【第11話】導きの園へ。

文字数 2,478文字

【2037年、秋。1人の少女】 
 ホーム・ホルダーに占領されたアフリカの旧首都、ここにわたしは住んでいる。お父さんから届いた手紙を持って救われる日を待っている。 
【地球の民には理解しえない技術を私はこの星へ遺した。由香(ゆか)もそれを知っていると思う。 
 連動する時の合間を渡る技術『タイムウォーク』だ。 
 私はこの技術と管理を信頼できる『ノアの民』、法の執行者たる『導きの園』に委ねた。 
 そして私は『タイムウォーク』の技術を伝えた後、姿を隠した。 
 みんなは私を疑っているかもしれないね。色々噂しているんじゃないかな? 
 由香、私はココに真実を記すよ。 
 私は由香を、そしてお母さんを守るために、ノアを捨てたんだ。由香とお母さんだけを守るために生きようと決めたんだよ。 
 私は必ず帰ってくる。だからお願いだ。それまでお母さんを助けてあげてね】 
 手紙を捨てようと何度も思った。わたしは何度もお父さんを疑った。本当はお父さんを心から信じたかった。けれど救いの手は未だ無い。わたしは縋るようにこの手紙を持ち続けた。 
 わたしが悲しい時、お母さんはいつも1人の女の子の話をしてくれた。お母さんの『ヒーロー』なのだそうだ。 
 わたしの手には3つのキレイな石がある。お父さんから託されたわたしの宝物だった。 
由香、『なゆちゃん王国』っていう国には1人の女の子が住んでいるの。母親を守れなくて泣いていた女の子が。
 わたしは赤い石を手にお母さんへ問いかけた。 
なんでその子は母親を守れなかったの?
 母親を守れなかった理由、それが分からなくて何度も聞いた。お母さんが青い石を手におどけながら答える。 
その女の子は世界を敵にまわしたの。世界を、正義を敵にまわしたから母親を守れなかったの。 
 けどね。その女の子は母親の意志を継いでお母さん達を守るために戦っているの! お母さんのヒーローなの! 1番強いの!
 わたしは訊ねた。そのヒーローの名前が知りたかった。お母さんの信じたヒーローの名を知りたかった。 
その、その女の子の名前は?
 お母さんは祈るように空を見上げて、黒い石を握りしめる。 
柊真紅(ひいらぎ まあか)。すごく可憐で、誰よりも、……誰よりも強い女の子よ。
 わたしはその名前を反芻した。確かめるように呟く。 
ひいらぎモカ?
 お母さんは笑いながら応えた。3つの石を袋に詰めてわたしへ手渡す。この髪を指で梳いてくれた。 

 どうしてだろう。お母さんは祈るように瞳を閉じた。何故だろう。その腕が小刻みに震えている。 
そうね、モカちゃんよ。お母さんも由香の為に、モカちゃんみたいに、強く、……強く生きてみるからね!


 ――その夜、お母さんは家に帰って来なかった。お隣に住むおじさんがわたしを家から連れ出そうとする。 
 わたしは拒んだ。ここに居ないとお母さんが心配する。それに此処に居ればいつものようにお母さんがミルクを持って来てくれる。また明日から2人でお父さんを待つのだ。温めたミルクを飲みながらずっと待つのだ。 


 ……3時間と少し時が経った頃、『ホーム・ホルダー』の施設に爆発が起こった。町の人は皆、この街から去っていた。 

 闇の中、わたしはカラのビンを抱いて待った。 
 石の入っていた袋はいつの間にか消えてしまった。 
 誰か、誰か大事なヒトに託したような気もする。それがいつの事だったかわたしは覚えていない。 

 わたしはただお母さんの無事を願った。 



 待って、待ち続けて、……夜が明けるのをひたすらに祈った。
【2037年? ルーク・バンデット】 
――ボクを過去に送ってくだしゃい!
 決まった時間を持たないこの『導きの園』へ彼女は『園のパス』であるコインを持って現れた。彼女の言葉に皆が当惑し、そして呆れた。犬耳の彼女は自らの犯罪に『加担しろ』と、我らへ言っていたのだから。 
真紅の狩人、柊真紅(ひいらぎ まあか)さんですね?
 私は目の前の少女を知っている。21世紀前期、世界の支配者たる『ホーム・ホルダー』の治世に反して、処分される生き物を、人々を救っている戦士だ。三種の神器が壱『紅狗フリーシー』の纏い手としても名を知っている。 
 あの時代を知るものであればその名前を知らぬモノは、1人として、1匹として居なかっただろう。 
『ホーム・ホルダー』の管理下において『駆逐されるべき獣』とも報道されている。 
真紅さん、何故過去に飛びたいのですか?
 その瞳は私達へ必死に言い募った。 
マァマを助けるんでしゅ。過去に渡ってマァマを救うんでしゅ!
 彼女の言葉に、園の民は誰1人として答えることをしなかった。私とて同じ。しかし一蹴することも出来なかった。……目の前の少女は、あの時間軸における希望だ。『ホーム』に選ばれなかった生き物が望む、最後の可能性だったのかもしれない。 

『導きの園』は『ノア』が地球へ遺した完全中立の機関である。時間軸、過去、未来における介入を妨げ、時の流れ、その平穏を保つための公的機関だ。 
 我が同胞『マイク・ミーシャ』が少女の言葉をはねのけた。 
馬鹿なことを。ここは完全中立の園だ。……早々に帰りなさい。
『マイク』の言葉こそ我らにとって正しいモノだ。しかし広間に集った多くの瞳が私へ語っていた。 

『助けよう!』『彼女を行かせよう!』訴えかける眼差しが私の前に数多く在った。 

『マイク』は針のように逆立てた髪を揺らす事無く、真紅へ背を向けている。彼は『ホーム・ホルダー』の統治した世界に妻と子を残していた。彼の心中を思うと頭が痛む。 
『導きの園』の構成員たる皆を前に、真紅少女の眼はただ前を見据えていた。 
 我等は此処に1つの決定を下した。交わし合った眼差しで分かり合った。想うことは、叶えてみたいと思ったことはつまるところ皆が同じだったのだ。身体震わすマイクの肩を軽く叩いた。 
柊真紅。この地における夜半過ぎにもう1度来なさい。
 時間を司る私達大人は幼い戦士を見送った。 
 涙流し頭下げるその子が地平の先へ消えていくまで、……私達は彼女を見守った。 
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登場人物紹介

『柊なゆた』


158センチ、46キロ。

16歳。女性。


犬耳少女「モカ」を拾った女の子。

趣味は読書。今は「独りの戦士」という作品に夢中。

夢は絵本作家になる事である。


『モカ』


140センチ、37キロ。

16歳。女性。


犬耳カチューシャを付けた女の子。

三種の神器の一つ「紅狗フリーシー」を持つ。

「桜壱貫」とは犬猿の仲。

『桜壱貫』


192センチ、85キロ。

16歳。男性。


文武両道を行く硬派な男の子。

三種の神器の一つ「黒熊ブロウ」を持って戦う。

「なゆた」の幼馴染で、なゆたを心から愛している。


『サトウタカシ』


170センチ、55キロ。

?歳。男性?


DDD団執行部長。謎の人物。



『ブラック・ダド』


190センチ、88キロ。

52歳。男性。


世界を支配した組織「ホーム・ホルダー」のリーダー。


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