【第13話】出会い、再び。

文字数 3,849文字

 家の敷地へ飛び込む。眼の前に居たのは探し求めたマァマだった。マァマが青い石を宿した剣を巨大ロボットへ向けて振るう。 
みぃちゃんの仇だぁ!!
 剣を手にマァマが奔る。その傍らには友達が横たわっていた。火を伴う風に睫毛を泳がせてその子は眠っていた。 

 蒼い服を靡かせ、マァマは剣を振り続けた。 
これはパブロフのだぁぁぁ!
 大柄な彼も皆と同じように部屋の隅で眠っている。 
 その瞳が開くことは、もうきっと2度と無い。 
……ぶっち。……シロくん。し、……しまちゃん?
 みんな、みんな眠っていた。 

 マァマが巨大兵器を切り払う。涙を流し全てを斬り続けた。 
『ファジー』、蒼弓ラ・ピュセル用意だよっ!
【OK! なゆちゃんっ!】 
 ファジーが生み出した金の長弓、その長いアーチにマァマは蒼の剣を固定する。その剣先を雪崩るように迫る『ホーム・ホルダー』の軍団へと翳した。 
そしてこれは、みんなの仇だあああ!!
 マァマは重なり合った剣と弓の握り手を振りきる。 
 彼方へと延びる剣のアーチが全てを断った。マァマの振り切った光は眼に映る世界を、1軍隊ごと――両断していた。 
 マァマの脚がゆっくりと地に着く。ボクの前で、全てを癒すようにスカートのフリルが揺れていた。その瞳には涙が溢れ、悲しみにピンクの唇が歪んでいた。 
マァマ、会いたかっ……
 マァマがボクに気付き振り返る。 

 その一瞬だった。……黒い悪意がマァマを――……貫いて――……いた。 
聖母『柊なゆた』はこの僕『レッド・ボーイ』が、狩らせてもらった!
 目の前で崩れていくマァマの姿に、ボクの全てが無くなった。右に立つ『アレ』の口元に向かい刃を振るう。避けた男のその腕を叩き斬り、ボクは踏みにじった。 
お、お前、ぼ、僕の腕を!!
 その銃を掴み、右の足を撃った。 
が! ガぁ!
 震えるその汚い赤を何度も撃った。殺さず撃ち続けた。 
お、お前、よ、よくも僕に向かってこんな真似を!
 ボクはその黒い銃を握りつぶしていた。 
【2034年、春。桜壱貫】 
 幾百の手勢に足止めされ到着が遅れた。逃がしてしまった『レッド・ボーイ』は無残にも四肢を失っている。兵士達に抱きかかえられ赤い船で空へと去っていった。 
 たどり着いた我が家も壊滅的だった。一面が赤い体液に塗れている。皆、あの『ちび』に斬られていた。 
『ちび』へと続く道を歩いた。その切っ先を掲げた鋼材で受け止める。弾き、そして俺は『ちび』を抱いた。頭を撫でる。振り上げた彼女の手が赤く染まった剣を落とした。 
まぁま、
 抱き留める。愛おしさを娘のようなこの子に伝えたかった。
……いっか? マァマが。ま、マァマが!
 正気に返ったのだろう。泣き叫ぶ『ちび』を再び抱きしめる。抱き寄せ、消えていく『なゆた』を俺達は見守った。 
 時間を弄られたのかもしれない。過去が替わった代償として『なゆた』は消えていくのかもしれなかった。 
ボクはどうすればいいでしゅか、どうすれば、ど、どうしたら、
 胸の中で泣く『ちび』も『なゆた』のように輝き始めた。この世界の正義は『ちび』が生きることを望まなかった。 
まぁま……
『ちび』は涙を零し、己の母を求めた。 
 ……俺に出来ることはもはや何も無かった。 
 その時だ。大地を転がるように駆け覆面の男がやって来た。暑苦しい黒スーツを纏ってそいつが俺達へ駆け寄る。 
誰かのために、どんな事でも、ど根性!! そこのお兄さん、楽しい、夢のような新聞は如何でしょう?
 拳を突き出す。 

