【第13話】出会い、再び。
文字数 3,849文字
家の敷地へ飛び込む。眼の前に居たのは探し求めたマァマだった。マァマが青い石を宿した剣を巨大ロボットへ向けて振るう。
剣を手にマァマが奔る。その傍らには友達が横たわっていた。火を伴う風に睫毛を泳がせてその子は眠っていた。
蒼い服を靡かせ、マァマは剣を振り続けた。
蒼い服を靡かせ、マァマは剣を振り続けた。
大柄な彼も皆と同じように部屋の隅で眠っている。
その瞳が開くことは、もうきっと2度と無い。
その瞳が開くことは、もうきっと2度と無い。
みんな、みんな眠っていた。
マァマが巨大兵器を切り払う。涙を流し全てを斬り続けた。
マァマが巨大兵器を切り払う。涙を流し全てを斬り続けた。
ファジーが生み出した金の長弓、その長いアーチにマァマは蒼の剣を固定する。その剣先を雪崩るように迫る『ホーム・ホルダー』の軍団へと翳した。
マァマは重なり合った剣と弓の握り手を振りきる。
彼方へと延びる剣のアーチが全てを断った。マァマの振り切った光は眼に映る世界を、1軍隊ごと――両断していた。
彼方へと延びる剣のアーチが全てを断った。マァマの振り切った光は眼に映る世界を、1軍隊ごと――両断していた。
マァマの脚がゆっくりと地に着く。ボクの前で、全てを癒すようにスカートのフリルが揺れていた。その瞳には涙が溢れ、悲しみにピンクの唇が歪んでいた。
マァマがボクに気付き振り返る。
その一瞬だった。……黒い悪意がマァマを――……貫いて――……いた。
その一瞬だった。……黒い悪意がマァマを――……貫いて――……いた。
目の前で崩れていくマァマの姿に、ボクの全てが無くなった。右に立つ『アレ』の口元に向かい刃を振るう。避けた男のその腕を叩き斬り、ボクは踏みにじった。
その銃を掴み、右の足を撃った。
震えるその汚い赤を何度も撃った。殺さず撃ち続けた。
ボクはその黒い銃を握りつぶしていた。
【2034年、春。桜壱貫】
幾百の手勢に足止めされ到着が遅れた。逃がしてしまった『レッド・ボーイ』は無残にも四肢を失っている。兵士達に抱きかかえられ赤い船で空へと去っていった。
たどり着いた我が家も壊滅的だった。一面が赤い体液に塗れている。皆、あの『ちび』に斬られていた。
たどり着いた我が家も壊滅的だった。一面が赤い体液に塗れている。皆、あの『ちび』に斬られていた。
『ちび』へと続く道を歩いた。その切っ先を掲げた鋼材で受け止める。弾き、そして俺は『ちび』を抱いた。頭を撫でる。振り上げた彼女の手が赤く染まった剣を落とした。
抱き留める。愛おしさを娘のようなこの子に伝えたかった。
正気に返ったのだろう。泣き叫ぶ『ちび』を再び抱きしめる。抱き寄せ、消えていく『なゆた』を俺達は見守った。
時間を弄られたのかもしれない。過去が替わった代償として『なゆた』は消えていくのかもしれなかった。
胸の中で泣く『ちび』も『なゆた』のように輝き始めた。この世界の正義は『ちび』が生きることを望まなかった。
『ちび』は涙を零し、己の母を求めた。
……俺に出来ることはもはや何も無かった。
……俺に出来ることはもはや何も無かった。
その時だ。大地を転がるように駆け覆面の男がやって来た。暑苦しい黒スーツを纏ってそいつが俺達へ駆け寄る。
拳を突き出す。
――マスク越しに鮮血が舞う。黒い、その覆面が弾け飛んだ。
――マスク越しに鮮血が舞う。黒い、その覆面が弾け飛んだ。
現れた素顔に、俺は思わず言葉を失った。
俺の目に映った顔は、とても見知ったヒトのものだった。『彼女』は言った。流れる鼻血をものともせずに俺へ言う。
俺の目に映った顔は、とても見知ったヒトのものだった。『彼女』は言った。流れる鼻血をものともせずに俺へ言う。
懐かしい、その甘ったるい声に泣きたくなる想いだった。だが彼女の青い目はそれを拒絶した。
『ちび』へと指を差し伸ばす。白く眩い指輪をその傷ついた指へと通した。
淡い光がそこには在った。この世界へ『ちび』の重さが帰ってくる。俺の腕の中でその胸が鼓動を伝えてくる。
彼女は慌てて覆面を被りなおすと、照れるように頭を掻いた。俺と『ちび』を交互に見渡し話し出した。
『ちび』へと指を差し伸ばす。白く眩い指輪をその傷ついた指へと通した。
淡い光がそこには在った。この世界へ『ちび』の重さが帰ってくる。俺の腕の中でその胸が鼓動を伝えてくる。
彼女は慌てて覆面を被りなおすと、照れるように頭を掻いた。俺と『ちび』を交互に見渡し話し出した。
『ちび』は彼女へぎこちなく笑った。
覆面の彼女は足早に去っていく。
……軽やかに、そして幸せそうに揺れる背中は彼女が『俺の知っている彼女』では無かったことを伝えていた。
覆面のヒトを見守るのもつかの間、ちびが俺の腕の中で暴れだした。その頬は幾多の傷を負って、焼けるように火照っている。
……軽やかに、そして幸せそうに揺れる背中は彼女が『俺の知っている彼女』では無かったことを伝えていた。
覆面のヒトを見守るのもつかの間、ちびが俺の腕の中で暴れだした。その頬は幾多の傷を負って、焼けるように火照っている。
俺は、真っ赤になって抵抗するちびを強く抱いた。この胸を叩き続けたちびがようやく落ち着きを見せた頃、……俺は『ちび』へと笑ってみせた。
ちびが顔を上げる事は無かった。
遠くに、時空を管理する中立の紋章、麦の穂を示す旗が見えた。
10数人の団体は散開することなく歩を進め、1人2人と集まってきた人へ物資を配っている。
そして何故かこちらへ向かってくる数人が居た。
10数人の団体は散開することなく歩を進め、1人2人と集まってきた人へ物資を配っている。
そして何故かこちらへ向かってくる数人が居た。
『ちび』が俺を見上げてくる。強くこの身を抱きしめ、
――そして『ちび』は彼らと共に行ってしまった。
――そして『ちび』は彼らと共に行ってしまった。
夕日の中を一隻の船が駆けていく。流れる雲を突き抜け、無限の空へと去っていく。
陽の影を歩み遙か高い空を仰いだ。
ちびの無事を願った、のだが……、
陽の影を歩み遙か高い空を仰いだ。
ちびの無事を願った、のだが……、
意思とは裏腹に笑いが込み上げる。頬を叩く。俺は何を心配しているのだろう?
