七 俺達の居る場所は明快だ

文字数 4,757文字

 真っ暗闇。嫌でも分かる。二度と訪問したくない場所第一位にいるのは明白。

「上に引っ張られた。刀輪田の仕業だ」
 姿見えぬ大蔵司の声がした。
「ニョロ輔、踏ん張れ」

 俺は覚醒の杖を握りしめたまま。すがるべき女子は心の声オンリーだから手放すわけにはいかない。

「だからその名前はやめろ」
 冥界だろうと人の声で言う。ニョロだらけでは混乱が待っている……。引っ張られただと? あのオヤジはサルベージできるのか。

 うっすらぼんやり青白く照らされた。

「とやあ!」

 忌むべき掛け声一閃が暗黒を揺るがす。

「断ち切った。逃げるぞ」
「丸茂すげえ。おばさん超えたじゃね?」
「師匠をおばさん言うな」
「何を切った?」

 こちらから質問しないと魔道士陰陽士は教えてくれない。それくらいは覚えている。

「だけど使い魔が追っている。ここで戦うのはまずいかも。大蔵司はしめ縄やれ」
「気づけるんだ。思玲みたい。空封。やっぱり丸茂と一度寝たい。そして地封」
「その気はない」

 俺の言葉などスルーされる。それだって覚えている。……サソリがハカ。ガラガラヘビがサンド。はかなげな白人の女の子がドイメだったよな。
 真っ暗闇だと冷静になれる俺。話の流れから、史乃が切ったのは刀輪田のサルベージの力だろう。そして俺達はミミズの頭上で丸に十字のしめ縄に囲まれて、冥界を当て所なく逃げるのか。

「ミミズの名前を変えろ!」まずはそれからだ。「ひいっ」

 暗黒が更に青く照らされた。史乃の剣が俺に向けられていた。

「殺気をだすな。反応しちゃっただろ」
「お、俺に殺意なんか」
「松本が怒るともっとずっと怖い。だから戒名する」

 大蔵司の整った顔もスタイルも照らされていた。戒名でなく改名だろ……彼女は真剣な顔になる。

土彦(つちひこ)なんてどうだろう」

 センスも教養も感じられないネーミングだ。だけど巨大ミミズが体をうねらせた。喜んでいる。ひとつ解決した。

「ミミズは雌雄同体だろ」
「土彦は雄寄りぽい。無口だし、いい男かも」
 女子二人がどうでもよい会話をしているが。

「ニョロ子はいるの?」
 これで混乱せずに声かけられる。でも返事がない。

「土彦に乗ってなきゃ冥界に来れるはずないだろ」
「ツチノコみたいな体をさあ、こっちの世界に来た主に見せたくないんじゃね」

 大蔵司が悪態つき史乃がくすくす笑うけど、あの子はそんなにナイーブじゃない。裸体をさらそうが死地に生を見いだすくノ一だ。同行できなかったならば、今の俺を救うに最善をするはず。それはドロシーを呼ぶこと。つまりニョロ子まで四川省に向かってしまう。四泊もしないだろうけど……。
 こんな状況だろうと俺は窮地でない。俺は女子二人を信じる。

 俺を財布にした女と、胸を無理やり揉ませた女を?

「土彦を影添大社へ向かわせろ」
 次にすべきことはこれ以外にない。匿ってもらえ。

「松本も丸茂も社内に入れられないって。折坂さんが怒る」
 大蔵司は一年前から進歩がない。

「だったら屋上でいい」
「電源さえ入らない。さすが冥界」
「お前達は揃って根性が座っているね、ひひひ」

 ……史乃がスマホをいじりだし青白い光が消えるなり、ロタマモやサキトガが伝えたクラシックな西洋言語が聞こえた。おそらくラテン語。

「ミミズを倒せば終わりなのに、わざわざ声かけるとはね」
 史乃の手からスマホが消える。「お前はサソリの姿した使い魔だろ。私達にどんな用事がある?」

「知らないの? そのキュートちゃんは冥界だと再生能力があるから不死身。アンヘラ様でもない限り倒せない」

 忌むべき英語。若い女性の声……ドイメだ。姿見えなくても淫魔のハーフ。狙われた男は間違いなく堕とされるらしい。
 そうかもしれない。その声だけにさえ、すでに心の奥底から本能が反応しかけている。残念だが、俺はドロシーオンリーだ。

「サソリ強い。しめ縄を切ろうとしている。臨影闘死皆陰烈在暗。丸茂反撃しろ。臨影闘死皆陰烈在暗」

「わかった。喰らえ!」
 さすがだ。史乃が斬撃を飛ばした。青白い光。
「ぎゃあ」

 結界に跳ね返されて自分に直撃したではないか。

「……くそう、大蔵司の力になんか負けた。痛いよ、お稲荷さん頑張れ」

 史乃がうずくまるけど、お稲荷さん?

「臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗」
 また始まった。

「大蔵司、それはいいから地上へ戻させろ」
「あん?」
「にらむな」
「そうだった。前線では松本に従う。ニョロ輔、地上へ戻れ」
「土彦だろ。細かく指示しろ」
「どんな感じに?」

 いら立つなよ俺。思考放棄する奴に代わって即座にひらめかせろ。

「樹海へ向かわせろ」

 異形相手に冥界は分が悪すぎる。いずれ結界を破られる。かと言って、人の世界で人を巻き添えにできない。……やはり俺は指図だけか。現実は、なんの力もないただの人間……。

「大蔵司、俺に加護を感じる?」

 彼女は振りかえる。
「私はそういうのを見抜くの苦手。土彦は樹海に向かって。臨影闘死皆陰烈在暗」
 また顔を戻す。

「復活した」
 史乃が立ちあがった。怪我どころか衣類に穴も開いてない。
「松本には護りがかかっているが、よく嗅ぐと火伏せじゃねえのかよ」

 鼻をくんくんさせるけど、俺はルビーの護りが残ったままだ。

「攻勢に転じよう。大蔵司、解封しろ」
「強化しすぎたから時間が過ぎるまで無理。臨影闘死皆陰烈在暗」

 あいかわらず使いづらい術を扱う奴だ。更につぶやきやがったし。

「私が結界を消し去ってやる。今度こそ」
 史乃が剣を(はす)にかまえる。
「巨光環!」

 またもまたも、とてつもなき大技の名を口にするではないか。しめ縄の中で。蒼き巨大ベイブレード。第二次ブームで弟が一個買っただけ。

「ひい」

 凶悪な結界の中で凶暴な光が暴れだした。やめて……





「松本さんに私の処女を捧げます」


 そうだよ。俺は護りを授かったのだろ。……史乃の青白い光は…………はるか彼方ではないか。

「ようやく会えた」
「わお」

 白人の女の子が俺の胸に抱きついてきた。顔をあげる。闇のなかで微笑んでいる。

「ドイメ」
「私を知っていてくれた」

 赤いワンピース。清純そうな顔立ち。赤みがかったブロンド。薄い胸。そばかすまである。
 倒せ。無理。化け物だろうと十代前半女子を殴れるはずない。でも取り込まれない。

「やっぱり強い加護と強い心。とても魅入れない」

 当たり前だろ。完全な闇のなかでこそ輪郭がくっきりする白肌の魔物に誰が惑わされる?
 でも俺はドイメの顔だけを見ている。ということに気づける俺。
 彼女の犬歯がやけに鋭いことにも気づける俺。