 ――マスク越しに鮮血が舞う。黒い、その覆面が弾け飛んだ。 
……。
 現れた素顔に、俺は思わず言葉を失った。 

 俺の目に映った顔は、とても見知ったヒトのものだった。『彼女』は言った。流れる鼻血をものともせずに俺へ言う。 
いっくん、この指輪を真紅(まあか)ちゃんの指へ! 早く!
 懐かしい、その甘ったるい声に泣きたくなる想いだった。だが彼女の青い目はそれを拒絶した。 
『ちび』へと指を差し伸ばす。白く眩い指輪をその傷ついた指へと通した。 



 淡い光がそこには在った。この世界へ『ちび』の重さが帰ってくる。俺の腕の中でその胸が鼓動を伝えてくる。 

 彼女は慌てて覆面を被りなおすと、照れるように頭を掻いた。俺と『ちび』を交互に見渡し話し出した。 
我々DDD団は新聞配達もお仕事でして、時間軸の干渉から己を守るこの『存在の石』をあと2つ程用意します。ですので、1ヶ月、試しにご契約しませんか?
ぼ、ボクは、何も持ってましぇん。
なら、スマイルを1つお願いします♪
……。
『ちび』は彼女へぎこちなく笑った。 
ご契約ありがとう御座います。それではこれを!
 覆面の彼女は足早に去っていく。 
 ……軽やかに、そして幸せそうに揺れる背中は彼女が『俺の知っている彼女』では無かったことを伝えていた。 

 覆面のヒトを見守るのもつかの間、ちびが俺の腕の中で暴れだした。その頬は幾多の傷を負って、焼けるように火照っている。 
い、いっか離れるでしゅ。ぼ、ボクは……、
 俺は、真っ赤になって抵抗するちびを強く抱いた。この胸を叩き続けたちびがようやく落ち着きを見せた頃、……俺は『ちび』へと笑ってみせた。 
……無事で良かったな。
……。
 ちびが顔を上げる事は無かった。 
 遠くに、時空を管理する中立の紋章、麦の穂を示す旗が見えた。 
 10数人の団体は散開することなく歩を進め、1人2人と集まってきた人へ物資を配っている。 
 そして何故かこちらへ向かってくる数人が居た。 

……。
『ちび』が俺を見上げてくる。強くこの身を抱きしめ、 
 ――そして『ちび』は彼らと共に行ってしまった。 
 夕日の中を一隻の船が駆けていく。流れる雲を突き抜け、無限の空へと去っていく。 

 陽の影を歩み遙か高い空を仰いだ。 
 ちびの無事を願った、のだが……、 
……。
 意思とは裏腹に笑いが込み上げる。頬を叩く。俺は何を心配しているのだろう? 

『この俺、桜壱貫の育てた娘が――』 

 ……誰かに、いや、巨大な何ものかに負けることがあるというのか? 
 大声で笑った。先ほどの己が問いに、俺はいつでも答えてやれる。 
……負ける訳が無い。
 太陽が落ちる間際、茜色の雲を眺めた。――風に両の頬がやたらと染みる。それがどうにも可笑く思えた。 
【2015年、春。柊真紅】 
 幾つもの時間を経てボクは辿り着いた。マァマが消えた時間から19年前、ボクがまだ生まれてもいない時代へと。 
 この世界の空はため息が出るほど綺麗だった。 
 一面に広がる夜空をボクは眺める。流れ続ける景色を見上げその美しさにため息を吐いた。 
マァマの名前、柊なぅた言うんでしゅよ。知ってましたか?
 星は煌めくばかり、優しく笑いかけるだけだった。 
本当に来てくれるでしょかね? ボクのこと、また、 
 ……あの時みたいに拾ってくだしゃいましゅかね?
 路上を黒猫が歩いていた。生き生きとした瞳にボクはあの頃のマァマを重ねていた。 
マァマはボクを見てどんなお顔をするでしょね。驚くでしょか? 好きになってくれるでしょか?
 黒猫は答えない。闇の中へと帰っていく。 
 脇へ並ぶ空き缶が目に映る。ボクは彼にも話しかけた。 
キミの名前、ボクが借りてもいいでしゅか? 
 キミの名前をボクに、少しだけ使わせてくだしゃい。きっと、きっといつか、 
 マァマに言えるようにするでしゅから。ボクがマァマの子供でしゅよ。『柊真紅(ひいらぎ まあか)』なんでしゅよ、って。
 コーヒー飲料である『モカ』君はボクの問いに答えない。ただ、電灯の明かりに瞬いただけだった。ちょこんと頭を下げてみる。 

