覚悟

文字数 1,054文字

午前10時。2時間目の授業の最中だ。白髪混じりの教師が黒板に何やら書いているが、希咲の意識は完全に違うところにあった。無論昨晩のことだ。


男は三浦基樹(みうら もとき)というらしい。話を聞く限り、希咲の考えに恐ろしく近かった。彼は、殺人事件を起こしたにも関わらず裏で釈放される人間が存在することに憤りを感じていた。そういった社会を変えたくて警察官になったそうだが、仕事をこなせばこなすほどそれが不可能であることを悟ったらしい。権力者は自分の地位や名声を守るために本来有罪である者を証拠不十分という理由で無罪とする。推定無罪の原則が採られているこの国では便利な逃げ道なのだろう。


だが希咲には自信が足りなかった。他人と接点を持つことのなかった彼女は自分の力を知り尽くしているとは言い難い。そして何に挑むにせよ、それを知らないでいるのは危険なことである。どうしても決断が出来ずにいた。


昼休みのチャイムが校舎中に響き渡った。昼休みになると教室が急に賑やかになる。だが「賑やか」を常に肯定的に捉えてはいけない。今日も喧嘩が勃発している。内容はいつもくだらない。女子が「この俳優かっこいいよねー!」と言って男子が「ブサイクじゃん」と返す。そして女子が「お前の方がイケメンになってから言えよ」と反論。本当にくだらない。
しかし自分の実力を試すにはいい機会だった。
「わ、私は誰にでも評価する資格があると思う…」
当然女子側も黙っていない。「は?何言ってるの?お前みたいなブスも口出す権利ないから」
男子勢は「いいぞもっと言ってやれ」とはやし立てる。私は深呼吸をした。
「あなたの理論によれば『この俳優よりブサイク なら ブサイクと言うことができない』ということになるよね。じゃあこの対偶をとってみよう。すると『イケメンと言うことができる なら その俳優よりイケメン』という風になる。じゃあこの人にかっこいいと言うことが出来るのはこの人よりかっこよくないといけない訳だ。自分の方がイケメンだと思ってるのに『この人かっこいいね』って言うことになるけど、これは世間では嫌味って言うんじゃないの?誰も本心から褒められないね」と一気に捲し立てた。
女子らは何か言いたそうに口をモゴモゴさせていたが、反論の言葉がなかったのだろう、舌打ちをして出ていった。
男子たちが後ろで「いいぞー」「お前やるなぁ!」と歓喜していたが、私が笑っていたのは褒められて嬉しかったからだけではない。


「私ならできる!」と確信した。

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