「どけ」
「やっ」

 ドイメをたやすく払いのける。やけに華奢な肩……。

「大蔵司! 丸茂史乃!」
 淫魔スルーして叫べよ。置き去りにされてしまう。……保険を付け足せ。
「楊偉天、楊老師、老祖師!」

 冥界にいる数少ない知り合いを思いつく限りの呼称で呼ぶ。妖術士の魄が味方になるとは思わないけど混乱は生じるはず。三つ巴に生地を見いだせ。

「ひひひ」
 さっそく笑い声が近づく。でも楊偉天のしわがれ声でない。
「チェンジしようぜ。ドイメちゃんはミミズを堕とせ」

 またもラテン語サソリか。その口調はコウモリを思いださせてムズムズする。

「分かった」
 赤いワンピースが闇にまぎれる。「もう一人堕とせると思う。女だけど」

 それは大蔵司京。弱い心と、性別問わない寛大な欲望。しかもそれに忠実。それ絡みの前科は多すぎる。

「待て!」
 彼女と式神がいなければここを脱出できない。

「無理でっせ」

 だけど俺は巨大なハサミに胴を挟まれる。……姿見えずともスケールがアップしたのが分かる。俺の部屋で見かけたときは、腕も挟めぬ程度だったのに。

「俺は大きくも小さくもなれる。そんな同胞と戦ったようだね」
 しかもこいつは心を読む。
「俺はそいつと違って遊ばないよ。さっそくちょっきん」

どくん

 俺の体がアクティベートした。ラベンダーカラーに発光する。

「くそっ、ルビーの加護かよ。俺相手だと力が倍増する」
 淡すぎる紫に照らされた巨大黒サソリが俺を放す。
「だったらサンドに任せる。俺はハンターを倒す」

 ハカも闇に消える……。ハンターとは史乃のこと。サンドとはガラガラヘビのこと。冥界に来れるのか。ニョロ子にはない特殊技能。

「うぎゃああああ」
「ひいっ」

 人の悲鳴が聴覚で飛びこんで、のけぞってしまう。

「や、やめてくれ」
 続いて血まみれの男の視覚が。

「お、お父さん助けて」
「ああ、神はいないのか」

 幼い子や老人までも……。

「や、や、やめろ!」

 俺は目をつぶる。耳をふさぐ。でも視覚聴覚が否応なく脳を襲う。この一連の残虐行為は、過去にサンドが見たものだ。様々な時代に様々な人種が繰り広げた凄惨な所業を強制的に見せられている。

「お、おえええ」吐いてしまう。「やめてください」

「みんな来いよ。若い娘が二人隠れていた。母親も若い」
「い、いやあああ」

「おら、全員並べ。順番に首を落とす」
「こ、この子達もですか?」

「村は燃え尽きたぜ。お前が最後だ」
「頼む。楽に死なせてくれ」
「だったらこれをかぶれ。お前の息子の顔の皮だ」

「ひいいい」

 俺は虚無の闇のなかで悶絶する。発狂しそうだ。飛び蛇はこんな芸当ができたのか。人間はこんなにも残忍だったのか。
 ドロシーが正しかった。人間なんて……

いつか私も人の世界に戻して

 ドロシーが帰りたい世界が残虐であるものか。彼女の言葉こそ正しいだろ。俺が導くのだろ。人でなき所業を見せつける、こいつこそ絶対的悪だろ。
 俺は耳をふさぐ手を垂らす。力を抜く。

「全員串刺しだとさ」
「三百人もかよ。尻から? 口から?」

 そんな言葉はもはや俺に届かない。俺は怒っている。人の一面だけを見せて人を愚弄する魔物へと。

「そこだ」
「ギョッ」

 ぬめった細長いものを掴む。二度と離さない。

「ギョッギョッ」

 サンドが俺の手首を噛む。ガラガラヘビなら猛毒だろうな。だけどルビーの加護が弾きかえす。牙が刺さることもない。逆に指を首へたどる。

「屈服するなよ。お前を式神にするはずない」
 握る手をさらに強める。
「姿を見せるな。どうせおぞましいだろ」

 サンドが尻尾をガラガラ鳴らして抵抗する。さらにおぞましい光景を脳に飛ばしてくる。そのたびに俺も惨忍になれる。引きちぎってやる。

「お赦しを、お赦しを」

 人の世界でない視覚で届く。三体の巨大な鬼が並んで体育座りしていた。そいつらが倒されようと、俺の心が震えると思うのか。

「仲間の復讐です」
 でもルビーの声がした。
「本人達に手を下してもらいます」

 彼女の背後には数名の覇気なき人達。感情なき……傀儡だ。違う。死人だ。

「あなた達の(むくろ)も使ってやるから心配するな。ハカを追いつめるため。……あの悪魔を拾ったアンヘラもろとも」

 ルビーがスティックを掲げる。人であったもの達が動きだす。

「ひい」鬼が逃げだそうとして結界に弾きかえされる。

「や、やめろ」別の鬼が死者を爪で裂く。

 でもルビーに操られた死人は、腕をもがかれようと鬼へ飛びかかっていく。

「テリーさん、ベッキー、クリスさん、エドさん……たらふく食べてください。恨みを晴らしたら、私が弔ってあげます」

 鬼達の悲鳴があがる。……人であったものが人でなきものを喰らう。先ほどの視覚以上のおぞましさ。その中で、ワンピース姿のルビーは立ちすくんでいた。
 ふいにこちらへ目を向ける。

「ひっ」
 悲鳴を漏らしてしまう。彼女は嗜虐に笑っていた。
「えっ?」

 サンドを握った指先に痛みを感じた。

「加護が消えたようだな」
 褐色肌の大柄な女性が腕を組みほくそ笑む。アンヘラの視覚……。

 俺を包むラベンダーカラーが途絶え、ガラガラヘビに注入された紫毒が体を巡っていく。瞬時に朦朧。

「ひひひ……」

 誰かが俺を嘲笑う……




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