【第12話】変わる世界。替える世界。
文字数 3,084文字
【2037年、秋。由香】
外は闇に染まりきっていた。
冷たさに体が強張る。牛乳の瓶はとても、とても重い。
冷たさに体が強張る。牛乳の瓶はとても、とても重い。
お母さんを想った。帰って来ることを信じている。
セーターの布地が肌に刺さるように痛い。
見たことも無い英雄(ヒーロー)を罵った。どうにもこうにも彼女が許せなかった。きっと、彼女のせいだった。みんなみんな『ひいらぎモカ』のせいだった。
両足に冷たい風が降り注ぐ。歯を食いしばって耐える。今気を抜いたら、全てが終わってしまう気がした。
――どれくらいの時間が経っただろう。見渡す風景は何1つ変わらない。
体が思うように動かない。手足が痺れた。力が出ない。――膝から腕、そして頭が重力に抗えない。
それでも手紙と牛乳瓶は放さなかった。この腕だけは世界に反抗した。
体が思うように動かない。手足が痺れた。力が出ない。――膝から腕、そして頭が重力に抗えない。
それでも手紙と牛乳瓶は放さなかった。この腕だけは世界に反抗した。
目蓋を開けていられない。全てが空っぽになったような気分だった。
冷たい大地へ横たわる。
世界はみんな、みんな、わたしに冷たかった。
――何も見えないはずなのに、聞きたくないはずなのに、目蓋の隙間に光が流れ込んだ。霞むような光と、風の音を感じた。
冷たい大地へ横たわる。
世界はみんな、みんな、わたしに冷たかった。
――何も見えないはずなのに、聞きたくないはずなのに、目蓋の隙間に光が流れ込んだ。霞むような光と、風の音を感じた。
足に力が入らない。腕も動かない。
ずれた視界、細く開けた世界にお母さんの足が見えたように思う。
地に沈んだはずのわたしは空へ浮かんでいた。反転した視界で牛乳の白が輝いていた。地平に顔を出した太陽がその白に赤を与えている。
閉じてしまいそうな視界に見知らぬ女の子が映る。その頭には赤茶の犬耳、腰にはわたしの宝物、赤い宝石が見える。
わたしの言葉にモカは笑った。はにかむ笑顔はどこか天使のようにも見えた。世界一のクズだと思ったのに、あんなに罵ったのに。
無かったはずの力が瞳の奥で溢れた。お母さんのようなこの星の重力(ちから)にさえ抗った。最後の、わたしの最後の力だった。わたしは空からモカへ飛びついた。
わたしをお母さんへ預けると、モカお姉ちゃんはその腰の剣を掲げ呼びかけた。
――壊れた世界にモカお姉ちゃんの赤が駆ける。赤い陽と青黒い闇、その全てに抗うようにお姉ちゃんは空を奔った。わたしの持つ手紙へ暁の光が射しこんでいる。
わたしは可笑しくて笑った。涙が出た。だってモカお姉ちゃんはわたしにとっても世界で1番の、
わたしは可笑しくて笑った。涙が出た。だってモカお姉ちゃんはわたしにとっても世界で1番の、
【2034年、春。柊真紅】
風が頬を撫でる。遠く先で朝日が昇ろうとしている。緑の大地に小鳥のさえずりが響く。
在るべき時間から3年前の故郷、まだ平和だった頃の我が家に、……ボクは帰ってきた。
辺りを見渡す。此処はマァマとの思い出の場所だった。お互いの髪に花輪を捧げた場所だった。
在るべき時間から3年前の故郷、まだ平和だった頃の我が家に、……ボクは帰ってきた。
辺りを見渡す。此処はマァマとの思い出の場所だった。お互いの髪に花輪を捧げた場所だった。
ボクは光へ導かれるようマァマを探した。
必死に探した。ボクの中にはまだマァマの笑顔が活きている。
