【第12話】変わる世界。替える世界。

文字数 3,084文字

【2037年、秋。由香】 
……お母さん、まだかなぁ。
 外は闇に染まりきっていた。 
 冷たさに体が強張る。牛乳の瓶はとても、とても重い。 
……お母さん。まぁだ?
 お母さんを想った。帰って来ることを信じている。 
ミルクなんていいから、早く帰ってきて。
 セーターの布地が肌に刺さるように痛い。 
真紅の狩人の馬鹿っ!! ……お母さん1人守れないのに、ヒーローなんて名乗るな! 偉そうにするな!
 見たことも無い英雄(ヒーロー)を罵った。どうにもこうにも彼女が許せなかった。きっと、彼女のせいだった。みんなみんな『ひいらぎモカ』のせいだった。 
 両足に冷たい風が降り注ぐ。歯を食いしばって耐える。今気を抜いたら、全てが終わってしまう気がした。 



 ――どれくらいの時間が経っただろう。見渡す風景は何1つ変わらない。 
 体が思うように動かない。手足が痺れた。力が出ない。――膝から腕、そして頭が重力に抗えない。 
 それでも手紙と牛乳瓶は放さなかった。この腕だけは世界に反抗した。 
……お母さん、
 目蓋を開けていられない。全てが空っぽになったような気分だった。 
 冷たい大地へ横たわる。 

 世界はみんな、みんな、わたしに冷たかった。 

 ――何も見えないはずなのに、聞きたくないはずなのに、目蓋の隙間に光が流れ込んだ。霞むような光と、風の音を感じた。 



……ただいま!
 足に力が入らない。腕も動かない。 
ぉ、……ぉかあさ、
 ずれた視界、細く開けた世界にお母さんの足が見えたように思う。 
――……あさんね。頑張ってね、由香の牛乳を手に入れてきたの。ほらっ!
 地に沈んだはずのわたしは空へ浮かんでいた。反転した視界で牛乳の白が輝いていた。地平に顔を出した太陽がその白に赤を与えている。 



キミのお母しゃん、キミのためにすごく頑張ったでしゅよ。キミだけの為に命を賭けたんでしゅよ?
 閉じてしまいそうな視界に見知らぬ女の子が映る。その頭には赤茶の犬耳、腰にはわたしの宝物、赤い宝石が見える。 
も、……モカ?
 わたしの言葉にモカは笑った。はにかむ笑顔はどこか天使のようにも見えた。世界一のクズだと思ったのに、あんなに罵ったのに。 
みんなみんな、モカっていうでしゅね。ボクの名前は真紅でしゅのに。
 無かったはずの力が瞳の奥で溢れた。お母さんのようなこの星の重力(ちから)にさえ抗った。最後の、わたしの最後の力だった。わたしは空からモカへ飛びついた。 
モカっ、モカお姉ちゃん! ありがとうっ!! 由香の、由香の一番大事なお母さんを助けてくれて、本当に、……本当にありがとうっ!!
 わたしをお母さんへ預けると、モカお姉ちゃんはその腰の剣を掲げ呼びかけた。 
フリーシー、脚部跳躍ユニットを用意してくだしゃい! 一気に飛ぶでしゅよ!
【Yes,master!】 
 ――壊れた世界にモカお姉ちゃんの赤が駆ける。赤い陽と青黒い闇、その全てに抗うようにお姉ちゃんは空を奔った。わたしの持つ手紙へ暁の光が射しこんでいる。 

 わたしは可笑しくて笑った。涙が出た。だってモカお姉ちゃんはわたしにとっても世界で1番の、 



『……とんでもないヒーローだったから』 
【2034年、春。柊真紅】 
 風が頬を撫でる。遠く先で朝日が昇ろうとしている。緑の大地に小鳥のさえずりが響く。 
 在るべき時間から3年前の故郷、まだ平和だった頃の我が家に、……ボクは帰ってきた。 
 辺りを見渡す。此処はマァマとの思い出の場所だった。お互いの髪に花輪を捧げた場所だった。 
……マァマ、
 ボクは光へ導かれるようマァマを探した。 
マァマぁぁ!!
 必死に探した。ボクの中にはまだマァマの笑顔が活きている。 
『――……真紅。お母さんね、昔からお花畑が好きだったんだぁ。 
 ここはお母さんのお母さんにいつも連れてきてもらった場所なんだよ? ここはお母さんの思い出の場所なんだぁ。――』 
 マァマの言葉が脳裏に浮かぶ。 
マァマ、
 時間が無かった。おそらく後数分でここは地獄と化す。その前に、 
マァマ! どこでしゅか!
 見つけなければならない。しかしボクに応える声、求めた姿はそこに無かった。 