 まだ逢っても居ない、知らない母(ひと)だけれど、真紅と名乗るのは、貴女の娘だと名乗るのは、どうしてだろう、……ボクにはとても怖かった。 
 だから、その無機質な笑みに甘えてしまった。 
……ありがと。モカ君。
 彼が笑っているように見えたから、ボクは慌てて目尻を擦る。 
 ……大丈夫。ボクはまだ頑張れる。 
ありがと。……でしゅ。
 目蓋を伏せる。 

 ぶっち、みぃちゃん、パブロフ。みんな、みんな元気にしているだろうか。 
 気になって仕方が無い。再びみんなに逢える。そう思うだけで胸の高鳴りが抑えられない。 
 月を見て思い出した。彼のふてぶてしくも逞しい笑顔、曲がらない生き方を。今、あの人はどうしているのだろう。マァマを困らせてはいないだろうか。 
……マァマ。
 瞳を閉じ眠気に身を委ねる。この世界はとても平和だった。 
【――真紅。真紅、起きてよぉ。今日の朝ごはんは、なゆちゃん特製オムライスなんだよ。 
 いっくんと先に食べちゃうよぉ?】 
……。
 涙が溢れる。もう零さないと誓ったのに、勝手に出ていた。 
 ……母の笑顔が、あの人の太腕が愛しくて、止めたくても零れるものが止まらない。 




――……猫と出るか。犬と出るか? ――
 外から探るような呟きが聞こえる。 
 ――とても眠かった。 
お出でませっ!
 半ば閉じた視界にあどけない顔の少女が映る。……そのえくぼには見覚えがあった。 
お、女の子を捨てるなぁ!!
 その大きな黒い瞳をボクが忘れるわけは無い。絶対に間違えるわけがなかった。 
……。
 目を開ける。その顔を意識へ深く刻み込む。 
……。
 ……腕を伸ばした。 
……。
 マァマ、『柊なゆた』が戸惑いつつもこの手を掴んだ。 



……ボクを、拾ってくだしゃいますか?
 ボクは少女『柊なゆた』に微笑みかけた。 
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登場人物紹介

『柊なゆた』


158センチ、46キロ。

16歳。女性。


犬耳少女「モカ」を拾った女の子。

趣味は読書。今は「独りの戦士」という作品に夢中。

夢は絵本作家になる事である。


『モカ』


140センチ、37キロ。

16歳。女性。


犬耳カチューシャを付けた女の子。

三種の神器の一つ「紅狗フリーシー」を持つ。

「桜壱貫」とは犬猿の仲。

『桜壱貫』


192センチ、85キロ。

16歳。男性。


文武両道を行く硬派な男の子。

三種の神器の一つ「黒熊ブロウ」を持って戦う。

「なゆた」の幼馴染で、なゆたを心から愛している。


『サトウタカシ』


170センチ、55キロ。

?歳。男性?


DDD団執行部長。謎の人物。



『ブラック・ダド』


190センチ、88キロ。

52歳。男性。


世界を支配した組織「ホーム・ホルダー」のリーダー。


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