マァマの言葉が脳裏に浮かぶ。
時間が無かった。おそらく後数分でここは地獄と化す。その前に、
見つけなければならない。しかしボクに応える声、求めた姿はそこに無かった。
――ボクの頭上で光が瞬く。緑が織り成す思い出を、ボクとマァマ2人の楽園を悪魔たちが踏みにじろうとしていた。
――ボクの頭上で光が瞬く。緑が織り成す思い出を、ボクとマァマ2人の楽園を悪魔たちが踏みにじろうとしていた。
目の前でボクの思い出が欠けていく。火は緑を壊そうと空から降り注いだ。マァマを失った時と何一つ変わらない映像だった。
街の人の絶叫、悲痛な叫びが鳴り響く。ボクの周りで仲間たちの泣き声が響いた。
今、――ボクは時代を替える。
街の人の絶叫、悲痛な叫びが鳴り響く。ボクの周りで仲間たちの泣き声が響いた。
今、――ボクは時代を替える。
フリーシーが創りだす蒼き剣『ゲイボルグ』を構えた。
足に、手に、刃にチカラを灯す。
跳躍ユニットで空を駆けた。背と足から気流を吐き出す。この世界を汚す火を幾つも切り払う。
跳躍ユニットをフルに稼働させ黒き炎を剣で打ち落とす。蒼い空に幾多の血が舞った。罪な事かもしれない。それでもボクは愛しい記憶と大事な仲間を守りたかった。
跳躍ユニットをフルに稼働させ黒き炎を剣で打ち落とす。蒼い空に幾多の血が舞った。罪な事かもしれない。それでもボクは愛しい記憶と大事な仲間を守りたかった。
我が家に続く道を目指した。黒煙の臭いを感じながらもそれ以上に見慣れた景色が嬉しかった。故郷の皆と、やっと会えるマァマを想って鼓動が治まらない。抑えられなかった。ボクの足は確実にマァマの元へ近づいている。
視界の先に望む建物、緑に包まれた我が家の前に彼は、そして『そいつ』は居た。
短く整えられた髪に凛々しい横顔、体中から赤を浴びたその人はボクの家族、守りたかったものの1つ。――『いっか』だった。
向かい合う男は燃えるような赤い髪をなびかせ、その腕に長い黒の銃を構えている。その吊り上った口角が嫌にでも目に付いた。そいつはボクを視て笑った。
ボクを守ろうと『いっか』が前に立つ。それは広くて大きな桜の樹。いつもボクの頭を豪快に張り倒していたボクにとって父親のようなヒトの背中だった。数年ぶりに見た『いっか』は何一つ変わっていない。誰よりも力強く、大好きな横顔だった。
こみ上げてくる想いを振り払う。ボクは『いっか』の横に並んだ。
こみ上げてくる想いを振り払う。ボクは『いっか』の横に並んだ。
その青年の尖った肩がコキリと音を立てた。首をカキリ、コ、2度奏でる。
赤髪の青年を前に『いっか』がボクを押しのけた。流れる血をそのままに笑っている。懐かしいえくぼと歯の白がボクを守ってくれていた。
いっかの腕が左に一本、右に一本、この世界を守るように張り出す。ボクの前には『いっか』の屈する事無き眼差しが在った。
ボクは振り返らずに駆けた。血の臭いが鼻についても振り切った。
……心配だった。一緒に戦いたかった。けれど、
ボクはマァマの元を目指した。それがボクに任されたことだから。大好きな人が望んだことだから。
……空には雨雲が近づいていた。まるで、ボクと『いっか』を飲み込むようにボク達に『黒』が迫っていた。
……心配だった。一緒に戦いたかった。けれど、
ボクはマァマの元を目指した。それがボクに任されたことだから。大好きな人が望んだことだから。
……空には雨雲が近づいていた。まるで、ボクと『いっか』を飲み込むようにボク達に『黒』が迫っていた。