 ――ボクの頭上で光が瞬く。緑が織り成す思い出を、ボクとマァマ2人の楽園を悪魔たちが踏みにじろうとしていた。 
フリーシー、守護の衣を!
【Yes,master!】
 目の前でボクの思い出が欠けていく。火は緑を壊そうと空から降り注いだ。マァマを失った時と何一つ変わらない映像だった。 
 街の人の絶叫、悲痛な叫びが鳴り響く。ボクの周りで仲間たちの泣き声が響いた。 



 今、――ボクは時代を替える。 



もう、
 フリーシーが創りだす蒼き剣『ゲイボルグ』を構えた。 
もう、2度とやらせないでしゅっ!!
 足に、手に、刃にチカラを灯す。 
ぁぁぁぁあ!!!
 跳躍ユニットで空を駆けた。背と足から気流を吐き出す。この世界を汚す火を幾つも切り払う。 
 跳躍ユニットをフルに稼働させ黒き炎を剣で打ち落とす。蒼い空に幾多の血が舞った。罪な事かもしれない。それでもボクは愛しい記憶と大事な仲間を守りたかった。 
マァマ! どこでしゅか?!
 我が家に続く道を目指した。黒煙の臭いを感じながらもそれ以上に見慣れた景色が嬉しかった。故郷の皆と、やっと会えるマァマを想って鼓動が治まらない。抑えられなかった。ボクの足は確実にマァマの元へ近づいている。 
ここはツトム君の家。この桜の木を右に曲がれば!
 視界の先に望む建物、緑に包まれた我が家の前に彼は、そして『そいつ』は居た。 
ちび! 来るんじゃない!
 短く整えられた髪に凛々しい横顔、体中から赤を浴びたその人はボクの家族、守りたかったものの1つ。――『いっか』だった。 
……ふ〜〜ん。君が未識別戦力の正体? ただの女の子じゃあ……ないわけか?

 向かい合う男は燃えるような赤い髪をなびかせ、その腕に長い黒の銃を構えている。その吊り上った口角が嫌にでも目に付いた。そいつはボクを視て笑った。 

その剣の石、あれだろ。『ノアに伝わる3つの輝石』とか云うやつ。裏切りの民、ノアの神秘とか云う。
 ボクを守ろうと『いっか』が前に立つ。それは広くて大きな桜の樹。いつもボクの頭を豪快に張り倒していたボクにとって父親のようなヒトの背中だった。数年ぶりに見た『いっか』は何一つ変わっていない。誰よりも力強く、大好きな横顔だった。 
 こみ上げてくる想いを振り払う。ボクは『いっか』の横に並んだ。 
お前、一体誰でしゅか!
 その青年の尖った肩がコキリと音を立てた。首をカキリ、コ、2度奏でる。 
僕は『ホーム・ホルダー』の管理を司る1人。 
『レッド・ボーイ』、通称ボーイさ。名前なんて元から無いね。
 赤髪の青年を前に『いっか』がボクを押しのけた。流れる血をそのままに笑っている。懐かしいえくぼと歯の白がボクを守ってくれていた。
ちび。……なゆたと一緒に逃げろ!
いっか! そんな体で何が出来るというん、
……行け。お前のマァマが待ってる!
 いっかの腕が左に一本、右に一本、この世界を守るように張り出す。ボクの前には『いっか』の屈する事無き眼差しが在った。 
いっか、……死んだら許さないでしゅよ!
 ボクは振り返らずに駆けた。血の臭いが鼻についても振り切った。 

 ……心配だった。一緒に戦いたかった。けれど、 
 ボクはマァマの元を目指した。それがボクに任されたことだから。大好きな人が望んだことだから。 



 ……空には雨雲が近づいていた。まるで、ボクと『いっか』を飲み込むようにボク達に『黒』が迫っていた。 
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登場人物紹介

『柊なゆた』


158センチ、46キロ。

16歳。女性。


犬耳少女「モカ」を拾った女の子。

趣味は読書。今は「独りの戦士」という作品に夢中。

夢は絵本作家になる事である。


『モカ』


140センチ、37キロ。

16歳。女性。


犬耳カチューシャを付けた女の子。

三種の神器の一つ「紅狗フリーシー」を持つ。

「桜壱貫」とは犬猿の仲。

『桜壱貫』


192センチ、85キロ。

16歳。男性。


文武両道を行く硬派な男の子。

三種の神器の一つ「黒熊ブロウ」を持って戦う。

「なゆた」の幼馴染で、なゆたを心から愛している。


『サトウタカシ』


170センチ、55キロ。

?歳。男性?


DDD団執行部長。謎の人物。



『ブラック・ダド』


190センチ、88キロ。

52歳。男性。


世界を支配した組織「ホーム・ホルダー」のリーダー。


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