リビングの奥にあるのは叔父の書斎だ。だから奥側の板が沈んでいれば書斎に進んだことになるし、手前が沈んでいればもうこの家にいない可能性が高い。
彼女の額に汗が光る理由は分かっただろう。


「この奥に誰かいる…!」


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