【第4話】嗚呼、日常。
文字数 1,916文字
ふわふわとした甘い香りが鼻をくすぐる。色とりどりの料理がダイニングテーブルを賑わせている。私の向かいには卓の隅々を眺め回す『モカ』ちゃんが居る。その目は眩しそうに瞬いた。
『モカ』ちゃんはお母さんに確認をとると、ほうれん草の御浸しを口に含んだ。もぎゅもぎゅとおもむろに咀嚼している。
瞳を閉じて波打つ口元を両手で押さえている。その頭部の犬耳がぱたぱたと室内へ風を送っていた。
食事の邪魔かも。そう思ったけれど言葉を投げかけた。
『モカ』ちゃんは顔を上げて満面の笑みで応える。覗いた八重歯にはほうれん草の緑色が張り付いていた。
極めて一般的な質問を行う。昨夜から今朝未明にかけて起きたこと諸々を、だ。
しかし、『モカ』ちゃんはまつ毛を瞬かせ、きょとんと私を見つめている。
斜め右の席、己の母親である『柊真衣』へと問う相手を変える。
お母さんは子供みたいに口元にご飯を張り付けている。しかし、それに一切気付く事無くにこやかに私を見ていた。
お母さんもまた、質問の意味を理解出来ていないらしい。モカちゃん同様、顔を傾け不思議そうな目で私を見ている。
お母さんは満面の笑みで私達を見渡した。その両手にはおかずの乗った大皿が燦然と輝いている。
……もしかして、
この2人が実の親子で、私『柊なゆた』が異端児なのだろうか。私が異常なのか? い、否、で、でも。
茶碗を片手に私は考え込んでしまった。
この2人が実の親子で、私『柊なゆた』が異端児なのだろうか。私が異常なのか? い、否、で、でも。
茶碗を片手に私は考え込んでしまった。
私は昨夜から今朝にかけての出来事を、キッチンで鼻歌を歌っていたお母さん『柊真衣』に説明してある。
テレビが映す6時のニュースは『全国的に晴れるであろう』と報じている。
普通普遍な日常の一コマだ。
『モカ』ちゃんの不可思議とテレビの現実を照らし合わせ、不意に目眩に襲われる。
普通普遍な日常の一コマだ。
『モカ』ちゃんの不可思議とテレビの現実を照らし合わせ、不意に目眩に襲われる。
気持ちを切り替えたい。そういうわけではないけど天気予報を延々と観る気にもなれずチャンネルを切り替える。
巷で人気のアイドル、その醜聞映像が流れた。しかし私はこの手の話もアイドル云々も好きではない。記者の焚くフラッシュの雨にもウンザリした。リモコンのスイッチを押しつぶす。
戦隊アニメ、その前口上が流れた。口に含んだ卵焼きのトロミをそのままに、慌てて時間を確認する。
【7:28】
あと2分で1週間で1番の楽しみが始まってしまう!
【7:28】
あと2分で1週間で1番の楽しみが始まってしまう!
食事も半端にテレビへと向き合う。画面にレッドとグリーン、それぞれのタイツが映えている。
『ヘタレレッド』が山の頂でお決まりのポーズ、そして服の清潔感を熱くアピールする。そんな『ヘタレレッド』の前にフレームイン、ミドリムシこと『ヘタレグリーン』が指先をワキワキと振るわせながら迫る。
『ヘタレレッド』が(何故か山頂を)通りがかった人を(何故か)執事と見破り勧誘する。
その執事、ボケているのか熱く応える。
超必殺技を放とうとした『レッド』が『グリーン』に脇を撫でられ谷の下へと落ちていく。ここまで僅か3分足らず。『レッド』の悲痛な叫びと共に『傲慢戦隊ヘタレンジャー』の文字が画面を駆けた。
オープニングソングを背景に『レッド』が谷底へ落ちてゆく。その後特撮番組特有の大爆発が画面に満ちた。
オープニングソングを背景に『レッド』が谷底へ落ちてゆく。その後特撮番組特有の大爆発が画面に満ちた。
頬が緩む。
嗚呼、――世界はなんて平和なんだろう。
嗚呼、――世界はなんて平和なんだろう。