『この俺、桜壱貫の育てた娘が――』
……誰かに、いや、巨大な何ものかに負けることがあるというのか?
大声で笑った。先ほどの己が問いに、俺はいつでも答えてやれる。
『この俺、桜壱貫の育てた娘が――』
……誰かに、いや、巨大な何ものかに負けることがあるというのか?
大声で笑った。先ほどの己が問いに、俺はいつでも答えてやれる。
太陽が落ちる間際、茜色の雲を眺めた。――風に両の頬がやたらと染みる。それがどうにも可笑く思えた。
【2015年、春。柊真紅】
幾つもの時間を経てボクは辿り着いた。マァマが消えた時間から19年前、ボクがまだ生まれてもいない時代へと。
この世界の空はため息が出るほど綺麗だった。
一面に広がる夜空をボクは眺める。流れ続ける景色を見上げその美しさにため息を吐いた。
この世界の空はため息が出るほど綺麗だった。
一面に広がる夜空をボクは眺める。流れ続ける景色を見上げその美しさにため息を吐いた。
星は煌めくばかり、優しく笑いかけるだけだった。
路上を黒猫が歩いていた。生き生きとした瞳にボクはあの頃のマァマを重ねていた。
黒猫は答えない。闇の中へと帰っていく。
脇へ並ぶ空き缶が目に映る。ボクは彼にも話しかけた。
脇へ並ぶ空き缶が目に映る。ボクは彼にも話しかけた。
キミの名前、ボクが借りてもいいでしゅか?
キミの名前をボクに、少しだけ使わせてくだしゃい。きっと、きっといつか、
マァマに言えるようにするでしゅから。ボクがマァマの子供でしゅよ。『柊真紅(ひいらぎ まあか)』なんでしゅよ、って。
キミの名前をボクに、少しだけ使わせてくだしゃい。きっと、きっといつか、
マァマに言えるようにするでしゅから。ボクがマァマの子供でしゅよ。『柊真紅(ひいらぎ まあか)』なんでしゅよ、って。
コーヒー飲料である『モカ』君はボクの問いに答えない。ただ、電灯の明かりに瞬いただけだった。ちょこんと頭を下げてみる。
まだ逢っても居ない、知らない母(ひと)だけれど、真紅と名乗るのは、貴女の娘だと名乗るのは、どうしてだろう、……ボクにはとても怖かった。
だから、その無機質な笑みに甘えてしまった。
まだ逢っても居ない、知らない母(ひと)だけれど、真紅と名乗るのは、貴女の娘だと名乗るのは、どうしてだろう、……ボクにはとても怖かった。
だから、その無機質な笑みに甘えてしまった。
彼が笑っているように見えたから、ボクは慌てて目尻を擦る。
……大丈夫。ボクはまだ頑張れる。
……大丈夫。ボクはまだ頑張れる。
目蓋を伏せる。
ぶっち、みぃちゃん、パブロフ。みんな、みんな元気にしているだろうか。
気になって仕方が無い。再びみんなに逢える。そう思うだけで胸の高鳴りが抑えられない。
月を見て思い出した。彼のふてぶてしくも逞しい笑顔、曲がらない生き方を。今、あの人はどうしているのだろう。マァマを困らせてはいないだろうか。
ぶっち、みぃちゃん、パブロフ。みんな、みんな元気にしているだろうか。
気になって仕方が無い。再びみんなに逢える。そう思うだけで胸の高鳴りが抑えられない。
月を見て思い出した。彼のふてぶてしくも逞しい笑顔、曲がらない生き方を。今、あの人はどうしているのだろう。マァマを困らせてはいないだろうか。
瞳を閉じ眠気に身を委ねる。この世界はとても平和だった。
涙が溢れる。もう零さないと誓ったのに、勝手に出ていた。
……母の笑顔が、あの人の太腕が愛しくて、止めたくても零れるものが止まらない。
……母の笑顔が、あの人の太腕が愛しくて、止めたくても零れるものが止まらない。
外から探るような呟きが聞こえる。
――とても眠かった。
――とても眠かった。
半ば閉じた視界にあどけない顔の少女が映る。……そのえくぼには見覚えがあった。
その大きな黒い瞳をボクが忘れるわけは無い。絶対に間違えるわけがなかった。
目を開ける。その顔を意識へ深く刻み込む。
……腕を伸ばした。
マァマ、『柊なゆた』が戸惑いつつもこの手を掴んだ。
ボクは少女『柊なゆた』に微笑みかけた。